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神鉄の娘は神秘を説き明かす  作者: 小松小龍
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邂逅前日

 いつもの帰り道のことだった。僕は、家への道を少し小走りで、駆けていた。学校に、本を置いてきてしまったのだ。その忘れ物を取りに帰り、再び家への帰路についていた。

 夕暮れ時で、だんだんと日は傾き、西の地平線が茜色に染まっていく。先ほどまで、夕立が降っていたのだがその雲はどこへやら。瞳の裏に焼き付いて消えない、いや消したくないと思えるほどに美しい空模様へと変わっていた。

 思わず足を止める。制服のズボンのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。その夕暮れを、付属のカメラのファインダーに収める。画面に映った画像をじっと見る。…うん、よく撮れてる。保存ボタンにタッチし、その画像をお気に入りのフォルダに保存した。

 忘れ物を取りに行き、帰宅する時間が少々遅くなってしまったがその代わりに、よいものが撮れた。

 少しうきうきした気分になり再び家へと帰ろうとした、その時である。

 周囲の温度が急に下がったように感じたのと同時に、背後にナニカの気配を感じる。にわかに日も陰り、生暖かい風が首筋を逆なでるように吹いた。

 …背後からささやき声のような、薄気味悪い声が聞こえる。同時に、かすかに耳鳴りがしだした。

ひたひたと、どう考えても靴の音ではない、かすかに湿った音が聞こえ、徐々に自分に近づいてくる。

 振り向きたくない。

 そう思う心とは裏腹に、体は身に降りかかる…脅威、と相対しようと背後に向きなおる。

 そこにそれはいた。

 一見すると…それは、影のように見えた。黒く、常に体の形を変え、つかみどころがない。人のような姿をしているのだが、僕にはどう見ても人間のようには思えなかった。

 僕は恐怖で立ちすくんだ。足が、動かない。

 そのうち、影が揺らめきだし、みるみるうちに姿を変えていく。音もなく、ただ不自然に。構成されている体の要素がねじ曲がり、ひしゃげていく。不快なささやき声も明白になり、それにつれ不快さを増していく。

 やがて…影は人のような姿から、人とはかけ離れたおぞましい姿に形を変えた。

 下半身は、黒い毛むくじゃらの足が4本。足の先には蹄のようなものが生えている。まるでギリシャ神話に出てくるケンタウルスのようだが、どう見ても馬の脚ではない。このときは恐怖で思い出せなかったが、おそらくは鯨偶蹄目…ウシかヤギのものだろう。

 上半身に目をやる。

 上半身は…ほかにたとえようがないが、豊満な女性の体をしていた。しかし、下腹部には端から端までぱっくり裂けた忌まわしい口。蛇のように二股に裂けた舌がチロチロと獲物を品定めするように、舌なめずりをしている。

 腕も4本あり、そのうちの2本の手は、黒々とした体毛に覆われており、指先には人間の体を一撫でで骨ごと抉りうがちそうな凶悪な爪がぬらぬらと光る。

 もう2本の腕は人間の女性のような華奢な腕であるが、その先にあるたおやかな手が顔を覆い隠している。その隠している顔からは、しっとりと濡れた黒々しい長髪が静かに風になびいている。

 額からは…いびつに角が生えていた。右額前部からは右巻きの角が、左額前部からは左巻きの角がそれぞれ1本ずつ生えている。

 影が怪物に姿を変えてすぐに、ふと自分の足が動くことに気づいた。

 気づけば踵を返して全速力で路地を駆けていた。何かを置き忘れた気もするが、どうでもよかった。

逃げなければ。目の前で起こったことが信じられなかったが、この直観におそらく間違いはないのだろう。あのままあそこにいれば…死んでいた。あの凶悪な爪で引き裂かれるのか、忌まわしい口でむさぼられるのか。いずれにしても…。

 おぞましい想像をしてしまい、体がゾクッと震えた。

 とにかく…家に、家に帰らなければ。ぽたぽたと髪から伝い落ちる冷汗をぬぐいながら、見知った路地をひた走る。

 カーブミラーがある小さな交差点を左折し、住宅街の少し広い路地に出る。

 この時間は、まだ夕方で人通りもあるはずなのだが、夜のように暗い癖に電灯もついていない。不気味に感じながらも直進し、家の近くの三叉路に差し掛かる。

 そのまま右折すると同時に目の前から黒い巨大な物体が現れたことに気づく。先ほどの怪物だ。下腹部の忌まわしい口を大きく開き、こちらに突進してきていた。

 足を止めようとしたが、全力で走っていたため止めようがない。僕は、忌まわしい口に丸ごと貪りつくされるだろう。

 忌まわしい口が僕の頭部を覆う。漂う腐臭と異臭を感じながら、僕の意識は急激に遠のいていった。

ああ、意識もなく死ぬならまだ幸せか。何も感じないまま、意識は暗い闇に落ちていった。

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