38話 鎌鼬の姉妹
合宿も終わり、夏休みも折り返しを迎えた。
そのせいかわからないけど、焔さんと氷美湖さんの二人が段々と元気がなくなっている。
毎日カレンダーを見てはため息を吐いているが、今日はまた一段と酷くて、十を超えた辺りから数えるのをやめた。
「ここ最近ため息が多いですけど、どうかしましました?」
「そろそろお盆だろ? それが憂鬱なんだ……」
そういえばお盆の季節か。
去年までは父さんが日中も家にいる嫌なイベントだったけど、和解もしたし今年はそこまででもないな。
「二人はお盆の何が憂鬱なんですか?」
「あんたに話したことあったと思うわよ。お盆の恒例行事でね、門から客が大量に来るのよ」
蘇葉さんを迎えに行った時に、そんな話を聞いた気がするな。
お盆で帰ってくる人達を迎えるんだっけか。
「うるさくて眠れないんですか?」
「そんなもんじゃないんだよ」
「うるらさいのは確かに嫌よ。でも一番憂鬱なのは庭が埋まるほどの人達を管理しないといけないってことよ」
庭が埋まるってここもう一軒家が建つくらいには広いんですけど?
「庭どころか家の中も埋まるぞ」
「挙句門の向こうで待ってる人たちもいるわね」
「頑張ってください」
もうそれしか言えなかった。
この家が埋まるほどってことは、百人単位じゃないってことだよな?
その人数の管理って鬼石家だけで足りるの?
「他人事みたいに言ってるけど、家の門下生なんだから今年はあんたも手伝うのよ。後は揖斐川もね」
もう揖斐川くんも確定なのか……。
本人が知っているかは定かじゃないけど。
「管理方法はわからないですけど、結局人数足りませんよね?」
「助っ人は今日の夜に来る予定なんだよ。ただ、それでも人では足りない。あたし達が憂鬱な理由はわかったか?」
「蘇葉さんみたいに幽世の人なんですか?」
結構頻繁に来るもんなんだな。
知らないだけで門は結構開いてるのかも。
「蘇葉さんの姉が来ることになってる。鍛冶師をしててこの時期になるとタグを作って来てくれるんだよ」
「蘇葉さんの姉なんですね」
蘇葉さんが末っ子だって言ってけどその姉か。
きっと蘇葉さんよりも大人で、蘇葉さん以上……。
「僕が見ても大丈夫でしょうか? 十八歳以下は閲覧禁止とかじゃないですか?」
「歩くエロ本みたいな言い方だけど、普通の人よ?」
「蘇葉さんでも見た目かなりギリギリですよ? 僕みたいな中学生には蘇葉さんだけでも刺激が強いんですよ? そのお姉さんまで増えたら色々アウトですよ?」
「秋良、その感想を彼女の前でよく言えたな」
「最低よね。こんな奴とは別れた方がいいんじゃない?」
「別れはしないが、泣くぞ?」
「誠に申し訳ございませんでした」
全力で土下座した。
それはもう額から血が出るほどに頭をこすりつけた。
でも、中学生の男子からしたらこの程度の妄想は許してもらいたい。
男子というよりも雄としての本能でそういうのについ反応してしまう。
その日の夜、僕は鬼石家に泊まることにした。
この時期は庭の中央に門は現れるようになっているらしく、縁側に座り綺麗に整備された庭を見続ける。
「そんなに裃さんと篠雪さんに会いたいのか?」
「二人を見たい気持ちはあるんですけど、一番見たいのは門ですよ。蘇葉さんの時も見てないですし、自分が守ってる物を知っておきたいです」
「秋良が期待するような立派な物じゃない、少し大き目な普通の門だぞ」
「本当にただの興味なので、それならそれでいいんです」
僕のそんなわがままに焔さんは付き合ってくれた。
持つのも熱かった湯のみが冷たく感じられる程の時間待っていると、何の前触れもなく庭の中央に門が一つ現れた。
誰が通ることを想定しているのかわからない程に大きな鈍色の鉄の門。
地獄を思わせる格子がまばらに門を包み、触れるものを拒むように太い棘が張り巡らされていた。
「これが幽世の門?」
目の前にあるだけで押しつぶされそうな威圧感を感じる。
こんな物が毎年開いてたのか。
その門は見た目通りに思い音を響かせ開いていく。
「今日は焔ちゃんがお出迎えなんだ。知らない子もいるね」
「元気そうだね」
門から出てきたのは大きな風呂敷を背負った二人の女性? 一人の少女と一人の女性?
一人はテンションに見合った小学生くらいの女の子、もう一人は無表情に口角を上げただけの大人しそうな女性。
門から来たってことは蘇葉さんのお姉さんなんだろうけど、こうも見た目が違うとは思っていなかった。
「裃さん、篠雪さんお久しぶりです。お待ちしてました。居間の方に爺ちゃんがいるので案内しますね」
「勝手知ったるだから平気平気、篠ちゃんと一緒に荷物整理してて」
一番小さい子が元気に走って行った。
こっちの人を篠ちゃんって呼んでたってことは、さっきのが長女の裃さん? あれが長女って大丈夫なの? めっちゃ見た目相応のテンションだけど……。
「焔、この子は誰?」
「鍵の持ち主であたしの恋人の神流秋良です」
「私は篠雪。焔の恋人なんだ、この子結構面倒くさいから頑張って」
「神流秋良です。愛想憑かされないように頑張ってますよ」
「面倒くさいってところは否定してくれないのか? なんで目を逸らすんだ?」
とてもじゃないけど面倒くさくないなんて言えない。
それから他愛もない雑談をし、二人の荷ほどきを手伝った。
「その風呂敷はいいんですか?」
「大丈夫。それはお盆に使う物だし、確認は巌さんがしてくれるから移動しなくていい」
これに入ってるのが焔さんが言ってたタグか。
それなら僕が触っていいもんじゃないか。
「折り入って篠雪さん達に頼みたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」
「内容によるけど、聞くだけなら聞くよ」
「秋良にも使えそうな武器ってありますか?」




