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8/14

俺氏、教室でフリーハグをする。

 言い争うミラさんとハルカさんを制止したその直後、休み時間のチャイムが鳴った。


「丁度休憩時間になりましたね! それじゃあ俺はこれで!」


「「こら待ちなさい!」」


 2人の声を無視して、俺は教室へとダッシュした。


 逃げたとも言う。





 教室に入るなり、俺は親友であるカケルに抱きついた。


「うわ!こら!急に抱きつくなって!」


 抗議の声を上げるカケルを無視し、座ったままのカケルの頭を、俺の胸にぎゅうっと押し付ける。ヤツの体温が急激に上昇していくのを布越しに感じた。


 なんだろう。俺はこんなにスキンシップを求めるような人間ではなかった筈だ。なのにやけに人肌の温もりが、今は欲しい。この体になったせいなのか。それとも無意識にストレスを貯めていたのだろうか。


 本当は白城さんに抱きつきたかったけれど、さすがに女の子になってまだ二日目の男に抱きつかれるのは、白城さんも気持ち悪がるだろう。だからしょうがなしに、俺はカケルを抱きしめたのである。


 休み時間に入り、カケルは男友達に囲まれて駄弁っていたようだ。カケルの周りの連中は、ほぼイコール俺の友達でもあった。俺に抱きしめられたカケルを見て、男連中が羨ましそうな声を発した。


「カケルだけずるいぞ!」

「そうだそうだ!……俺の胸にも飛び込んできていいんだぞ?コータよ!」

「あ、先駆けするなよマモル!」


 今の俺は人肌に飢えておる! いいじゃないか、そう言うのならば遠慮なく飛び込んでやろう!


 俺はカケルを手放し、 両手を広げた。


「マモル!!」


 マモルもまた、ノリノリで俺の真似をしてきた。


「コータよ!!」


 ガシッ! 俺たちは抱き合った。嗚呼男の友情。


 マモルは180センチ近い体躯をもつ体育会系だ。オタクではないが、マンガは人並みに読む。オタクである俺を迫害する事もなく、駄弁る時は、俺の趣味に合わせくれるナイスガイだ。


 俺の身長が164センチなので、マモルに抱きつくと、俺の頭が丁度ヤツの胸の高さに位置する事になる。まさに胸に飛び込んだ訳だ。


「おお、よしよし、コータ。俺の彼女よりも可愛くなっちゃって!」


 にこやかに俺の頭を撫でるマモル。


 嗚呼熱き男の友情。


 ……いや、劣情だった。俺はお腹の位置あたりに、とある物が硬くなっていくのを感じた。


 それに気がついた俺はマモルの胸元から顔を上げ、ニンマリと笑う。少しつま先立ちになり、ヤツの耳元で囁いた。


「おう、マモル、硬くなってんぞ? いいのか?俺なんかに欲情しちゃって」

「し、しかたねぇだろ、思った以上に柔けぇし、良い匂いだし……可愛いし」


 マモルは赤面しながら、小声でモソモソと答える。ふむ。彼女持ちのコイツがここまでピュアピュアだったとは。


「まぁ俺も男だ。気持ちは分かるぞ。興奮するなってのが無理だよな」

「さすがコータ、分かってくれるか」


 嗚呼男の熱き友情。俺たちはお互いを離し、堅い握手を結んだ。


「さぁさぁ!今日の俺はフリーハグですよ!!この胸に飛び込んでくるが良い!」


 カケルとマモルに抱きついたものの、まだ人肌成分が足りていない俺は、フリーハグを宣言した。鼻息を荒くした男連中どもが俺の前に並んでいく。……ちょっとした優越感を覚えつつ、俺は奴らの相手をした。



「ねぇ、天野君、次は私もハグ……していい?」


 仲の良い男連中をあらかたハグし終えた俺に、照れながらも声をかけてきたのは白城さんだった。彼女の唇は、ピンク色に染められていた。


「白城さん! 昨日のグロス? 早速使ってくれたんだ! ありがとうな!」

「これ、可愛いねってみんなも褒めてくれたんだよ」


 まさか俺のフリーハグに並んでくれるとは!嬉しいなぁ。俺は両手を白城さんに向けて広げ、ニコッと彼女へと微笑んだ。


「俺なんかでよければ、どうぞ!」


 それを見て、赤面しながらもおずおずと俺の胸に滑り込んでくる白城さん。俺と白城さんは席が隣同士という事もあって、身長はほぼ一緒である。抱き合うと、自然と顔と顔が近くなる。


「うわぁ白城さん、あったかい」


 興奮した男ども並に、彼女の体温は熱かった。そして彼奴等とは違って、良い匂いがする。


「えへへっ、そうかなっ! 天野君に抱きしめられて、興奮しちゃってるのかも」


 嬉しそうに声を弾ませる白城さん。うーん、可愛い。しかし彼女は、俺を諭すように続けた。


「でもダメだよ、男子相手にフリーハグなんかしちゃ。今の天野君は可愛い女の子なんだから」

「うーん、なんかストレスが溜まっているみたいでさ。今日はやけに人肌が恋しくなっちゃってね。かと言って女子に抱きつく訳にもいかないだろ?」

「だったら……あの……私でよければいつでも抱きしめていいから、ね?」


 白城さん優しい!!!


「わかった。じゃあ遠慮なくそうするよ」


 俺は更に、白城さんを強く抱き込み、彼女の髪の毛に顔を埋めた。


「白城さん、良い匂い……」


 あ、言っちまった。なんか変態臭いので言うまいとしてたのに!!


「……天野君からも……なんか甘い香りがする……」


 彼女の表情は見えなかったけれど、たぶん俺と同じように照れているのだろう。



 十分に白城さんを堪能したところで、顔を上げてみると、クラスメイト全員が無言でこっちを見ていた。それに気づき、我に返った俺は白城さんをゆっくりと解放する。白城さんは名残惜しそうに俺の傍から離れ、「いつでもハグしていいからね」と上目遣いで呟いて、彼女の席へと戻っていった。




「いやー、天野さんと白城さん、理想的な良いカップルじゃね?」

「私、なんか目覚めたかも……」

「美少女2人が抱き合ってるのって、絵になるな……これが百合か……」

「興奮せざるを得ない」


 クラスメイト達がなにかこそこそと言い合っているが、白城さんの残り香ををスーハーしていた俺の耳には届かなかった。


 そして席に戻った白城さんを中心に再び固まった女子集団も、ひそひそと何かを囁きあっている。


「白城さん、もう天野さんを彼女にしちゃいなよ!!」

「いや、この場合は白城さんが彼女じゃないの?」

「百合……尊い……」




 手持ち無沙汰になり、席に座った俺の元へ、カケルがこそこそとやって来た。


「あのさ、コータ、今日バイトは行くの?」

「おう、そのつもりだ」

「別に今日くらいバイト休んでもいいと思うんだけれどな」

「マスター達にも俺の事は説明しないといけないからな」

「そっか。じゃあ今日もゲーセン行く?」

「カケル今日は塾だっけ。なら行く!」


 カケルが通っている塾と、俺のバイト先は同じ駅の近くにある。なので俺のバイトとカケルの塾が重なっている日は、一緒にゲーセンへ行くのが習慣化していた。


「よっしゃ!この格好でダンスゲーム踊ってみたかったんだ!」

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