Ep1.リターン・ザ・レヴォル
暗闇に飲み込まれる。
先程まで自分が何をしていたのだろうか。ふと、そんな事を考えたレヴォル。
(俺はクエストで……)
鮮明になっていく記憶の中でレヴォルが思い出したのは、冒険者ギルドで受けた比較的簡単だと思われたクエストだった。レヴォルの冒険者ランクはCクラスで、Dクラスの冒険者でも余裕で完遂できるような依頼。そんな依頼の最中、レヴォルは強大なモンスターと遭遇して……
(そうだ。俺は……俺だけなのか!?)
レヴォルは思い出す。レヴォルは一人でクエストを受けたワケではなかった。パーティメンバーもいたはずだ。辺りを見回してもどこまでも続く暗闇。不安に苛まれるも、自分一人しかいないように思える。その事にレヴォルはホッとした。
(みんなは無事か。ここには俺しかいないみたいだし)
暗闇に浮かぶレヴォルは自分の体の感覚が無いことに気付く。手を動かそうとしてもそこに手があるように感じないし、つねってみようとしても、手の感覚も、腕の感覚も無い。
(そうか……俺は死んだのか)
そして、ようやく気付く。強大なモンスター。そこにいるはずのないモンスターだった。資料でしか知らなかった魔の国に存在するモンスター。どこまでと黒い。どこまでも闇に染まった人型のモンスターだった。本当にモンスターだったのかさえ分からない。だが、レヴォルはそのモンスターの魔法に飲み込まれたのだ。
自分の死を認識した瞬間、レヴォルの意識に様々な事柄が思い出された。これまでの記憶がフラッシュバックするかのように夢のように、朧気な感じで。
(父さん。母さん)
生き別れた両親の顔。ほとんど覚えていなかったはずの両親の顔。あの日、レヴォルを置いてどこかへ出掛けたまま帰って来なかった両親。
(フレド……)
孤児院で仲の良かった友人。兄弟のような、親友のような。大切な人。出会った日。遊んだ日。喧嘩した日。色んな思い出が流れていく。
(ティア)
レヴォルの初恋の相手。フレドと同じように孤児院の仲間。年上ゆえにお節介焼きで、フレドと一緒によく怒られた。好きだから、それを悟られないようにティアにイタズラしたりもした。しかし、ティアは死ぬ。その時の事はよく覚えていた。小さな子達の為に森へ採集に出掛けて帰って来なかったのだ。後から冒険者がティアの死体を見付けたと聞いた。
(そうか。俺もティアの元に)
あの日、ティアと同じようにレヴォルはフレドと森へ入っていた。採集するわけでもなく、遊びの延長として。もちろん、ついでに採集もするつもりだった。モンスターの足跡を見つけたレヴォルとフレドは危険だと森を出る。
(あの時だったな。俺が冒険者になると決めたのは)
自分が戦う術を持っていれば、あの日、一人で森に入ると言ったティアと一緒に行動していれば。森は危険だから一人で行くなと自分が無理矢理にでもティアを止めていれば。
後悔しか無かった。もっと違う行動をしていれば結果は変わっていたかもしれない。もしかするとレヴォルも同じ日に命を落としていたかもしれない。
(ティアと会えれば謝れるかな。ティアに会いたいな)
レヴォルはティアと喧嘩していた。レヴォル自信は喧嘩とは思っていなかっただろうが、いつものようにティアに嫌がらせをして怒らせていたのだ。
(どうしてあんな事したんだろうな)
好きだったから。恥ずかしかったから。顔を合わせると照れてしまうから。そんな気持ちが当時のレヴォルを動かしていた。些細な事だと思うし、どこにでもある日常だろう。それでもレヴォルには後悔しかなかった。
そして記憶の奔流は次の場面に切り替わる。
レヴォルがフレドと共に孤児院を出て冒険者になった時の事。冒険者ランクが低かった頃は片っ端から依頼を受けた。討伐依頼を受ける事の出来るDランクにいち早く上がる為に。
(懐かしいな。てか、これが走馬灯て奴か? やっぱ俺は死ぬんだろうな)
次々と流れて行く思い出達。今のパーティメンバーとの出会い。今回の依頼を受ける前に怪我をしたフレド。メンバーが欠けた状態だったからこそ、比較的簡単でDランクでも余裕でこなせるような依頼を受けたはずだった。
(フレド、ティーチャ、ドゥリム、リメリア。俺は先に逝くようだ。すまない)
数瞬の記憶の邂逅は終わり、レヴォルの意識も暗闇に飲み込まれて行く。その時、レヴォルの知らない世界が視界に広がり消えた。
レヴォルは驚く間も無く、意識を閉ざした。
◆
そこはどこか懐かしい春の草原だった。
風に揺蕩う色とりどりの草花。その風はまだ冷たさを残しており、どこか心地よい。赤や黄色、緑の草原に青い風が緩やかに吹いているように感じる。
(ここは……俺は死んだはずじゃ)
草原に吹く風がレヴォルの茶色の髪を靡かせる。柔らかさを残した、あどけないその髪を。
そしてレヴォルは気付いた。暗闇に飲まれた時は無くなっていた感覚が蘇っている事に。冷たい風を肌に感じ、手足も動く。
(ここは天国……なのか?)
小さな手をグーパーと開いたり閉じたりし、子どものような柔らかい手を見やるレヴォルは目を見開いた。
(こ、子どもの手?)
