22話 幽世の炎
「一気に蹴りをつけさせてもらうぞ、鬼石流炎技 炎王」
焔の纏う炎に、部屋にあった家具が一斉に発火する。
移動と共に閃光が発生し、天馬の視界を奪い、その隙に一歩を踏み出す。
「鬼石流居合術 地裂き・炎月」
「居合か、確かに早いがよ、追えない速度じゃないよな」
天馬は鍵を盾に焔の刀を受け止めた。
焔の必殺ともいえる一太刀だが、神以外には破壊が不可能な鍵には傷一つ付くことはない。
「今度はこっちの番だよな」
天馬はあらん限りの力で右ストレートを放つ。
拳圧だけでコンクリートが吹き飛ぶ威力の攻撃を、焔は受け止める。
「燃えろ、鬼石流炎技 追火」
焔の纏う炎が天馬に燃え移ると、一瞬のうちに火だるまになる。
「あっはっはっは、熱っちぃな、俺じゃなきゃ死んでるぜ」
近くにある物を熱で発火させるほどの火力が燃え移る。
それだけで、死なないまでもかなりのダメージを与えられるはずだった。
それなのに、天馬は愉快そうに笑っていた。
「お前の体はどうなってるんだ?」
「俺は十纏だぜ、当然普通じゃない。俺の能力は今まで受けたダメージ全てに耐性を持つ。殴られれば耐久力は増すし、燃えれば熱くなくなる」
「へえ、それを教えてどうするつもりだ?」
「勝てないって教えてやってるんだよ。お前の攻撃は俺に通じないぞってな」
こいつの言葉をどこまで信じる?
耐久力があるのは確かだが、こいつの言葉が本当なら、こいつは何度か燃やされているってことになる。
そんなことがあり得るのか?
「信じるも信じないもお前の自由だけどな、人生色々だぜ」
嘘でも本当でも、燃えても熱いで終わったし、一撃で切り伏せないとこいつは倒せないか。
そのためにやらないといけないのは鍵の奪取か。
胸元にかけられた鍵に目的を絞り、焔は動く。
炎でダメージを与えないように体術だけで胸元を狙っていく。
「一撃必殺のために、鍵を奪いに来たか。意外と冷静じゃないか」
焔の攻撃はあっさりと避けられるが、当然そのくらいで止まるはずはない。
超近距離戦、一メートル程度まで距離を縮め、果敢に攻め続ける。
距離が短い分威力は下がるが、それは焔自身が不利になる。
天馬は何発当たろうが、耐性のおかげでダメージは無いに等しいが、焔は避け難い上にダメージは蓄積されてしまう。
鍵を奪って逃げるつもりか? それとも、やっぱりやけっぱちか?
どっちにしても、俺のやることはこいつをねじ伏せるだけだ。
そう思っていた天馬だが、すぐに考えを改めることになった。
超近距離戦になってから、天馬の攻撃は一度もクリーンヒットしていない。
薄皮一枚で全てを避けきり、その上で反撃をしている。
こいつ、何考えてやがるんだ?
俺の力を知っていて、こんな無茶苦茶な行動を取ちやがるんだ?
