七夕よ、どうか願いを
七夕の短冊に願いを書けば願いが叶う。
もちろんそんなことを心から信じている人は誰一人としていないだろうが、目の前にある若竹には沢山の短冊が吊るしてあった。人通りの多い大通りのど真ん中に置かれてあるソレにはどうでも良い願い事から割と切実な願い事まで様々なものが吊るしてある。
こんなものに頼る方がおかしいのだ。
なんてことを思いつつも結局は、自分もそばに置いてある紙切れとネームペンを取っていた。書く内容は既に決まっていた。心の中では自分も何かに頼りたかったのかもしれない。自分ではどうにもならないことを誰かに叶えて欲しかったのだろう。
ネームペンを置く。わずかな隙間を見つけて短冊を吊るした。
神頼みするように両手を合わせて深くお辞儀をする。
「どうか、この世に居る全てのリア充を爆破してください!!」
本来であれば織姫と彦星が一年に一度会える日であり、人々は星たちに様々な思いを捧げる。
織姫と彦星が会えることを祈る者、彼らの伝説に思いを馳せる者、様々な思いが交錯する中でコイツの願いは一際汚いオーラを発していた。
一言で言って非常に不謹慎。まごうことなきゲス野郎である。
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彦康はどこまで行っても意気地なしな人間であった。
およそ幼稚園児の時から幼馴染の香織に片思いをしていた。
相手にもその気があるのではないかということは薄々気が付いていたがその気持ちを言い出せないまま一年、また一年と年月が無慈悲に過ぎ去っていき気が付けば高校三年になっていた。
幼稚園はもとより、小学校も中学校も高校でさえも一緒であったのにも関わらず「いつでも告白は出来るから......」と延期に延期を重ねてここまで来てしまったのである。
そんな自分に転機が訪れようとしていた。
香織と進む大学が違うことが判明したのである。
香織はもともと成績優秀で、ゲームで徹夜明けした後に宿題のノートを見せてもらっていたり定期試験の時には勉強を教えてもらっていた。今から思えばもう少し勉強を頑張っておけばよかった。
気が付くと既に香織は手の届かない場所に居た。
俺とは目指す場所が違っていた。
それはある一つの事実を意味していた。
俺たちは確実に離れることになる。
香織はそのことも分かったうえで決断したようである。
だが自分はまだあきらめられていなかった。その報告が突然の事だったというのもあるし自分が未練がましいのもあるだろう。
だからと言ってどうなるわけでも無くただ運命を恨むことしかできない。
そんな時、道端に楽しそうなカップルが通り過ぎていった。
気が付けば俺は短冊を竹に吊るしていたという訳である。
どこまで行っても意気地なしだ。
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ふと周りを見ると先ほどまでとはうって変わって異様な雰囲気が流れていることに気が付く。
至る所で溢れ出る険悪なムードが街を覆うのに時間はかからなかった。
まさか!と思って周りをじっと観察する。
今さっきまでイチャついていた若いカップルが痴話喧嘩ではすまされないほどの苛烈な罵倒合戦を繰り広げていた。最終的には物が飛び交う始末。流れ弾が自分の体に当たった。皆、自分のことに無我夢中といった感じである。
まさか実際に実現するとは。
実現するとしてもここまで大ごとになるとは思わなかった。
だが、自分の視界から羨む人間が消えたのは良い事だ。なんだかすっきりする気がした。
自分の負のオーラがこの結果をもたらしたのかどうかは知らないが今この空間の中でなら俺が一番幸せ者のような気がする。
俺はカップルを目の端で見ながらスキップして歩いた。こんなことが街の至る所で行われているのなら俺の問題など小さなことだったのかもしれないと思える。自分の為に他の人を貶めるのは少し心が痛んだが、それでも何の関わりもない人間が苦しんでいる姿は心に束の間の安息を与えた。
ずっとこのままなら良いのに。
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俺は家に帰る途中に見慣れた背中を見つけた。
「香織!」
どうしてだろう、反応が返ってこない。いつもならこの距離から話しかければ反応が返ってくるはずなのに。
俺は走って香織の肩を叩く。
「おい!香織!」
その時、起こったことが俺には少し理解が出来なくて静止した。
香織が肩に乗せた俺の手を振り払った。
「話しかけないで下さい。」
「ちょ......ちょっと待てよ。まさかお前まで?ウソだろ?香織。」
「なんのことだか知らないけれど、今は話す気分ではないんです。それでは。」
香織はスタスタと歩いて行った。
俺は唖然としながら手を伸ばしていただけだった。
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つまるところ俺は意気地なしだった。
与えられた環境が恵まれたものだと気づいていた。
俺のリアルは既に充実していたのだった。
気づいていたにもかかわらずそれを一つも生かすことが出来ていなかった。
何の努力もせずに願いが叶うことなどあるはずがない。そんな子供でも分かることを俺はどうしようもないと嘆いていたのだった。
何かしなければならないことがあるのは分かっていたはずだった。
出来ないのではなくしなかった。全て出来ないという風に決めつけてしまう方が楽なことを体が覚えてしまっていたのだった。
何故、七夕の短冊に俺と香織が上手くいくようにと書かなかったのか。自分の心の中でそれは上手くはいかないと決めつけていたからだった。
そんなことを書いたところで自分は動くことは出来ないだろうと思っていたからである。
願うなら自分と関係ない物を、と考えてしまう後ろ向きな性格の塊を短冊に書き殴った。
七夕よ、どうか願いを元に戻してくれないか?
そうすれば自分は。
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いつの間にか自分の瞳から一滴、二滴と水滴が零れ落ちていた。
諦められない。
こんな終わりでは諦めきれない。
悔やむにも悔やみきれない。
「どうか......」
「どうしたのヒコ?」
目を上げるとそこには香織が立っていた。
心配そうにこちらを見つめてくる。
あんなに遠くに行ってしまった香織が今はこんなに近くにいる。
安堵でまたとめどなく涙が流れた。
「どうしたの!?」
安堵するのはまだ早い。
もしかしてこれが最後のチャンスだったら?天が与えてくれた俺への束の間の同情心だとしたら?
俺たちは明日から目を合わせることもなくなってしまうかもしれない。
もしそうなってしまったら?
グッと拳を握る。
決心をつけるのは今だ。
「香織!俺と......付き合ってくれ!!!」
「え......?は?......えぇ!?」
香織が驚いた顔をしてまばたきもせずこちらを見る。やはりいきなりはまずかった。もう少しムードを作るとか前置きを挟むとかもっといい方法が――――
そんな杞憂は彼女の顔を見て吹き飛んでしまった。
夏の大三角よりも眩しい笑顔が闇夜に輝いていた。
今回の日曜短編は七夕に乗じて恋愛ものを書いてみました。
個人的には綺麗な終わり方だったと思います。
こういう状況にでもならないと人は勇気をださないものだとつくづく思います。
皆さまも様々な願いを星に込めてはいかがでしょうか。
毎週日曜日に短編を書いています。
水曜日と土曜日には長編を投稿しています。
8月からは新しく長編を毎日投稿する予定です。
応援よろしくお願いいたします。