33話 塞ぎこむ焔
市居さんが眠りについたのを確認して下に戻ると、丁度焔さん達も戻っていた。
「お帰りなさい。外は片付いたんですね」
「終わったわよ。本当に胸糞が悪いわ」
「何かあったんですか?」
氷美湖さんがここまで不満を表に出すのは珍しい。
「コベットの数が異常で調べたら、林の奥に犬の入ったケージが山積みであったのよ」
「それって虐待ってことですか?」
「全部に鍵がかかってたしそれ以外にないでしょ。そのせいで大量のコベットが出たの」
大量ってことは、ペットショップで売れ残った動物達か……。
こんな林でそんなことするなんて許せないな。
「事情はわかった。ワシが警察にそのことを話しておこう。大した罪には問えないかもしれないが、今回の事を伝えれば似たことは減るだろう」
師匠が電話のため外に出ると、氷美湖さんは不機嫌さを隠さないまま話しかけてくる。
「それで、雅はどうしてるの?」
「市居さんならさっき寝ました。記憶をいじるのは明日の朝にしようって話になったので」
「ならいいわ。あんた雅に変なことしてないでしょうね?」
「しませんよ。僕を何だと思ってるんですか」
「話も終わったし、あたしは先に寝る」
「はい。おやすみなさい」
帰って来てからずっと無言だと思っていたけど、眠かったのかな?
少しだけ話をしようと思ってたのに。
「あんた何かした? お姉ちゃんがずっと機嫌悪いみたいなんだけど」
「僕は何もしてないはずなんですけど」
ずっと機嫌が悪い気がしてたけど、レイラさんと何かあったんだと思ってたけど違うのかな?
「恋人になったんだし、あんたが何とかしてよね。私は雅の様子を見てから寝るわ」
とりあえず焔さんと少し話でもしようかな。
「焔さん、起きてますか?」
焔さんの部屋をノックしてみたが、何の反応もない。
さっき部屋に戻ったばっかりだし、まだ起きてると思ったんだけど、そんなに眠かったのかな?
話は明日にするしかないか。
もう寝ようと自分の部屋に行くと、なぜか先客が僕のベッドで寝ていた。
「レイラさん、なんでここで寝てるんですか?」
「むにゃむにゃ、もう食べられないよ」
「それで騙されると思ってるんですか?」
「これを言えば眠ってる証拠だって小さい時漫画で見たよ? 後は隠れてるのが見つかったらにゃーって鳴けば猫と勘違いされるんだよね」
「いつの時代の漫画読んでるんですか……。いいから他の所で寝てください」
そんな描写の漫画見たことないし。
「夜這いは文化だってことも知ってるよ」
「それはいつの時代の文化ですか? 今の時代にそんなのはありません」
「据え膳食わぬは男の恥だよ」
「無理に食うのは今の時代だといじめです。早くお引き取りください」
「しょうがないなぁ。どこの部屋が空いてるの?」
そういえば、空き部屋はもうなかった。
結構広い別荘だけど、流石に六部屋はないんだよな。
五部屋あるだけでも個人の別荘としては十分だし。
「ここで寝てていいです。僕は下で寝ます」
仕方なく邪魔にならないように荷物を部屋の隅にまとめ、リビングのソファで横になった。
家にあるソファよりは寝やすかったが、やっぱり寝るにはちょっと狭いよな。
「何でこんなところで寝てるのよ」
「寝たんじゃないんですか?」
「汗かいたからシャワー浴びてたのよ」
言われれば確かに髪は濡れてるな。
「寝るならベッドの方が断然いいわよ」
「それはそうなんですけど、レイラさんが寝る場所が無くて」
「追い出せばいいじゃない。あいつは敵よ? 外で寝させるくらいでちょうどいいじゃない」
「でも、女子を野宿させるわけにはいかないじゃないですか」
「あの女の方があんたより頑丈よ」
「そうなんですけどね……」
相手は十纏だから何に襲われても対処できるだろうし、浜辺で寝ようが木の上で寝ようが熟睡できそうだけど、女子を無理に追い出すっていうのはなんか嫌だ。
「なんというか男としてこれが正しいかなって思ったんで」
「それなら私の部屋で寝れば? 私は雅と一緒に寝るわ。その方があの子が目を覚ました時にも安心だろうし」
「いいんですか?」
「私の荷物が無くなってたら裁判なしで死刑よ」
「しませんよ」
そんな度胸もないし、人の物を盗むほど落ちぶれてもいない。
「それじゃ、お休み」
氷美湖さんの言葉に甘え、氷美湖さんの部屋で眠ることにした。
†
翌朝、部屋を出ると焔さんとばったり遭遇した。
「おはようございます」
「なんで秋良が氷美湖の部屋から出てきたんだ?」
「えっ、レイラさんに部屋を取られて、ここで寝てもいいって言ってくれたんですよ」
「ここで寝たのか?」
「はい。おかげでゆっくり眠れました」
昨日は遅かったし、ベッドで寝てもまだ寝足りないな。
これがソファだったら今日は起きれなかったかもしれない。
「そうか……」
焔さんの元気がない。
昨日もすぐに寝たみたいだし、疲れてるんだろうな。
コベットの現場もかなり酷かったみたいだし、それも影響あるのか。
「焔さん、辛かったら無理しないでくださいね」
「ああ……」
朝食を食べている最中も焔さんは元気がなかった。
昨日の事もあり、午前中は休みになったが、焔さんはまた部屋に戻ってしまった。
朝食後から市居さんの記憶操作が行われた。
そっちも気になるけど、僕は焔さんが気になっていた。
「あんた居ても邪魔だからお姉ちゃんの様子見てきて。雅の事は私がやっておくから」
「そうだよ。彼氏なら気にかけてあげないと」
二人に背中を押されて焔さんの部屋に向かう。
何を話せばいいんだろう……。
大丈夫ですか? とか明らかに大丈夫じゃないし、何かありましたか? なんて聞いて僕が何かしてたら火に油だし……。
「秋良だろ、入っていいぞ」
ノックする前なのになんでかバレてしまった。
焔さんくらいなら気配がわかるんだろうけど驚いた。
「失礼します」
僕の寝ていた部屋と同じ間取りの部屋は焔さんの匂いがした。
そんな中で焔さんはベッドで大の字になり天井を見つめていた。
「あの、もしかして僕が何かしましたか?」
「秋良はあたしのことが好きか?」
「はい」
「氷美湖は?」
「まあ、好きですね」
「レイラはどうだ?」
「まあ、敵ではあるんですけど、嫌いじゃないですね」
「それならあの雅って奴は?」
「市居さんとも仲良くしたいとは思ってますよ」
なんの質問なんだろう……。
次は何を聞かれるのかと身構えたけど、次の質問は来なかった。
「今のってどういう質問ですか?」
「昨日は氷美湖の部屋で寝たんだったよな? それがレイラや雅だったらお前はどうする?」
「昨日と同じ状況ってことですか? それなら喜んで寝ますね」
レイラさんが同じことをしてくれるかと言えば微妙だけど、わざわざ空けてくれたんだしありがたく使わせてもらうよな。
「そうか……、すまないが、じいちゃんに今日は具合が悪いから午後も休むと伝えてくれ」
「大丈夫ですか? 何か薬とか持って来ましょうか?」
「いや、一人でゆっくりしたいんだ。出て行ってくれ」
何か思い詰めた様な表情で言われたら、僕に何か言う権利も無く外に出た。
僕は何かしたんだろうか……。