一瞬だけ怯んだその隙を焔は見逃さない。
わずかに引いた瞬間を狙い、一歩踏み込む。
その一歩が劣勢をひっくり返す。
重心がその一歩で大きく後ろに動き、そこを狙っていた焔の手が鍵を掴み、天馬を床に倒れ込ませた。
「お前、いかれてるだろ。あんな危ない橋、普通わたらねぇぞ」
「そうでもないな。あたしからしたら、お前の攻撃を避けるのは簡単だからな」
「そう来たか。でもよ、避けるのが上手くてもよ、お前の技は俺には効かねぇぞ」
「それも違うな。鍵を取り戻したし、あたしの勝ちだ」
「ほざいてろよ」
さっきとは逆に今度は天馬が一気呵成に攻める。
喧嘩で無敗、やくざを一人で壊滅させ、このビルを手に入れるほどの力を持ち、武力には絶対の自信を持っていた天馬は、自分より年下の女にいいようにあしらわれたことに苛立っていた。
拳を蹴りを絶え間なく繰り出す天馬を焔は全て避ける。
それどころか、伸びきった膝を狙われ、動きを止められた。
「は?」
幾度となく骨折を繰り返した膝は折れることはなく、ダメージもない。
それなのに足が急に動かなくなり、天馬は思わず声を漏らした。
「鬼石流居合術 灼光」
赤白い輝く炎を纏う槐が、天馬の体に深く切り込む。
半分ほど進み、その刃は止まってしまう。
「惜しかったな、耐性が無かったら真っ二つになって――」
「鬼石流炎技 炎王の轟砲」
途中で止まった赤白い炎の威力を更に追加すると、赤白い炎は黒く変色する。
黒い炎は天馬を両断し鞘に戻る。
「幽世の炎だ、現世で耐性が付けられるはずないだろ」
返事もないまま、天馬の死体は黒い靄に変わり消えた。
†
目を覚ますと、真っ白な天井と白いカーテンがあった。
ぼんやりと自分の状況は理解できた。
御嶽天馬に惨敗して、病院に運ばれたらしい。
「目が覚めたか?」
「はい。ちょっとくらくらしますけど、平気です」
覗き込む焔さんの顔に傷があった。
結局こうなるんだな……。
結局、焔さん達じゃないと、何にも変わらないし、何も守れないんだな。
「あたしは怒ってるぞ」
「えっ、はい?」
「なんであんな無茶したんだ?」
「えっと、焔さんに危険なことをさせないためにです」
「やっぱりそうか。あたしの居場所を吐けと言われたのに、言わなかったからそうなったわけか」
頷くと、焔さんは深くため息を吐いた。
「そういう時はあたしの居場所を素直に言えばいい」
「でも――」
「でもじゃない、十纏や三毒を倒すのはあたしの役目だ。秋良がしたのはあたしの役目を奪おうとして失敗、その上秋良の役目の守らなければいけない鍵を奪われた。違うか」
「違いません」
胸が痛む。
叱ってくれる焔さんの目が、怒りよりも悲しさが浮かんでいるのが、苦しくて痛い。
「秋良の気持ちはわかる。いい所を見せたい気持ちもわかるし、どうしていいかわからなくなる時もある」
そっと頬に焔さんの手が触れる。
柔らかいのに、所々ごつごつした温かい手は、焔さんの今までの努力の証だ。
僕はそれにたった一ヶ月くらいで追いつこうとしていた。
「そんな時はあたしを頼ってくれ。あたしに秋良を守らせてくれ」
その言葉に、涙が溢れる。
「ごめんなさい……、無茶して、ごめんなさい……」
「ああ」
声を押し殺し泣く僕を焔さんは優しく抱きしめてくれた。
†
入院して一週間、精密検査で問題はなかったため、僕はようやく退院した。
結構な怪我をしていたように見えたが、一番大きな怪我は右腕の骨折だけで、それ以外は打撲や捻挫と切り傷や擦り傷だけだった。
迎えに来てくれたのは焔さんだけだった。
婆ちゃんは来てくれようとしたらしいけど、焔さんが来てくれるならと来るのをやめたらしい。
父さんは結局入院中来てくれなかった。
その日は氷美湖さん達に挨拶をしてから家に帰った。
その夜、晩御飯を食べている途中で父さんが帰って来た。
「退院したのか。今度から気をつけろ」
「うん。骨折だってさ」
「これに懲りたら友達は選ぶんだな」
「それってどういう意味?」
「そのままの意味だ。この前道で会った子の関係だろ? 見るからに不良の子だ、不良同士の諍いに巻き込まれたんだろ?」
「違う!」
「何が違うんだ? お前の怪我は見たところ、事故というよりも喧嘩の痕だ。最近いじめられなくなったのは、そういう連中の力を借りたからだろ?」
「勝手に決めるなよ!」
「この怪我は僕のせいだ、焔さんは悪くない!」
「どんどん親父に似てくるな、外で喧嘩ばかりしてたダメ親父とそっくりな目をしてるよ」
「爺ちゃんの事何も知らないくせに、勝手なこと言うなよ!」
「はぁ、飯を食う気が失せた。風呂に入ってくる」
「逃げるな!」
父さんは一瞥だけして風呂に向かっていった。




