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爺ちゃんの形見は世界の鍵でした。  作者: 柚木
二章 十纏
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27話 長い反抗期

「父さん、気をしっかり持って。そんなのに負けんなよ」


「あ。きら……。いう、いうことを。きけ、」


 三体目のコベットを生み出した辺りから、父さんの様子が明らかにおかしくなった。

 白目をむき、わずかに痙攣をしたまま僕らに襲い掛かる。


「これはちょっとまずいね。コベットを生みすぎてる、このままだとパパさん壊れちゃうよ」


「っ!! どうすればいいですか?」


 ざわつく心を強引に抑え込み、次に思考を働かせる。

 ここで、落ち着かないと、父さんまで霊山くんと同じになってしまう。

 そんなのはもうごめんだ。


「焔ちゃんが倒してくれるのが一番安全だけど、相手が相手だし、私がやるしかないかな」


「何とかできるんですか?」


「うん。私が何をしても信用できる?」


「信じます」


「そう力強く言われると、私も頑張るね」


 そう言うと、急に室内に風が舞い込み、蘇葉さんの右手が一本の鎌に変わる。


「それじゃあ、パパさんから異物を取り出す手術始めようかな」


 蘇葉さんが風に揺れ、父さんの体に銀色の線が縦に入るのが見えた。

 そのまま父さんの体から力が抜け、急いで受け止めに行く。


「ちょっと失敗しちゃった」


「えっ? 失敗って? ってか、何がどうなったんですか?」


「見てよ、この窓は切らないで置こうと思ったのに真っ二つ。あ、パパさんに傷は残ってないから安心していいよ」


 何が起ったのかわからなかったけど、手術は今の一瞬で終わっていたらしい。

 父さんはあの鎌で真っ二つにされたのかと思った。

 受け止めたら、父さんの体が崩れるんじゃないかと少し心配した。


「ありゃ、窓が崩れ始めたってことは、焔ちゃんの方も勝負はついたみたいだね」


 父さんを助けて一段落。といきたがったけど、 寝ている人達を起こしながら、焔さんが記憶を書き換えていったりと、その後も大変だったらしい。

 僕はその間、眠っている父さんの側にいた。

 いつもとは違う穏やかな表情が、少しだけ僕に似ている気がした。


「待たせたな。それじゃあ帰るか」



 父さんが目を覚ましたのはその日の夕方だった。


「秋良? んん……、ここはどこだ? 会社にいたはずだぞ」


「やっと目を覚ました? ここはいつも僕の通ってる道場」


「俺に何があったんだ?」


「話すと長いよ」


 父さんは僕の話を静かに聞き、最後に笑った。


「幽世に門番か……、昔親父が言ってたままだな」


「爺ちゃんから話は聞いてたの?」


「ああ、少しだけな。そんな馬鹿なことがあるはずないと思ってた。そんな子供の夢物語があるはずないって、最後まで聞いたことはなかったな」


「全部本当だよ。信じられないのはわかるけど」


 いまだに僕だって信じられない。


「いや、信じるよ。昨日から苛立ちが止まらない理由も、胸にあるもやもやも納得がいった。それに、会社の中でお前の声を聞いた気がするからな」


 いつもとは違い、憑き物が落ちた様な笑顔を見て少しだけ安心した。


「そっか、親父はダメな父親じゃなかったんだな」


「いや、優くんあいつはダメな父親だよ」


「師匠」


 ふすまを勢いよく開け入って来た師匠の後ろには、焔さん達もいた。

 どうやらずっと聞いていたらしい。

 別に堂々と入ってくればいいのに。


「あいつが、家族をないがしろにしていたのは確かだ。だが、その責任の一端はワシにもある。だから、あいつだけを責めるのはお門違いだ」


「いえ、わかってなかったのは俺の方です。母さんはわかっていたのに、俺だけが気づいてなかった。いや、気づこうとすらしていなかった。今なら、母が話す親父の昔話も聞いてあげれる気がします」


「それなら、いつでもここに来なさい。あいつの話ならいくらでも聞かせてあげるよ。タエさんでも知らない話だ」


「母の事も御存じなんですか?」


「ああ、よく話してくれたよ。タエさんのこと、優くんのこと、君の妻涼香さんのこと、もちろん孫の秋良くんのこともね」


「父さんが俺のことを……。目を逸らしてたのは俺の方だったんだな、気づくのに三十年もかかっちまったな……」


 何を思っていたのか、わからないけど、そう呟いた父さんの頬に一筋涙が流れ、その涙を拭い立ち上がる。


「鬼石さん、突然で申し訳ないのですが、道場を貸してもらえますか?」


「父さん? 突然どうしたの?」


「どうもしないさ。少しだけ、親父に倣ってみようと思ってな」


 父さんが言った意味を、師匠は理解したらしく、言われるがまま道場に連れて行かれた。

 互いに道着を着て向かい合ってるからには、組み手をしようと言うのはわかるけど、父さんって何か習ってたの?


「えっと、父さん? これでも僕結構強くなったよ?」


「そんなことは関係ないな」


「関係あるでしょ」


 僕に加減なんてできるかわからないから、怪我しちゃうかもしれないんだけど。


「いや、ないな。親子喧嘩に強い弱いは関係ないさ」


「親子喧嘩って、こんな道場でやらないでしょ」


「無駄話はそれくらいにしよう。ルールは簡単だ、なんでもいいから一本入れること。それじゃあ、始め!」


「それルールなんですか!?」


 合図と同時に父さんは不格好に殴りかかってくる。

 仕方なく、その攻撃を受け止め思いっきり投げた。


「一本。秋良くんの勝ち」


 結局何がどうなったかわからないまま、僕は親子喧嘩に勝ったらしい。


「ほら立ちなよ。ってか何をしたかったのさ?」


 起き上がる気配のない父さんに手を差し出す。

 その手を掴んだ父さんは言った。


「親父が言ってたんだよ。息子の事を知るなら親子喧嘩が一番だって、俺は一度もやらなかったけどな」


 父さんの目は僕のその奥を見上げている気がした。


「強くなってたんだな」


「えっ?」


 そう言って立ち上がると、師匠の所に行って深く頭を下げた。


「鬼石巌さん。息子をよろしくお願いします」


「わかった」


「秋良、俺はもう何も言わない。お前はもう大人の仲間入りをした。これからは自分で考えて進めるな?」


「うん」


「無理はするなよ」


「うん。ありがとう、父さん」


「じゃあ、俺はもう帰る。遅くならないようにな」


「わかってるよ」


「困ったことがあったら、いつでも相談に乗るからな?」


「わかったから帰るなら早く帰れ」


 大人の仲間入りって言ったくせに、結局子ども扱いのままじゃないか。


「親ってのはあんなもんだ」


「そんなもんですか?」


 結局、僕の扱いは子供のままで終わってしまった。

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