12話 再戦の始まり
翌日の日曜、僕は朝から焔さんに呼ばれ、帰る前に道場に足を運んだ。
急な呼び出しだったけど、怒られるようなことしたかな?
「朝から呼び出して悪いな」
「それはいいんですけど、何か用ですか?」
「フェアじゃないと思うんだ」
何がだろう……、まだ何かを言い淀んでいるから次の言葉を待つ。
「昨日は氷美湖と外出だっただろ? あたしは一人だったのに」
「そうですね、僕が柔術を習ってるので、姉弟子の技を見て覚えろって言われましたし」
結局昨日は薙刀を使ってて、柔術は使ってなかったけど。
あのサイズを、柔術でどうにかできるとは思えないし、仕方ないとは思う。
「だから今日はあたしに付き合え」
寂しいのか、焔さんからしたら僕が氷美湖さんを取ったことになるしな。
それなら僕を呼び出す理由にはならないよな。
「あたしも秋良と二人っきりで何かしたい」
「それって、どういう意味で言ってますか?」
その言葉、取りようによっては勘違いしてしまいそうだ。
「あたしは秋良の恋人だ。それなのに、妹だからと言って氷美湖ばかり構っていてやきもちを焼いてる」
それって僕と焔さんが一緒に居てもいいようにって、言い出した言い訳だった気がしたけど、あれってもしかして本気だったの? 嫌とかじゃないけど、僕なんかじゃ焔さんとつり合いが取れない……。
もうこうなったら直接聞いた方が早い。
「それって、契約者として一緒に居てもいいようにって、方便じゃなかったですか?」
「そのつもりだったけど、本気になった。この前そう言っただろ?」
そう言えば僕の子供を産んでもいいって言ってたけど、あれ、本気だったんだ、てっきり氷美湖さんをからかうためかと思ってた。
「もしかして秋良はあたしみたいのは嫌いか?」
「いえ、焔さんが嫌ってことは絶対にないですけど」
「それならいいじゃないか」
焔さんは段々と僕に近づいて来た。
一歩進むごとに板張りの床が軋み、僕はつい、後ろに退いてしまう。
「逃げなくてもいいだろ。あたしも結構勇気を出してるんだ、逃げられるのは傷つく」
壁際に追いやられ、焔さんに壁ドンされ、焔さんの匂いが僕を包む。
一瞬ドギマギするが、いつもの強気で厳しい目が、動揺で揺れ、心が落ち着いた。
「焔さんにそう言ってもらえるのは本当に嬉しいです。でも、ごめんなさい。今はその気持ちに応えられません」
「あたしに魅力がないってことか?」
「逆です。焔さんが魅力的すぎるんです。情けないですけど、僕では吊り合わない程です。なので、今は応えられません」
彼女の目を見てはっきりと伝えた。
「そんなことはない。秋良は強くてカッコいいぞ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。でも、僕は自分が嫌いなんです。いじめられて、父さんからも疎まれて、焔さんにも守ってもらってばっかりで……、そんな自分が嫌いなんです。だから自分勝手なのはわかってますけど、待ってもらえますか? 僕が自分に自信を持てるまで、その時は、僕から改めて焔さんに告白します」
「そんなこと言ってると、あたしは他に好きな人を作るかもしれないぞ」
「その時は、僕が焔さんを奪いに行きます」
「それもいいか。その時まで、秋良の気持ちが変わらなかったらな」
ふっと、焔さんは優しく笑った。
香が離れ、少し寂しい気持ちになった。
「そうですね。焔さんからお墨付きも貰いましたし、僕もモテるかもしれませんからね」
僕の言葉に焔さんと笑いあう。
そんなことは絶対にない。
でも、それを口に出すのはもう少し後だ。
「少し話し込んでしまったが、朝食まで少し組み手をしようか」
†
