20話 ありえない存在
「霊山はどこに行くと思う?」
「僕なら学校に行きますね」
「いじめてたやつの所じゃないのか?」
「憎くはありますけど、その憎しみと同じくらい怖いんです。だから、恨みを晴らすならまず学校です。あそこは僕や霊山くんには、監獄としか思えません。何かするなら学校から始めます」
「じゃあ、最初は学校からだな」
焔さん、ごめんなさい。
僕は嘘を吐きました。
たぶん、霊山くんの狙いは僕だ。
僕と戦うために、さっきのナイフを取りに学校へ行くはずだ。
きっとそれを言ったら僕は置いていかれる。
今回はそれじゃダメだ、霊山くんは僕の手で止めてあげたい。
校舎裏に着くと、誰もいなかった。
ナイフも僕が踏んだままの状態だ。
「ごめんなさい、僕の考えは間違っていたみたいです」
「いや、いるのはこっちじゃないな」
ふと世界から音が消え領分に入ると、丁度ナイフを掘り当てた霊山くんがいた。
「こっちにいるってことは、もうカルマがいるわけだな」
「神流か、丁度いいや。これからからお前を殺しに行くところだったんだよ」
挨拶も無く襲い掛かる霊山くんを、焔さんは軽く受け止める。
「狙いは秋良か。何か隠してると思ってたら、こんなことを隠してたのか」
「すいません、置いていかれると思って……」
「まあ、いいよ。秋良が何をしたいのかは分かった。そのためにカルマをこいつから出さないとな。鬼石流炎技 牙炎」
いつものように強烈な一撃が叩き込まれ、霊山くんが吹き飛ぶ。
これで、カルマが外に出るはずだった。
「焔さん、あれってあり得るんですか?」
「いや、絶対にあり得ないはずなんだけどな」
いつもならカルマだけが起き上がるはずなのに、立ち上がったのは、両方だった。
霊山くんの体からは黒い靄が溢れ、黒い鎧の様にまとわりついている。
「痛い。なんで、お前だけなんだよ。なんで、なんで僕だけ痛い目に合うんだよ!」
黒い靄は霊山くんの叫びに反応して、大きく広がり襲い掛かってくる。
暗幕の様に広がる靄からは無数の触手が生え、僕を目掛けて襲ってくる。
「鬼石流居合術 八炬火」
焔さんの太刀筋は見えないが、納刀される時には触手は全て切られていた。
「悪いが、こいつとの戦いは待っていてくれ。ちょっと、厄介な状況だ」
「霊山くんの狙い場僕です。僕が囮になるので、焔さんはあいつを引っぺがしてください」
「いや、じいちゃんに知恵を貸してもらってくれ。あたしにはこいつからカルマを引きはがす方法がわからない。頼んだぞ」
返事をするよりも先に、僕だけが領分からはじき出された。
†
「あたしも覚悟を決める時が来たかな」
その時が来るのは覚悟していた。
イレギュラーがあるかもと、想像はしていた。
もっと前だったらよかったのにな、秋良を好きになる前だったら、霊山を殺すことにためらいもなかった。
でも、こいつを殺したら、秋良はあたしを軽蔑するだろうな。
それだけは嫌だな。
それなら――
「神流をどこに隠したんだ?」
「あたしに勝てたら教えてやるよ」
それなら、あたしも秋良を見習うしかないよな。
無理だって諦めないで、こいつから意地でもカルマを引きはがしてやる。
人間と融合しているカルマは、普段焔達が戦っているカルマよりは強くなっている。だが、百目木姉妹の様な三毒と比べると数段劣る。
「鬼石流炎技 炎星・七連」
カルマの部分は鞭の様な触手に変わり、連続で攻撃を仕掛けてくるが、焔はそれらをかいくぐり、カルマ部分に攻撃を加える。
それでも吹き飛ぶだけで乖離する様子はない。
「そんな攻撃、僕には効かない」
「だろうな」
秋良が戻ってくるまで大体三十分か、それまでに引きはがせないなら、嫌われる覚悟はしないとな。
「今度はこっちから行くぞ」
打撃がダメなら力ずくで引っぺがす。
カルマ部分を掴み、一気に投げ捨てる。
校舎の壁をぶち抜く程の力で投げてみたが、やっぱり離れることはない。
こうなったら、カルマの部分だけを切り落としてみるか?
