異世界は第二の故郷
陽妃は産まれた時、殆ど産声を上げなかったらしい。
か弱く蚊の泣くような声で産まれ、食も細く呼吸すら苦しそうだった。
どこが悪いと言うわけでなく、とにかくよく熱をだす。
医者の見立てではとにかく虚弱だという。青白い肌と、殆ど口から食べ物を摂取できず、同じ時期に産まれた子たちと比べると、ずっと小さかった。
そんな彼女を両親も両方の祖父母もとても心配し、熱が出れば救急病院に走り、入れ替わり立ち替わり看病し、とても大事に育ててくれた。
みんなの献身的な養育のお陰で、五歳なる頃にようやく丈夫になってきた。熱を出す回数も一ヶ月に一回程度くらいに元気を取り戻した。
ようやく他の子たちと混じって遊べるようになった時、別の問題が発生した。
陽妃には他の人には見えないもの、人の霊が見えるようだった。
白くてフワフワと辺りに漂い、透き通っている。不思議と恐くはなかった。
時折真っ黒や灰色の霊も現れるようになった。それらは時に人に悪影響を及ぼす。
彼女が見えていることに気づくと、それらは彼女にまとわりつくようになった。
忽ち彼女は体調不良を訴えるようになった。
困った両親は彼女を、あるお寺に預けた。
霊能者として有名なその寺の僧侶に自分を護る術を教わり、霊を浄化することも教えてもらった。
また彼女には産まれてからずっと強力な守護霊が付いていた。
日本人らしくない目鼻立ちの守護霊だった。多分、男?
小学校まで殆ど家と病院の往復で、五歳からお寺に預けられていたので、小学校へ上がった陽妃は同級生から見れば異質の変なやつになっていた。いつもどこかボーッと宙を見ていて、一人でぶつぶつ言っている。友達は一人もできなかった。それでも両親は彼女を愛してくれていた。
そうして彼女が十六歳になった時、その守護霊は囁いた。
時は満ちた。もうひとつの、君の世界に行くよ。陽妃
そして彼女は生まれ育った地球の、日本から、異世界ガーネジアへと飛ばされた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
眩しい光に目がくらんで目を瞑ったままにしている朝陽朝陽と耳元で声がした。
(もう目を開けていいよ)
そっと目を開けると、目の前に背の高い男の人が立っていた。
聞こえた声と気配で、それが自分の守護霊だとわかったが、彼女にもここまではっきりその姿が見えたのは初めてだった。
紫色の髪を後ろで束ね、彫りが深いと思っていたが、美しい新緑の瞳をした彫刻のように美しい人がいた。
それでもまだ、その体は透けて見える。
「ようこそ、ガーネジアへ。ここは君の魂の故郷、そして私は君の魂の父親だよ、陽妃」
焦げ茶色の詰襟の膝丈のコートに同色のスラックスを履いた彼はそう言った。
異世界ガーネジア
陽妃が立っていたのはガーネジアにある王国、バイシュルスタイン公国の外れの、人寂れた森の中に建つ館の前だった。
窓の多さから、部屋がゆうに三十はあるだろう洋館がそびえ立っていた。
壁には蔦か蔓延り、庭は腰丈までの雑草がたくさん生えた、寂れた館だった。
「やはり地球の環境では、ここまではっきり姿を現せなかった。地球ではいくら君の側でもここまでは無理だったからね。ここは私のもといた世界だから、少し力が使えるようだ」
「おと……お父さんって?」
言われた言葉が衝撃的で、状況が理解できないでいた。
モデル出身だった陽妃の母のお陰で、目鼻立ちは整っていたが、黒髪黒目の日本人だ。十六歳まで彼女を育んで来た両親は本当の親ではなかったのか。でも、彼女が産まれてすぐの写真もあった。どこからかもらわれてきたわけでもない。
「混乱させてしまったね。彼らも君の親だよ。彼らは君に血と肉を与えてくれた人。陽妃が今の姿形なのは彼らの影響だ。私は、私と私の妻だったルネは、君の魂を作った」
「つまり、私には両親が二人ずついうこと?」
あることに気付き、彼女はキョロキョロと周りを見て、腕を組んで考えた。
「じゃあ、お父さんもその姿ということは私のもう一人のお母さんは? お母さんもいるの?」
彼女が尋ねると、しかし目の前の父だと名乗った霊は悲しそうな表情を見せた。嫌な予感がして彼女の背中を冷たいものが流れた。
「残念ながら、私の肉体はもうすでにこの世にはない。そして、君のもう一人のお母さん、ルネは、君を護って魂を異世界の地球に飛ばすことに全ての力を使いきって、魂ごと消え失せた」
君はルネの宿ったばかりの命だった。
だか、ある理由から命を狙われ、二人は命懸けの魔法を駆使し、地球へと彼女の魂を逃がすことに成功したのだった。
この世界には魔法がある。魔法使いに王様や王妃様、騎士などがいる、不思な世界。
魔法が発達している分、機械などの文明はほとんど発達していない。
「私も再び世界を渡る力はもうない。君のそばにいることで、何とか形を保っていられる。突然見ず知らずの世界に連れてきたことを、怒っていないといいのだけれど」
確かに、いきなり過ぎる展開だったし、地球の両親に何のお別れもできなかったのは心苦しいが、ここが彼女のもうひとつの、魂の故郷だというのも頷けるくらいしっくりくる。
「あちらの両親のことは恋しいけど、友達はいなかったし、それに、こっちは魔法があるのでしょう? なんだか楽しみ」
彼女が笑うと、父さんはほっとした様子だった。
正直、泣きわめいて責められるのを覚悟していたと後から気かされた。




