23話 親子喧嘩
退院した翌日の放課後、氷美湖さんに誘われまたショッピングモールに連れてこられた。
「病み上がりなので、長時間動きたくはないんですけど」
「今日は買い物じゃないわよ。あんたに少し話があるだけ」
モールに入ってすぐにあるファミレスに連れて行かれ、何も言っていないのにドリンクバーを注文され、逃げ道を塞がれてしまった。
僕何かした?
氷美湖さんに呼び出されるようなことしてないはずだけど、もしかして焔さんの胸で泣いたことがバレた?
流石にあれで何か言うほど心は狭くないと思うんだけどな。
「あんた、何かあった?」
「何かって何がですか?」
墓穴は掘らないようにしないと、僕の命に係わることだ。
「何かは何かよ、今日一日様子がおかしかったもの」
「ああ、あったと言えばあったんですけど、それはいつもの事なんで大丈夫です」
昨日父さんと喧嘩したことを悩んではいたけど、まさか氷美湖さんに気付かれるとは思っていなかった。
「話してみなさいよ。情けない話かもしれないから、お姉ちゃんは呼ばなかったんだしさ」
それで焔さんはいないのか。
「本当に大したことはないですよ。父さんと喧嘩しただけです」
「前に反りが合わないって言ってたわね」
「それで、なんかうまく言えないですけど、もやもやしてて」
いつもは、喧嘩というよりも、僕が説教されて終わりだったのに、今回は言い返したからかもしれない。
「酷いこと言ったとかじゃないの? 誰が生んでくれなんて頼んだんだ! とかさ」
「そういうことは言ってないです」
「それなら気にするだけ損よ。気にする必要はないわよ」
「そういうもんですか?」
「ええ、親子なんでしょ、それなら喧嘩もするわよ。どうしたって親子って関係は変わらないんだから、不満があったら言えばいいのよ」
「わからなくはないですけどね」
そんなもんでいいのかな? 喧嘩って数えるくらいしかしてないからわかんないんだよな。
「それじゃ、帰るわよ。あんまり二人で長くいると、お姉ちゃんにバレた時に何か言われそうだし」
「そんなことで焔さんが怒りますか?」
乙女っぽくはあるけど、そこまで心は狭くないと思うんだけど。
バンッ!!
僕らのいる席の窓が思いっきり叩かれた。
そこには恨めしそうな目で僕達を見る焔さんがいた。
「あたしは怒ってるぞ。なんで二人だけなんだ、あたしも誘ってくれたらいいじゃないか」
焔さんはそのまま店の中に入ってきて僕の隣に座った。
「あたしも話に加わるから最初から話してくれ」
結局僕はもう一度同じ話をすることになった。
今日わかったことは、氷美湖さんは意外と面倒見がいい性格、そして焔さんは意外と面倒くさい性格だということだった。
†
「なるほどな。それはあまり良くないな」
「俺もそう思ってはいるんだけどな、こんなことは今までなかったからな」
秋良の父、神流優は仕事終わりに同僚の吾平律に昨日の親子げんかを愚痴っていた。
「簡単だよ、中学生なんて未熟な存在なんだ。それを正しい道に導くのは、俺達大人のすることだぞ」
「それはしてきたつもりなんだけどな、つい親父に似てくる秋良を見ていると冷静じゃなくなる」
自分と母親を放りだし、たまにふらりと家を出ては怪我をして戻ってくる父アイザックを、優は恨んでいた。
父親が死に、安心したのも束の間、今度は息子の秋良まで同じ様に怪我をするようになった。
昨日の喧嘩も止めようとしたが、父親と重なる秋良に苛立ちが増し、冷静さを欠いた結果、その場から離れた。
「冷静じゃなくてもいいだろ。今は力づくで抑え込むべきだ。間違った道に進む前に引き留めるのが父親じゃないのか?」
律は優の肩に手を置き、そう助言する。
すると、段々その言葉は正しい物に感じてきていた。
それもそうだな、間違いを起こす前に止めてやるのが俺の仕事か。
あの赤髪の子は明らかに不良だった。
あいつなりにいじめられないための作戦だろうが、それのせいでいじめよりも酷い怪我を負ってるじゃないか。
それならあの不良と付き合うのは止めさせないといけないな。
「吾平、助かったよ。答えが見えた気がする、そうだよな、正しい道に戻してやるのは俺の役目だよな」
「そうだ、それこそ親の鑑だ」
「よし、今日はもう帰る。あいつを助けてやらないといけないからな」
「俺はもう少し飲んでいくよ」
「おう、じゃあまた明日な」
「頑張れよ」
店を出て行く優を見送り、律は笑みを浮かべる。
「馬鹿じゃねぇの? そんなことすれば、逆効果だってわかりそうなものなのにな」
残っているつまみをビールで一気に流し込む。
「さて、後はお楽しみかな。鍵を持った人間と門番を引き裂ければ御の字か、とりあえず嫌がらせくらいでいいだろ」
存分に間違えばいい。
そうして親子の溝を深めれば、人間は精神的に追い込まれれる。
調の作戦で友人も失ったらしいしな、次に家族を失えば素直に鍵を渡す気にもなるだろう。
†
「秋良はいるか?」
「父さん、昨日の事で話が――」
「明日から道場に行くことは禁止する」
「は?」
帰ってきていきなり部屋に入ってきた父さんは、僕の話を聞こうともせずそう言った。
「聞こえたはずだ。あの道場へは今後近づくな」
「いきなり横暴じゃないの?」
「あの道場は赤髪の子の家なんだろ? あいつと関わるようになってからお前は怪我することが増えた。それを止めるのは親として当然だ」
「だからちょっと待ってって、この怪我は焔さんと関係はないんだって! 僕が勝手にやっただけだ」
「格闘技なんてお前の人生に必要はない。ただ野蛮なだけだ。俺の言うことを聞いて勉強をしろ。それがお前のためだ」
「その言い方だと、父さんの言いなりになれって言ってるみたいだけど?」
「その通りだ。親として、お前が親父みたいにならないように躾をしないとな」
「父さんは爺ちゃんの何を知ってるのさ」
「母さんや俺を放って喧嘩に明け暮れていたクソ親父だ」
カッと頭に血が上るが、このままだと昨日と同じだ。
「俺はお前の為に言ってる。あんな人間の屑にお前はなるな」
「父さんは爺ちゃんの事を何も知らないんだ」
「お前よりは知ってるさ」
引く気はないのか、いつもならそろそろ引くはずなのに。
「父さんの言いたいことはわかった」
「そうだ、お前は俺の言うことを――」
「僕は道場に行くのを止めないし、焔さんと居ることも止めない」
父さんが引かないなら僕も引かない。
あそこは僕にとって、大事な場所だ。
「僕の事を父さんが勝手に決めないでくれ!」
パンッ!
はっきりと自分の意思を告げると、父さんは僕を平手で打った。
「我が儘を言うな。お前みたいな子供は、親の言うことを聞いていればいい。言われた通りにしていれば、将来は安泰だ」
「絶対に嫌だ」
それから婆ちゃんと母さんが止めに入るまで、父さんとの口喧嘩は止まらなかった。




