34話 仲間割れ
「やっぱりだめでした」
いつまでも下りてこない焔さんに昼食を持って行ったが、返事さえしてもらえなかった。
もしかして本当に体調が悪いんだろうか?
でもあの言い方は体調不良ってわけじゃなさそうだったんだよな。
「お姉ちゃんお昼も下りてこないで大丈夫なのかしら?」
「返事もしてくれないから、それもわからないんですよね」
「あんたやっぱりお姉ちゃんに何かしたんじゃない?」
「記憶にないんですよね。昨日も稽古とコベットに襲われたくらいですから」
昨日は僕もちゃんと役割をこなせたと思うんだけどな。
それ以外に何か失敗してはいないし。
「焔ならさっき窓から出てったよ」
「えっ?」
レイラさんはペットが散歩に行ったくらいに軽く言う。
「焔ならさっき窓から出てったよ」
「何で止めてくれなかったんですか!?」
「止めてくれるなって言われたから」
「こいつに期待しちゃダメよ。本当に出て行ったなら急いで追いかけないと」
「追いかけてどうするの? 焔泣かせたのは二人のどっちかじゃないの?」
焔さんが泣いてた?
「あんたはそれを見たの?」
「見たよ。ずっと変な声が聞こえてたから気になって覗いたら泣いてたよ。それで、追いかけてどうするの?」
「追いついてから考えます」
僕は別荘を飛び出した。
†
秋良がそんな奴じゃないのは知っている。
一生懸命で、誰にでも優しくて、大切な物が何か知っている。
そんなところがカッコよくてあたしは秋良を好きになった。
今回それがあの市居って女子に向いただけだとわかってる。
わかってるけど、それをあたしだけに向けて欲しい。
自分がこんなに女々しいとは思ってなかったな……、こんなことで動揺していて秋良を守れるんだろうか……。
何度も繰り返される思考を断ち切るため、焔はこっそり別荘を抜け出したが、結果は部屋に居ても外に居ても変わらず、何度も同じことを考えて落ち込んでいた。
皆と顔を合わせにくいため食事もとれておらず、焔は町に向かっていた。
何だあれ? 有名人でも来てるのか?
町に着くと、妙な人だかりができていて、その中心らしき場所から巨大な頭が見え近づき近くの人に声をかける。
「何してるんですか?」
「ブリ姫が来てるんだよ」
「それって誰ですか?」
姫呼びされるなんて一体どんなやつだ? まさか鰤が大好きな姫ってことはないだろうけど。
「SNSの有名人だよ。確かな味覚を持ってて、色んな店の評価を世界に発信してるんだよ。彼女の判断で店が傾くとか――」
「そうなんですね。ありがとうございます」
要は美食家って奴か。
あたしには関係ないし、どっか適当な場所で飯でも食べるか。
話を聞くと長くなりそうだと説明の途中で話を終わらせ、集団に背を向けた瞬間、焔に悪寒が走る。
気のせいってわけじゃないよな。
あの殺気は普通じゃない。
あそこの中に三毒か十纏が混じってるのか? 見つかったのがあたしでよかった。
焔はわざと人気の無さそうな場所を目指し歩いた。
路地裏を進みながら、徐々に周りから人がいなくなっていく。
結局別荘近くの林道に入ると人気はなくなり、焔は足を止めた。
「お前が殺気を放ってたのか」
「そうだよ。私も仕事先で門番に会えるとは思ってなかったよ。一応自己紹介しておこうか。十纏の一人、ブリーレ・スイートマンだ。あんたは門番の片割れでいいんだろ?」
焔の後をついて来たのはさっきまでファンに囲まれていたブリ姫だった。
ブリーレは巨漢という言葉では片づけきれない程に大きい。
焔よりも二回り以上大きな身長、体重に至っては倍でも足りない程だ。
「知ってるんならこっちの紹介はいらないよな」
領分を広げ戦闘装束に換装しようとするが、なぜか換装できなかった。
なんで戦闘装束になれないんだ?
「来ないならこっちから行くよ」
換装できない戸惑いから、焔はブリーレの攻撃を見ていなかった。
あの巨大さなら動きが遅い、それなら対処できるという油断が焔にはあった。
しかし戦闘が始まると、ブリーレは重さを感じない速度で移動し焔の視界をその巨体で覆う。
早い!? そう思った時にはブリーレの一撃は焔の体に直撃した。
「ごふっ!」
あの巨体でこの速度ってどういうことだ?
「門番って弱いのね。一撃で終わるなんて思わなかったわ」
「お前みたいなのが……、そこまで俊敏だと、思ってなかったんだ……」
「人を見た目で判断したらダメよ。来世でその教訓を生かしなさい」
ブリーレは全体重を乗せ踏みつける。
ガードした腕がミシミシと悲鳴を上げた。
「ぐああぁぁああ!」
「焔さん!」
秋良の声? そんなはずない領分の中に秋良は来れない。
最後に秋良に会いたかったな……。
死を覚悟した焔は目を疑った。
「十纏の気配だと思ったらブリーレか。久しぶり」
「レイラ。そのガキはもしかして鍵の持ち主か?」
突然現れたのはレイラと秋良だった。
「秋良、逃げろ!」
十纏が二人いる現状に秋良が来てしまった。
レイラを未だに信じ切れていない焔は現状をそう捕らえた。
ブリーレも勝利を確信し、秋良に手を伸ばす。
自分の慢心と弱さのせいで鍵を奪われて自分達は負ける。
「これは何の真似だ?」
しかし、そうはならなかった。
ブリーレの腕をレイラが止める。
「何の真似って、好きな人にいい所を見せるのって普通でしょ?」
「裏切るのかい?」
「裏切るも何も、別に全員仲間じゃないでしょ。だから私は好きなようにやるの」
「なら死ね」
ブリーレはレイラを掴み、金槌を振り下ろすように地面にたたきつける。
「秋良くん、焔を助けてあげてくれる?」
「随分と余裕ぶってるけど、今の状況から逃げられると思ってる?」
「思ってるよ」
そういうと、いとも簡単にブリーレの手から逃れた。
「あんた今何した?」
「柔術。訳あって丸一日やってたんだ。さあ、秋良くんにいい所見せるために頑張ろうかな」