愕然としているレヴォルは懐かしく思える草原見渡し、ここが自分の一番古い記憶にある草原である事に気付く。まだ両親が生きていた頃、家族でピクニックに来た草原だった。朧気だった記憶が鮮明になって行く。
太陽の柔らかい光が世界を包んでいた。レヴォルの両親は笑顔でレヴォルを見守っていた。遠くにいた両親はゆっくりと近付いてきて……
「まるで夢のような。まだ走馬灯の続きなのかな」
自分のソプラノのような声変わりのしていない高い声に違和感を抱いたレヴォルだが、自分の小さな手を見てから自分が子どもの姿になっていると推測していた為、今さら取り乱す事もない。ただ、今のこの現状には混乱しているだろうが。
状況を把握しようと考え込んでいたレヴォルに影が覆い込んだ。脇の下から何かを差し込まれ、ピクリとする。
「ほらレヴォル。ボーッとしてどうしたんだ?」
「えっ?」
自分の名を呼ばれ、思考を中断させられたレヴォル。懐かしい声だった。とっくに忘れていたと思っていた声。これも夢の続き、走馬灯の続きなのだろうか? と。思わず声の主であろう者へ振り向き、声を出した。
「と、父さん!?」
「父さんの顔に何か付いてるのか? そんな驚いたような声を出して」
レヴォルを抱きかかえたのはレヴォルの父であるファズだった。とっくの昔に死んだはずの。朧気だった記憶の中にある父親の顔。金色の髪に無精髭を生やた精悍な顔立ちの男。
傍らにいるのはレヴォルと同じような茶色のウェーブの柔らかな髪の女性。緑色の瞳は慈愛に満ちており、綺麗、と言うより可愛い雰囲気を纏っている。レヴォルの母であるモザラである。
「何も付いてないわよ。パパが後ろから抱っこしたから驚いたのよね? レヴォル」
ファズからモザラへと受け渡されるレヴォル。モザラの豊かな胸の柔らかさを感じ、なんとも言えない気持ちになってしまうレヴォル。レヴォルも男なので女の胸に魅力を感じるし、好きか嫌いかと言われれば好きだと答えるだろうが、母親の胸に興奮は覚えたくないだろう。
(なんなんだこの状況は。天国……なのかな)
両親の笑顔を見て、幸せな気持ちになりながら、ここが天国なのだろうかとあたりをつけたレヴォルだが、天国とはまた違うのかもしれないとも思っていた。
(人生をやり直せってことなのかな。やり直せるなら後悔の無い人生にしたいな)
出掛けたまま帰って来なかった両親。何があったのか。何に殺されたのか。それを防げるのか。
ティアの死も防ぎたい。そして、謝りたい。かつて後悔した事をやり直せるのならとレヴォルは覚悟を決める。
(どうしてこんな状況になっているのか分からないけど、もし明日があるのなら、これまで以上に後悔の無い人生にしたい。明日が来たら神様に感謝しなきゃな)
家族団欒の時間は過ぎて行く。理性が邪魔して、両親に充分甘える事は出来なかったが、それでも、かつて突然訪れた両親との別れを思うと、今の時間はレヴォルにとって幸せそのものだった。
「そろそろ帰らなきゃな」
日が傾き始め、心地よく感じていた冷たい風が寒さへ変わる。耐えられない程では無いが、暖炉の暖かさが恋しくなるくらいの寒さだ。
「そうね。少し寒くなってきたわ」
「あぁ。冷やすと良くない」
レヴォルをそっちのけで二人の世界に入る両親。モザラが自分のお腹をさすっていた。お腹をさするモザラの表情は柔らかいが、母親の顔となっていた。
「おいでレヴォル」
レヴォルを呼んだのはファズだった。どうしようかとレヴォルは悩むも、ファズの方から歩み寄り、レヴォルを抱きかかえた。
「父さん?」
「どうした?」
「ううん。なんでもない」
精神は大人な為、父親に抱きかかえられると言う事に恥ずかしさを覚えるも、子どもの体ではどうしようも無く、また、三歳くらいの子どもが親に抱きかかえられるのは普通の事だろうとレヴォルは結論付け、父親であるファズに抱きかかえられる事を甘受した。
帰路に着く。レヴォルはファズに抱きかかえられ、そのファズはモザラと寄り添い歩いていた。幸せの形。両親がいて、自分がいる。
人が聞けば不幸な人生だったね。と、言われるような人生だった。幼くして両親を亡くし、孤児院で育ち冒険者としてこれからと言うところでレヴォル自身も簡単だと思われたクエストで命を落とした。人には話さないまでも、初恋の相手も死別している。それでも、レヴォル自身は一生懸命生きたと言えるだろう。
(俺は幸せになってもいいのか?)
レヴォルは自問自答する。
(どうしてこんな事になってるのかな)
両親の、ティアの運命を変えると言う事に覚悟を決めたレヴォルだったが、今の状況には納得できていなかった。もし、神様がいたとして、自分に何かを成して欲しいと願っているのだろうか。自分以上にままならない人生を送っている人間だっているはずだ。ならば、なぜ自分なのだろう。レヴォルはファズの胸の中で思考を巡らせる。
そして、レヴォルはゆっくりとまぶたを閉じ、父の腕に抱かれたまま眠りに落ちた。