俺氏、教室でフリーハグをする。
言い争うミラさんとハルカさんを制止したその直後、休み時間のチャイムが鳴った。
「丁度休憩時間になりましたね! それじゃあ俺はこれで!」
「「こら待ちなさい!」」
2人の声を無視して、俺は教室へとダッシュした。
逃げたとも言う。
教室に入るなり、俺は親友であるカケルに抱きついた。
「うわ!こら!急に抱きつくなって!」
抗議の声を上げるカケルを無視し、座ったままのカケルの頭を、俺の胸にぎゅうっと押し付ける。ヤツの体温が急激に上昇していくのを布越しに感じた。
なんだろう。俺はこんなにスキンシップを求めるような人間ではなかった筈だ。なのにやけに人肌の温もりが、今は欲しい。この体になったせいなのか。それとも無意識にストレスを貯めていたのだろうか。
本当は白城さんに抱きつきたかったけれど、さすがに女の子になってまだ二日目の男に抱きつかれるのは、白城さんも気持ち悪がるだろう。だからしょうがなしに、俺はカケルを抱きしめたのである。
休み時間に入り、カケルは男友達に囲まれて駄弁っていたようだ。カケルの周りの連中は、ほぼイコール俺の友達でもあった。俺に抱きしめられたカケルを見て、男連中が羨ましそうな声を発した。
「カケルだけずるいぞ!」
「そうだそうだ!……俺の胸にも飛び込んできていいんだぞ?コータよ!」
「あ、先駆けするなよマモル!」
今の俺は人肌に飢えておる! いいじゃないか、そう言うのならば遠慮なく飛び込んでやろう!
俺はカケルを手放し、 両手を広げた。
「マモル!!」
マモルもまた、ノリノリで俺の真似をしてきた。
「コータよ!!」
ガシッ! 俺たちは抱き合った。嗚呼男の友情。
マモルは180センチ近い体躯をもつ体育会系だ。オタクではないが、マンガは人並みに読む。オタクである俺を迫害する事もなく、駄弁る時は、俺の趣味に合わせくれるナイスガイだ。
俺の身長が164センチなので、マモルに抱きつくと、俺の頭が丁度ヤツの胸の高さに位置する事になる。まさに胸に飛び込んだ訳だ。
「おお、よしよし、コータ。俺の彼女よりも可愛くなっちゃって!」
にこやかに俺の頭を撫でるマモル。
嗚呼熱き男の友情。
……いや、劣情だった。俺はお腹の位置あたりに、とある物が硬くなっていくのを感じた。
それに気がついた俺はマモルの胸元から顔を上げ、ニンマリと笑う。少しつま先立ちになり、ヤツの耳元で囁いた。
「おう、マモル、硬くなってんぞ? いいのか?俺なんかに欲情しちゃって」
「し、しかたねぇだろ、思った以上に柔けぇし、良い匂いだし……可愛いし」
マモルは赤面しながら、小声でモソモソと答える。ふむ。彼女持ちのコイツがここまでピュアピュアだったとは。
「まぁ俺も男だ。気持ちは分かるぞ。興奮するなってのが無理だよな」
「さすがコータ、分かってくれるか」
嗚呼男の熱き友情。俺たちはお互いを離し、堅い握手を結んだ。
「さぁさぁ!今日の俺はフリーハグですよ!!この胸に飛び込んでくるが良い!」
カケルとマモルに抱きついたものの、まだ人肌成分が足りていない俺は、フリーハグを宣言した。鼻息を荒くした男連中どもが俺の前に並んでいく。……ちょっとした優越感を覚えつつ、俺は奴らの相手をした。
「ねぇ、天野君、次は私もハグ……していい?」
仲の良い男連中をあらかたハグし終えた俺に、照れながらも声をかけてきたのは白城さんだった。彼女の唇は、ピンク色に染められていた。
「白城さん! 昨日のグロス? 早速使ってくれたんだ! ありがとうな!」
「これ、可愛いねってみんなも褒めてくれたんだよ」
まさか俺のフリーハグに並んでくれるとは!嬉しいなぁ。俺は両手を白城さんに向けて広げ、ニコッと彼女へと微笑んだ。
「俺なんかでよければ、どうぞ!」
それを見て、赤面しながらもおずおずと俺の胸に滑り込んでくる白城さん。俺と白城さんは席が隣同士という事もあって、身長はほぼ一緒である。抱き合うと、自然と顔と顔が近くなる。
「うわぁ白城さん、あったかい」
興奮した男ども並に、彼女の体温は熱かった。そして彼奴等とは違って、良い匂いがする。
「えへへっ、そうかなっ! 天野君に抱きしめられて、興奮しちゃってるのかも」
嬉しそうに声を弾ませる白城さん。うーん、可愛い。しかし彼女は、俺を諭すように続けた。
「でもダメだよ、男子相手にフリーハグなんかしちゃ。今の天野君は可愛い女の子なんだから」
「うーん、なんかストレスが溜まっているみたいでさ。今日はやけに人肌が恋しくなっちゃってね。かと言って女子に抱きつく訳にもいかないだろ?」
「だったら……あの……私でよければいつでも抱きしめていいから、ね?」
白城さん優しい!!!
「わかった。じゃあ遠慮なくそうするよ」
俺は更に、白城さんを強く抱き込み、彼女の髪の毛に顔を埋めた。
「白城さん、良い匂い……」
あ、言っちまった。なんか変態臭いので言うまいとしてたのに!!
「……天野君からも……なんか甘い香りがする……」
彼女の表情は見えなかったけれど、たぶん俺と同じように照れているのだろう。
十分に白城さんを堪能したところで、顔を上げてみると、クラスメイト全員が無言でこっちを見ていた。それに気づき、我に返った俺は白城さんをゆっくりと解放する。白城さんは名残惜しそうに俺の傍から離れ、「いつでもハグしていいからね」と上目遣いで呟いて、彼女の席へと戻っていった。
「いやー、天野さんと白城さん、理想的な良いカップルじゃね?」
「私、なんか目覚めたかも……」
「美少女2人が抱き合ってるのって、絵になるな……これが百合か……」
「興奮せざるを得ない」
クラスメイト達がなにかこそこそと言い合っているが、白城さんの残り香ををスーハーしていた俺の耳には届かなかった。
そして席に戻った白城さんを中心に再び固まった女子集団も、ひそひそと何かを囁きあっている。
「白城さん、もう天野さんを彼女にしちゃいなよ!!」
「いや、この場合は白城さんが彼女じゃないの?」
「百合……尊い……」
手持ち無沙汰になり、席に座った俺の元へ、カケルがこそこそとやって来た。
「あのさ、コータ、今日バイトは行くの?」
「おう、そのつもりだ」
「別に今日くらいバイト休んでもいいと思うんだけれどな」
「マスター達にも俺の事は説明しないといけないからな」
「そっか。じゃあ今日もゲーセン行く?」
「カケル今日は塾だっけ。なら行く!」
カケルが通っている塾と、俺のバイト先は同じ駅の近くにある。なので俺のバイトとカケルの塾が重なっている日は、一緒にゲーセンへ行くのが習慣化していた。
「よっしゃ!この格好でダンスゲーム踊ってみたかったんだ!」