それから一ヶ月、稽古の後に何度かコベットの退治に付き添いをした。
筋肉痛にもならなくなり、前よりは上手に逃げられるようになった気がする。
自分の成長を感じ始めたある日、職員室への用事を終え教室に向かっていた。
「ラッキー。こんなに早く見つけられるなんて思ってなかった」
角を曲がったところで、百目木現に遭遇した。
なんで、ここに居るんだ? 学校にも来てなかったはずなのに……。
「この前の角の女はどこ? あんたなら知ってるでしょ?」
「し、知ってても言うと思うか?」
「思わないよ。もし聞けたらラッキーくらい」
まさか、こんな突然出会うとは思わなかった、急いで逃げ出さないと。
「無駄だよ。人間に速さで負けるわけないじゃん。ってあれ?」
最初に動いた方とは逆の方に駆けだす。
もとからそっちは行き止まりだ。
こっちからの方が教室に近い、何とか焔さん達と合流しないと。
「顕現装束 鉄槌」
学校の壁に大きな穴が開いた。
人の気配がある今ならこんな無茶はしないはずだと思っていたのに、百目木現は躊躇いも無く壁を一撃で破壊した。
「ちょっと感心した。この前は動けなかったのに、今日は動けるんだね」
身の丈の倍はありそうな大きなハンマーを担ぎ、僕の進路の前に立つ。
「それで、あの角女はどこ? 教えてくれたら逃げていいよ。嘘だったら殺すけど」
「今、大きな落としたけど、何が……」
「先生、久しぶり。聞きたいことがあるんだけど、角の女子、じゃわからないか、赤い髪の女子ってどこのクラス?」
最悪のタイミングで人が来てしまった。
「百目木さん? 何をしてるの?」
「先生逃げて!」
ぶんと、振り下ろすと地震と勘違いするほどの振動が響く。
先生に当たることはなかったが、今の一撃で地面に座りこんでしまう。
「現が知りたいのはあの女の場所なんだ。早く教えてくれないと次は当てるよ」
その突然の地震で一気に周囲がざわめきだす。
「ついやっちゃった。まだ、早かったんだけどな。虚に怒られるかな?」
焔さん達から聞いた話と違う。
なんでこんな人目の付く場所で襲って来た?
こんな無関係な人間を巻き込んでも、後処理が面倒になるだけだ。
『この放送が聞こえる人に連絡事項です』
放送? こんな時間に? この声って百目木虚? なんで?
続けざまに起こる出来事に、頭がついて行かない。
『神流秋良を捕まえ、百目木虚、もしくは百目木現の元に連れてきてください。ちなみに逆らったり真面目にやってない人は殺します』
無茶苦茶だ。
こんな滅茶苦茶なことをして、後の処理はどうするつもりだ? まだ、周りは今の放送を悪ふざけだと思ってくれてる。
『きっと信じないだろうから、正門の方を見てください。顕現装束 天龍」
その場にいたみんなが、窓の外を見る。
そこに現れたのは、前回の最後に現れた一頭の龍。
その龍は、口から熱線を吐き出し、周囲にある家を焼き払う。
『今のが次はこの学校に向けられるから。頑張って神流秋良を私の前に連れてこい。私は体育館で待ってるから』
「お前達は何を考えてるんだ!?」
「決まってるよ。鍵を手に入れて、門番を殺す。それだけ」
僕の叫びに百目木現は笑顔で答えた。
「神流がいたぞ! 早く捕まえろ!」
パニックになった学校中の人達が僕を見つける。
「もう、逃げていいよ。人が少なくなってから、ゆっくりと探すから」
「その手間は省けるな」
窓を突き破り、焔さんが現れた。
「そこから逃げろ。あたしの家の方に行けば、助けが来る」
「わかりました」
窓から抜け出すと、背後から沢山の生徒が僕を追ってきた。
焔さんの家に向かえば助けが来るっていうなら、僕はその言葉を信じて必死に走るしかない。




