19話 開花
次の日も僕は霊山くんをいじめから守るために、彼を探していた。
逃げそうな場所を探したけど、彼はどこにもいない。
もう捕まってるのかな?
それとも、昨日の今日だし、いじめはやめたってことかな?
「ねえ、霊山くん知らない?」
「さっき一人で校舎裏に行くの見たよ?」
「それ、本当?」
「本当だよ、嘘吐く必要ないだろ」
近くにいた生徒から聞いた情報は、僕もまだ見ていない場所だった。
校舎裏は僕も何度か連れて行かれた経験がある。
あそこは人目につかないし、殴られるときは大体そこだった。
そんないじめられやすい場所に自分から行った?
脅されてる?
教えてくれた生徒にお礼を言い、急いで校舎裏に向かう。
すると、校舎裏から叫び声が聞こえた。
「霊山く、ん……!」
そこに在った光景は、想像していなかった。
昨日と同じ三人の内、一人は真っ赤な手を抑え叫び、他の二人は恐怖で小さく丸まっている。
そいつらを見下ろす霊山くんの手には、赤黒い液体が滴る大きなナイフが握られていた。
「何してるの?」
「仕返しに決まってるだろ? 僕をいじめていた奴らをいじめてやろうとしたんだ。神流なら僕の気持ちわかるだろ?」
「わかんないよ。僕はそこまでやろうと思ったことはないよ」
「そうだよな、お前には強い仲間がいるもんな。僕とは違ったんだっけ。あはは、勝手に僕が仲間意識持ってただけか」
笑っているようで目が笑っていない、不気味な笑い方に見覚えがある。
間山だ。
焔さんに最初に会った時、カルマが宿っていた間山と同じ雰囲気がする。
「僕はお前にもムカついてたんだよ。同じ様にいじめられていたのにさ、お前だけ助かって、対等だと思っていたのに、お前に助けられる僕の怒りがお前にわかるか!?」
「わかるはずないよ。僕と霊山くんは違うんだから、わかるはずない」
霊山くんの今の気持ちが、僕にはわからない。
でもきっと今の霊山くんは、どこかかで間違った僕だ。
僕は歩みを進め、怪我をした一人にハンカチを渡す。
「早く病院に行った方がいいよ。これに懲りたらいじめはやめた方がいい」
震えるように首を縦に振る三人は、どこかに走り去っていった。
「あんなのにも手を差し伸べるんだ。流石偽善者だ、ムカつくよ」
「ごめん」
「今更ナイフにビビってもお前も俺は許さないぞ」
「もっと早く気づいてればよかった」
きっと浮かれてた。
焔さんに好きだと言ってもらえて、いじめが止まって、強くなれて、僕は浮かれてた。
浮かれて周りを見てなかった。
前に氷美湖さんが言ってたのはこう言うことなんだな。
他人の機微に気をつけろってこういうことなんだ。
「お前は本当にムカつく!」
振り下ろされるナイフは、足を少し引くだけで避けられた。
地面に刺さったナイフを掴む手を狙うと、霊山くんはあっさり手を離す。
ナイフを強く何度か踏み、地面に柄まで埋める。
「なんで、お前だけ……、なんで僕なんだよ! なんでお前じゃなくて僕なんだよ!」
「僕も、そう思うよ」
我武者羅に突っ込んできた霊山くんを、一本背負いで投げ飛ばす。
「今度は僕がなるよ。焔さんが僕にしてくれたことを、今度は僕が君にする番だ」
手を差し伸べる。
僕が貰ったものを、今度は君にしてあげるんだ。
でも、霊山くんは僕の手を払う。
「お前の手は借りない。僕は、僕の仲間はお前じゃない! 調さんだけだ!」
そのまま走り去る霊山くんを僕は見ているだけしかできなかった。
†
昼の事件はあっという間に学校中に広がり、学校は緊急会議を開くことになり、僕達生徒はそのまま帰宅させられた。
その帰り道に、焔さんと氷美湖さんに事のいきさつを説明した。
「あの騒ぎは、そう言うことだったのか」
「私は刺された奴らの自業自得だと思うけどね、今までの付けが返って来ただけでしょ」
「そっちは当事者同士の問題だが、気になるのは、秋良の感じたカルマっぽい気配と、ナイフを渡した調って奴の事だな」
「私も調べたけど、ウチの生徒じゃないわね。もちろん、教師でもないわ」
「カルマが関連してるってことは、残りの三毒かもしれないな。あたしは荷物を置いたら霊山を探しに行く」
「それならあたしは調について当たってみようかな」
「秋良はどうする?」
「僕も霊山くんを探しに行きます」
今度こそ、彼は僕が止めて見せる。
†
「ムカつく! ムカつく! ムカつく!」
あいつは何様だ、なんで僕の邪魔をする!
