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爺ちゃんの形見は世界の鍵でした。  作者: 柚木
三章 恋の始まり
31/52

31話 合宿

 焔さんと付き合ってすぐに夏休みに入り、その翌日には海に来ていた。


「絶好の海水浴日和ですね」


 青い空から降り注ぐ日光が皮膚をじりじりと焼き、足場となる砂浜を鉄板の様に熱していく。

 熱くて死にそうだ。


「現実逃避してないで、準備運動しないと溺れるわよ」


「そうだぞ、これから遠泳だからな」


 今日から一週間の間、鬼石家の合宿に参加することになった。

 場所は町から程よく近く海も近い好立地な場所だ。

 ここは警察のお偉いさんの別荘らしく、掃除をしてくれるなら自由に使っていいと言われていて、毎年一度は来るらしい。


 揖斐川くんも誘われたが用事があって泣く泣く不参加、蘇葉さんも仕事が忙しくて不参加、その二人の面倒を見るために椿さんも不参加。

 結局僕と焔さん、氷美湖さんと師匠の四人で合宿が始まった。


 それはいいんだけど、まさかついて早々ニ十五キロの遠泳をさせられることになるとは思ってなってなかった。

 こんな無茶を言う師匠じゃないと思ってたんだけど、孫娘と付き合ってるからこんな仕打ちなのかと邪推してしまう。


「師匠、僕二十五メートルしか泳いだことないんですけど」


「別に二十五キロ泳げってわけじゃないぞ。秋良くんは限界まで泳いでくれればいい。今回は技術よりも体力をつけるのが目的だからな。目標は焔と氷美湖に合わせてる」


 ってことは、二人ともその距離泳ぎきれるの?


