16話 エピローグ
目を覚ますと、なぜか焔さんに背負われていた。
「ん……?」
「目を覚ましたか。今日はあたし達の家でいいだろ? その傷の説明をする必要も無いしな」
「え? ありがとうございます」
あれ? なんで、おんぶされてるの? 前の方では鬼石家の皆さんが談笑してるけど……、ああ、そうだ、百目木姉妹に襲われて逃げて、カルマに襲われたりして気絶したんだ。
「頑張ったらしいじゃないか、じいちゃんが褒めてたよ」
「褒められる程じゃないですよ。結局カルマを倒したのは師匠だし、揖斐川には負けました」
「それが誰にでもできるなら、あたし達はいらないだろ。秋良は自分にできることをした。勝てないとわかっている相手の前に出るなんて普通はできないことだ」
ああ、悔しいな……。
焔さんも師匠も、褒めてくれて嬉しい、けど、それが悔しい。
どうせなら勝って褒めて欲しかったな……。
「秋良はどうなりたい?」
「急にどうしたんですか?」
「ふと聞きたくなった」
「無理かもしれないですけど、焔さんの横に立ちたいです」
「この前と言ってること違うんじゃないか?」
「そうですね。でも、今はそうなりたいんです」
「どういう心境の変化があったんだ?」
「それは秘密です」
「そうか」
僕にもそれが上手く言語化できない。
焔さんが好きだからとか、服の下に見える傷が自分の事のように痛いからとか、理由はいくらでも思いつくけど、全部しっくりとは来ない。
無理に言葉で表すなら、僕が男だからかもしれない。
流石にそんなこと、焔さんにはカッコ悪くて言えないけど。
「あの後ってどうなったんですか?」
考えただけで恥ずかしくなり、話しを変えることにした。
「あの場にいたほぼ全員の記憶を書き換えた。百目木姉妹がテロを起こそうとして全員が逃げたことになっている。後は、テロの一員を秋良とじいちゃん達が撃退したことになってるから」
「なんかそんな記憶を書き換える映画ありましたよね」
あっちは宇宙人だったけど。
「まあ、そんな感じだ。あっちは機械でこっちは能力って感じだけどな」
「詳しく聞きたいですけど、聞いちゃいけない気がします」
「秋良は関係者だから話してもいいんだけど聞くか?」
「次に使う機会があったらで良いです。でもそんなのが使えるなら、わざわざ領分使わなくてもいいんじゃないですか?」
記憶の改ざんをすれば人に見られても問題ない。
「大分脳に負担がかかるんだよ。使いすぎれば廃人になる可能性もある」
ってことはその能力は脳に直接使ってるってわけなのか……、記憶弄ってるんだし当然なんだろうけど。
「それに領分ならどれだけ町を壊しても無かったことにできるからな。今日のを領分を使わないでやったら、喜門町は持たないぞ。校舎もほぼ原形留めてなかったし」
僕、そんな戦い方する人と並ぼうとしてるの?
「それに普通はこういうことはしないんだ。ヴァクダ派だってそれは望んでいない」
「そうなんですか? 現世と幽世を一つにして滅ぼすからこういうことやるんだなって思ってました」
それが危険だから焔さん達が戦っているって認識だった。
「あたし達も仲良くする分には賛成だ。けどな、あたし達と秋良では力の差がありすぎるだろ? やろうと思えばあたし一人でも、一週間あれば世界を更地にできるぞ。そんな幽世の連中と一緒に暮らすなんて現世を危険にさらす真似はできない。それがメリヨル派の立場。二つの世界に分けるから、争いは起きる。だからこそ二つの世界を一つにってのがヴァクダ派の立場だ」
「両派閥ともそういうスタンスなら百目木姉妹の動きは変ですね」
侵略ではなく一緒に暮らすのが目的なのに、こっちに恐怖心を植え付けるのは誰が見てもおかしい。
そうなれば結局争いは起きてしまう。
「あの二人の動きを見てると、あたし達に勝つのが目的だった可能性もあるけどな」
その場のノリで決めてる雰囲気はあったけど、ヴァクダ派のトップがそんなことするのか?
