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旅立つ魂

彼女はその日、倉庫に荷物を戻すように言われて、普段は人通りの少ない廊下を歩いていた。

そして廊下の奥の物陰で、人がいることに気づいた。


以前からそこは密かな逢引の場所として使われていることが多く、彼女もまずいところに出くわしたな、とは思った。


「愛しています」

「私も…」


熱烈な告白を二人は交わし合い、ガサゴソと服が擦れる音がする。

生娘ではなかった彼女ので何をしているのかわかってしまい、他人の情事を盗み聞きしているようで気が引けた。


しかし彼らに気づかれてしまい、追いかけられて逃げ込んだ先がここだった。


「王妃様って、誰?」


彼女がいつの時代の王妃のことを指しているのか確かめようと、陽妃が尋ねたが、彼女は頑なに口を割らなかった。


「まあ、調べればわかるか」


殺した騎士がまだ生きていたとしても、証拠も何も残っていないだろうし、それを糾弾しても彼女は生き返りはしない。


「可哀想に…怖い目にあったのね。でも、もう怖がる必要はないわ。あなたは女神トリシュの所へ旅立てるのだから」


殺されたことのショックで己を見失っているだけで、彼女なら自分が亡くなっていることを自覚し、魂の傷が癒えれば旅立つことが出来るだろう。


「さあ、目を閉じて私の声を聞いて」


眉と眉の間、眉間にある第三の目と呼ばれる場所に人差し指と中指を当てる。触れることはできないが、彼女は言われるままに目を閉じた。


「思い描いて、優しい風が吹く高原を。そこには清らかな水を湛えた川が流れ、温かい日差しが降り注ぐ。咲く花の甘い香り、囀り合う鳥の声を」


女神トリシュの教えの中で、人が死後に訪れるとされる楽園アーカレイルブ。

その情景を陽妃は彼女に語りかけた。


陽妃の言葉が紡がれていくごとに、彼女の胸の傷が塞がっていき、やがて最初から無かったかのように消え失せた。


魂の傷が癒えた証だった。


「温かい光を感じる?」

『はい。とても気持ちいい』

「そこに向かって行くことを考えて」

『私に・・行けるでしょうか』

「大丈夫。迎えが来ているはずだから」

『あ、お母さん』


彼女の目に母の姿が見えたようで、彼女が嬉しそうに叫んでそちらに手を伸ばす。すると彼女の体は輪郭を失い光の粒になって空気に溶け込んだ。


「昇天したのですか?」

「きっと彼女が殺されたのはここ数年の話ではないわ。彼女より後か先かはわからないけど、彼女がここでさ迷っている間に、母親はとうに女神トリシュの膝元に召されていたみたい」

「いずれにしても、彼女の魂は救われたのですね」


石榴が確認する。


「そうだといいけど。魂は女神トリシュの元に行けたみたい」


仏教ならアーカレイルブは極楽浄土。女神トリシュは観音様か如来様と言ったところだろうか。


「これでここの霊はいなくなったわ」

「件の王妃と騎士について、調べてみましょうか。若い頃にそのような噂を聞いたことがあります」


ロマーノ・カレンドゥだった頃、そのような噂があった王妃がいたことを紫水は思い出したようだ。


「王妃の不貞ならば、王家としては秘密にしたいところですが、蛇の道は蛇と言います。そういう噂話は昔から好きな方々はおりますから」


紫水の美貌で話しかければ、大抵の女性なら言うことを聞くだろう。


「とりあえずもうすぐ夜明けです。部屋に戻りましょう」

「そうだね」


濃密な夜がようやく終わる。そう思っていたが、それは陽妃の思い違いだった。

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