「私達が荷物を運んでる間に、さっさと準備運動しておきなさい」


「わかりました」


 それから念入りに準備運動をしていると、焔さん達が着替えを終え出てきた。

 海と聞いて昨日の夜からどんな水着なのかと心待ちにしていた。

 ビキニとかパレオとか色々な物を想像していたのに、二人が着ていたのはスクール水着だった。


 知ってたよ、知ってたさ。

 稽古だもん、流行りの水着とかお洒落な水着じゃないよね。

 だって遠泳をビキニじゃやらないもんね普通。


「残念だったわね」


 氷美湖さん、僕の肩に手を置いて慰めの言葉をかけてますけど、顔にざまあみろって書いてますよ……。


「どうかしたのか?」


「いえ、大丈夫です。さっさと始めましょう」


 師匠の合図で泳ぎ始めると、二人はもの凄い速度で泳いで行き、すぐに姿が見えなくなった。


「秋良くんは、もうギブアップか?」


「少し圧倒されただけです」


 僕は遥か向こうにいる二人を追い、自分の速度で泳ぎ続ける。

 もう少しで二百メートルの所で、足に力が入らなくなった。


「秋良、平気か?」


「焔、自分の事をやれ。秋良くんには私がついてる」


「ああうん、わかった」


 何とか最後の力を振り絞って、二百メートルを泳ぎ切った。

 師匠に浜まで運んでもらい、残りの時間は二人が泳ぎ切るのを待つことになった。


「すげえな……」


 僕が死ぬ思いをして二百メートルを泳いでる間に、二人は三キロを泳いでいたらしい。

 そのくらい早いにも関わらず、二人の速度は全然衰えなかった。


 一時間ほど経ち、最後の一往復になったころには、互角だと思っていた二人に大分差ができていた。

 先に一往復を終え、浜辺に戻って来たのは氷美湖さんだった。


「二人とも早いですね」


「ありがと、それよりお水頂戴、流石に疲れたわ」


 水を渡すと、氷美湖さんは一気に飲み干して、砂の上に倒れ込んだ。


「やっぱり氷美湖さんでもこのくらいだと――」


 やっぱり氷美湖さんでも、このくらい泳ぎ切ると流石に疲れるんですね。


 そう言おうと氷美湖さんの姿を見て生唾を飲んだ。

 海水に濡れ、肌に張り付く髪、泳ぐために作られた水着は氷美湖さんのボディラインにぴったりと張り付いている。

 疲労から呼吸も荒く、何度も苦しそうに伸縮する肺が、大きな胸元を持ち上げる。


「何よ、中途半端なところでいうのやめないでよ」


「いえ、流石に疲れるんだなと思っただけです」


 疲れていて僕の視線に気づいていないらしく、何のお咎めも無かった。


 これは危険だ。

 でも、男子の性として気になって仕方ない。


「私の体見てもいいけど、お姉ちゃんに言うわよ」


「いえ、決して見てません」


 やっぱり気づかれてましたか。

 焔さんが戻ってくる間、息遣いの荒い氷美湖さんの誘惑に耐え続けることになった。



 遠泳の後に、ランニングや乱取りと続き、稽古は日暮れまで続いた。

 もうなんていうか死にそう……。


「すぐに晩ご飯を作るから待っててくれ」


「お願いします」


 今日一日持っただけ体力は付いたけど、二人を見てるとまだまだだよな。

 そもそも根本が違うんだけどさ。


「ヤッホー。ねえ、酷くない? 私に何も言わないで海に来るなんてさ」


「レイラさんがなんでここに居るんですか?」


「焔のおばあちゃん? に聞いたら場所教えてくれた。稽古の手伝いもさせられたんだよ」


 椿さんはなぜ教えたのか……。

 この人ってあなた達の敵じゃないんですか?


「肉持ってきたぞ。って、レイラがなんでここに居るんだ?」


「私に隠し事なんてできないんだよ」


 隠し事ができていないのは椿さんです。


「お前は呼んでないぞ、早く帰れ」


「折角来たんだからいいじゃん。ご飯くらい食べさせてよ」


 ダメだ、あんまり休憩って感じじゃなくなった。


「氷美湖さん、僕少し散歩してきますね」


「体は平気なの?」


「あそこにいても休まりそうにないので頼みました」


「あそこって、げっ、レイラがいるじゃない。あんたが何とかしなさいよって、逃げるんじゃないわよ!」


 ごめんなさい。

 どこか静かなところから応援してます。


 焔さん達が騒いでいる場所から離れ林の中に入ると、程よく涼しい場所にたどり着いた。

 わずかに水の音も聞こえるし、もしかしたら近くに小川でも流れてるのかもしれない。

 うっかりと寝てしまいそうになると、林の向こう側から誰かが来る気配がした。

 誰だ? 三毒や十纏ではないだろうけど、野犬とかでも勝てる見込みはない。


「神流くん、なんでこんなところにいるの?」


「市居さん? 市居さんこそなんでこんなところに?」


 茂みから出てきたのは市居さんだった。


「近くでキャンプしてたんだ。でも何もすること無いから散歩なんだけど、神流くんは?」


 この辺は町も近いんだし、キャンプ場もあるか。


「道場の合宿。うるさくて避難してきたんだ」


「そうなんだ。少しだけお話しない? そっちに行ってもいいかな?」


 振った女子からこう言われたらどうしたらいいんだろう……。

 距離とか取った方がいいのか?


「ダメかな?」


「いや、大丈夫です」


 ここで断るのも感じ悪いし、すぐに戻りたくないし仕方ないよな。


「こうやって話ができるなんて嬉しいよ。もうできないと思ってた」


「話くらいならいいと思うよ。市居さんの事が嫌いなわけじゃなくて、焔さんが好きなだけだから」


「氷美湖から聞いてたけど、付き合ったんでしょ?」


「うん。こう言っていいかわかんないけど、市居さんのおかげで勇気が出たんだ。思いを伝える勇気っていうのがわかって、自分が言い訳ばっかりだって気づいた。僕が考えてたカッコいい人なら、こういう時に気持ちをさらけ出せる人だって思ったんだよね。何言ってるかわかんなくなったけど、本当に感謝してるんだ。ありがとう」


「敵に塩を送っちゃたんだね。私失敗したかもしれないな」


「そうなるのかな」


 背中にピリッと電気が走った。

 この感覚はカルマ? いや、コベットか? 領分も発動してないし、不良の可能性もあるか?


「どうかしたの?」


「市居さん、逃げれる?」


「何? 何かいるの?」


 こんなところになんでいるんだ?

 町が近いって言っても、こんな林の中だぞ?

 落ち葉を踏む音と共に現れたのは犬の形をした靄だった。

 闇の中に浮かぶ黒い靄は、しっかりと僕らを見つめていた。

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