†
アメリカ北部のとある町、とある一軒家。
「日本だとそろそろ夜だよな?」
糊の利いたスーツを着た男が、仕事に行く準備をしながら、だらしなく下着姿のままでいる女性に問いかける。
「そうだと思うわよ。あの二人から連絡はないの?」
「あれほど言ったのに、連絡を寄こさないのはあの二人らしいが、鍵の事でとなると負けたと考えた方がいいだろうな」
「あなたの作戦駄目だったのね」
「腹立たしいが、そうなるな。しかしあの二人が負けるってことは、鍵があるのはやっぱり日本か、あの夫婦もまさか死に際に平気で嘘を吐くとは腸が煮えくり返りそうだ」
「流石は門番ってことでしょうね」
「そうとわかれば、俺達も日本に行かないといけないな」
「旅費はあったかしら?」
「その辺で奪えばいいだけだろ」
「私のペットたちの旅費もお願いね」
わざとらしく男性に体を摺り寄せるが、男は煩わしそうに振り払う。
「ペットは向こうで改めて探せばいいだろ。そんな大荷物邪魔でしょうがない」
「アジアの子達は少し幼いのよね。まあ、それはそれでたまにはいいかしら」
「なら、早く準備をして来い」
女は上機嫌で階段を上り、近くの部屋に入る。
カーテンの閉め切られた部屋には明かりが無く、いくつもの呼吸音が聞こえる。
部屋の明かりをつけると、首輪をされ口には布で、手足は縄で縛られた男たちがいた。
髪や髭が伸び、異臭も漂っている。
「みんな、ごめんね。もう、お別れなの」
お別れという言葉に全員が布越しに叫び出す。
「私みんなの事好きよ。綺麗だった顔が段々と汚れるのを見るのも楽しい。でももうお別れ。私行かなきゃいけないの」
女が近くにいた一人に手を触れ、首をへし折る。
「さようなら、あなた達のことは忘れないわ。変異交雑」
女は男の死体を壁にたたきつけると、男は壁と混ざり合った歪なオブジェが出来上がる。
「次は何と混ぜようかしら」
「何を遊んでいるんだ? 早く行くぞ」
「最後のひと時くらい良いじゃない。今日でこの子達と会えなくなるのよ」
「憑依装着 バースト」
スーツの男の腕が異形に変化する。
右腕からは無数の銃器が生え、女がいることさえいとわず一斉に発砲する。
撃ち終わると、男たちは赤く染まり地面に散らばる。
「はあ、私ごと撃つのやめてくれない? しかも全員あなたが殺しちゃうし」
「口論も煩わしいからな」
「つまらない男ね」
女は別の部屋に行き着替えを始めた。
「新しい服が欲しいわ。どれもパッとしないの」
「我慢しろと言いたいが、お前にしては長く着た方か」
女性の頭の中にはすでに、さっきの男たちの事は頭の片隅にも残っていない。
「それじゃあ、日本に向かおうか」
「その前に色々買って行かないと」
「途中であいつらに連絡もしていかないとな」
「あいつらに頼るの?」
「十人もいれば門番の一人でも殺せるだろう」
二人は平然と外に出る。
壁を壊した音に駆けつけた住人や、銃を構える警察を無視し、あろうことか、パトカーに乗り込もうとする。
「待て、何をしている?」
「俺達を連行するんだろ? 真偽はどうあれ、私達は重要参考人だしな」
二人は何も抵抗せず、後部座席に座る。
警官たちもそうされてはどうしようもなく、そのままパトカーは出発する。
「後で詳しく話は聞かせてもらうぞ」
二人を乗せたパトカーはそのまま警察署に向かう途中、忽然と姿を消した。