怒りに任せ、僕は公園の木を蹴り続けた。
もう少しであの三人を殺せたのに、なんで邪魔をするんだよ。
あんな奴ら、いなくなった方がマシじゃないか。
「こんにちは、ここで何をしているのかな?」
「調さん、なんでこんな時間に?」
「病院の帰りだよ。それより、君こそなんでこんなところにいるんだい? まだ学校のはずだろ?」
僕は、調さんに全てを伝えた。
「それは残念だったね」
「あいつがいなければ、あいつさえいなければ! 調さん、僕はこれからどうしたらいいと思います?」
調さんに聞いたが、彼女は冷たい目で僕を見つめているだけだった。
「調さん? どうかしましたか?」
「あと一歩で咲きそうなんだけど、咲かないな」
「なんのことですか?」
調さんはもう、僕を見ていない。
僕の胸を見て、よくわからない言葉を漏らしている。
「無駄に理性が残ってるのか。そのせいで折角植えたのに咲かないのか。中途半端なやつだな」
「それって僕の事ですか?」
「ん? ああ、そうだよ」
恐る恐る聞いた答えはあまりにも軽い言葉だった。
「蕾に変化が見えるね。なるほど、私自身がストッパーになってたのか」
「調さん、どういうことなんですか?」
「私は人の心に煩悩で育つ種を植えれるんだ。それを君に植えてた、それがいい感じに育ってたのに、咲きそうもなかったんだよ」
「待ってくださいよ……。それじゃあ、僕に優しくしてくれたのは?」
「優しく? そんなことしてないよ。花を育てるのに、鉢植えに優しく奴がいるかい?」
調さんが優しくしていたのは僕じゃない。
僕の中にあるっていう種だったんだ……。
「君が私に好意を寄せるのは自由だけど、私にも自由はある。君みたいのはお断りだよ」
沸々と怒りの感情が沸き上がり、僕は調さんの首に手をかけていた。
「あんた、体が不自由なんだろ? 僕がこの手に力を入れればあんたは死ぬよな?」
「死にたくなかったら、自分を受け入れろってことかな?」
「そうだ。それと謝罪だ! 僕に謝れ」
「だからお前は中途半端なんだよ。言う前に首を絞めればいいのに、無駄に話をしようとする」
心から殺意が溢れた。
病的に青白く、枯れ木の様に細い首をへし折るように力を籠めた。
「それが全力?」
首を絞めたはずなのに、こんなか細い首を折ることもできない。
指がうっ血するほど、強く締めているのにびくともしない。
「お前の言う通り、私の体は不自由だよ。だけど、人間程度には勝てるんだよ」
僕の手は抵抗できない程の力で首から離された。
「あんたは誰なんだ?」
「十纏の一人。言ってもわからないよね。今ので花は咲いたし、後は実がなるのを待つだけだ。後は好きにやりなよ。もう、会うことはないだろうけどね」
僕をゴミの様に放り捨て調さんは去って行った。
なんで、僕だけこんな目に合わないといけないんだ?
いじめられて、好きになった人に見捨てられて、なんで僕だけ?
僕は普通に生きてただけなのに……。
「そうか、全部神流秋良が悪いんだ」
あいつのせいで僕の周りが変わったんだ。
あいつさえいなくなれば、僕は少し楽になれるんだ。