いや、それだと霊山ごと切る可能性があるし、最後の手段に取っておくべきか。
「なんで、あいつだけなんだよ。僕とあいつは何が違うんだよ」
「全部だよ。秋良とお前だけじゃない、いじめてる奴も、何もしないクラスメイトも全員が違ってるんだよ」
「お前も嫌いだ。いじめられるのは、お前も僕が弱いからだって、他の奴らみたいに言うんだ!」
「ああ、お前は弱いんだよ。体も心もな」
「うわああぁぁああ!!」
靄が空を覆い、雨のように攻撃が降り注ぐ。
その全てを一刀で切り伏せる。
「ほらな、お前は弱いだろ」
「僕は弱くなんかないんだぁ!」
殴りかかるその拳を受け止める。
「弱くないっていうなら、もっと本気でかかって来いよ」
こいつの中にある煩悩を発散させれば、カルマの食料が無くなってこいつの中で存在できなくなるはずだ。
時間もそんなにないし、煽りまくって行くしかない。
こういうのは、氷美湖の専門なんだけどな。
「うおおぉぉおお!!」
あたしが攻撃を受け止めると、霊山の体に傷がつく。
こいつの手数も威力も上がって来てる。
こいつの体がカルマの力に耐えきれていないのに、まだ抜け出せていない?
「おい、お前誰に何をされた?」
「うるさいうるさいうるさい! お前の言葉なんて聞くか!」
「調って奴か?」
「お前が調さんの事を口にするな!」
その一撃は、大きく外れ地面を割った。
だが、人間の体がその力に耐えられるはずはなく、その腕は傷だらけになってしまう。
その調ってのが何かしたのか。
あたし達に人間を殺させるために、カルマと無理に融合させやがったのか。
「悪かったな、無駄に苦しませた」
あいつらがそれを目的にしてるなら、引きはがすのは無理だ。
それならすぐ楽にしてやる。
槐に触れ、居合の構えを取る。
「痛くないようにしてやるからな。鬼石流居合術 地裂き・炎月」
あたしは刀を抜いた。
†
「はぁ、はぁ、焔さん……?」
「相当急いで来たんだな」
僕が氷美湖さんと戻ると、勝負は決していた。
血だらけの霊山くんが地面に倒れ、焔さんは刀を握っていた。
「あんた、お姉ちゃんを責めないわよね」
「責めれるはずないです」
師匠に相談しに行ったが、師匠でも助ける術を知らなかった。
カルマと人間が混じり合うことはない、もしそうなったらもう殺すしかない。
ここで焔さんを責めるのは、焔さんに死ねと言っているのと同じだと、師匠に怒られた。
戻ってくるまでのほとんどの時間は、僕の気持ちが冷静になるまでかかった時間だ。
「死んでるんですよね?」
「いや、辛うじて生きてるよ」
「えっ?」
「生きてるよ、これから病院に連れて行くところだ。二人とも手伝ってくれ」
えー……。
生きてて嬉しいけど、僕の覚悟とかそういうのはどうすればいいの?
それから病院に連れて行くと、霊山くんは即入院になった。
外傷が酷く、何があったのかと聞かれたが、交通事故かもしれないと嘘を吐いた。
警察の事情聴取は驚くほどあっさりと終わり、僕達は鬼石家に戻った。
「どうやってカルマを引きはがしたの?」
「勝手に離れたんだよ、あたしがやったわけじゃない。あたしも切る覚悟をしたんだけどな、抜く直前にあいつの体が倒れてカルマだけが立っていた。後はそのカルマを切ったタイミングで二人が来たんだ」
「よかったですけど、なんで突然はがれたんでしょうか?」
「それはわからないが、それを知ってるのは、調とかいう奴だろうな。そいつの名前を出したら激怒していたからな」
「その調って奴だけど、知ってる人はいなかったわ。卒業生や先生にも聞いたけど、知ってる人は無し。後はおじいちゃんに頼んだわ。来週には返事ができるらしいわ」
「師匠って人探しが得意なんですか?」
師匠が人探しって意外な気もするけど、人脈もあるだろうし以外ではないのか。
「言ってなかったか? じいちゃんは警察に顔が利くぞ」
「そう言えば警察で教えてるって言ってましたね」
そのつながりがあればそのくらいは手伝ってくれるのか?
「違うわよ。おじいちゃんというか、鬼石家は、代々コベットとかの事件を請け負ってるの。前に行ったクラブの件とかはそっち系」
「さっきの事情聴取があっさり終わったのは、鬼石家が絡んでるからだな。今回はひき逃げということで終わるはずだ」
そう言えばそんな話、椿さんから聞いた気がする。
あの時はヴァクダとかメリヨルとか神様が出てきて、混乱してたからぱっと思い出せなかった。
「後は、じいちゃんに任せよう」
なんとも煮え切らないまま、今回の件は終わりを迎えた。




