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俺氏、お嬢様2人を名前でお呼びする。

 俺は保健室で検査を受けていた。


 検査とは言っても、簡易的な物だ。身長や体重を測り、視力検査を行い、養護教諭からの質問に口頭で答えていく。


 俺を保健室まで連れてきた副生徒会長のミラ先輩はというと、傍でニコニコしながら、検査を受ける俺をずっと見ていた。


「……なんでまだいるんですか、ミラ先輩」

「あら、私は女子生徒代表として『天野さん』の検査を見守っているだけですわ」


 現任の生徒会長は男子なので、副生徒会長であるミラ先輩は確かに女子生徒代表と言える。


 そしてなるほど。他人の目がある時は『天野さん』と呼ぶ事に決めたのだなと理解した。



 保健室から開放されたのは、お昼休みが終了してからだった。


「一緒にお昼でもどうかしら?」と、誰もいない生徒会室まで連れて来られたのである。


「もう授業始まっちゃってますけれど、良いんですか?」

「私は学校側からアマミヤちゃんをサポートするように言われてますから」


 なんでもないという体で、ミラ先輩は持参したお弁当を口にする。俺は今朝コンビニで買っておいたおにぎりを頬張った。


 何気ない会話をしながら、食事をする俺とミラ先輩。やがてお弁当を食べ終えたミラ先輩は、二人分のお茶を淹れてくれた。


 お茶で一息付いたあと、ふと、ミラ先輩に声を掛けられた時に思った事を俺は口にした。


「ミラ先輩、アイプロ、知っていたんですね。驚きましたよ」

「あら、私はアニメやマンガが大好きなのですよ?」

「そういうのは全く興味ないと思ってましたよ」

「隠しているつもりは無いのですけれどね。……私がマンガやアニメが好きだというと、『日本の文化がお好きなのですね』と周りが勝手に誤解するだけですわ」


 ……確かに、ミラ先輩の外観からして、彼女がオタクである事は俄には信じがたい。人間、信じられないものには無意識に蓋をしてしまうようだ。


「コスプレにも興味がありますのよ?」

「ほ、本当ですか!?」

「だから、アマミヤちゃんの事もずっとフォローしていたのよ。昨日まではまさか天野さんがアマミヤちゃんだとは思いもしなかったけれど……私もアマミヤちゃんと一緒にアイプロのアイドルのコスプレしてみたいわ」


 いやっほう! まさかのミラ先輩からのコスプレのお誘い!俺はついミラ先輩の手を握りしめてしまった。


「ミラ先輩なら似合いますよ! 美人ですもん!! ああ、はやく一緒にコスプレしてみたいなぁ!」


 夢中になってはしゃいでしまった俺は、手を握られてほんのりと顔を桃色に染めるミラ先輩のその表情とセリフに気がつけなかったようだ。


「……やっぱり可愛いですわ……アマミヤちゃん……」

「はい?」


「なんでもないわ……ねぇ、アマミヤちゃん。 家でアルバイトしてみませんか?」

「バイト……ですか?」


 その唐突な提案に、目を瞬かせる俺。


「週に何回か、メイドとして私のお世話をして欲しいの……お給金は、これくらいでどうかしら」


 その金額を聞いて俺はショックを受けた。今のバイトの数倍は良い。


 というかメイド!?お手伝いさんじゃなくてメイド!? さすがお嬢様である。


 コスプレには色々とお金がかかる。お小遣いだけだととても足りない。学生レイヤーである俺には、バイトは必須であった。今のバイトに不満はないけれど……ミラ先輩が提示したその時給と、メイド服が支給されるという条件は、あまりにも魅力的だった。


 逡巡したあと、俺はミラ先輩に尋ねた。


「俺、男ですよ?いいんですか?」

「いいの。 アマミヤちゃんを手元におけるのなら」

「へ?」


「私はね、可愛いレイヤーさんが好きなの。男の子であろうが女の子であろうが」


 ミラ先輩は妖艶な笑みを浮かべながら、俺の頬に手をあてて来た。彼女の手首からかすかに漂ってくる香水の匂いがくすぐったい。


「だから私のモノになりなさい、アマミヤちゃん」


 そのまっすぐな視線から目を離せないでいた俺が、思わず頷きそうになったその瞬間だ。ガチャン!と、生徒会室の扉が大きな音を立てて開かれた。


 そこへ現れたのは笹宮部長だった。



「ミラ!私のアマミヤちゃんになにをするつもりだ!?」

「あら、ハルカ。今は授業中なのでは?」

「ミラがアマミヤちゃんを連れてここに向かっているのを見たからな。お手洗いだと言って抜け出してきた」

「まぁ、はしたない」


 ハルカとは、俺が所属する漫研の部長の名前である。フルネームは笹宮遙華だ。


「あれ、ミラ先輩、笹宮部長とお知り合いなんです?」

「ミラ先輩だと?!」


 俺がミラ先輩を名前で呼んでいる事に驚く笹宮部長。


「私がそう呼んでって頼んだのよ。ねぇ、アマミヤちゃん?」


 勝ち誇った顔で笑いながら、ミラ先輩が俺に同意を求めて来た。そんなミラ先輩を見て、笹宮部長が叫ぶ。


「アマミヤちゃん!私の事も、今後はハルカって呼んで!良いわね!?」

「は、はい!ハルカ部長!!」


 その剣幕に怯んでしまった俺は、笹宮部長の要望通り、彼女の事をハルカ部長と言い直した。名前で呼ばれたのが嬉しいのか、一瞬、ぱぁっと表情を明るくしたハルカ部長は、だがしかし、またいちゃもんをつけてくる。


「ああ、だめよ、アマミヤちゃん。 『部長』は無し」

「え……じゃ、じゃあ、ハルカ……さん……?」


 流石に名前だけってのは、俺が恥ずかしい。だがハルカさんと呼ばれて、彼女は顔を紅潮させながらも満足そうに頷いた。


「むー。 ならアマミヤちゃん、私の事も、今後は『先輩』は無しで呼んで頂けます?」


 一瞬、悔しそうな顔をしたミラ先輩が、俺の耳元でそう囁く。


「は、はい……ミラ……さん」


 彼女もまたその呼び方をお気に召したのか、嬉しそうに微笑んだ。


 そんなやりとりをギロリと睨みながら、俺の元へとやってくるハルカさん。俺を挟んで、ミラさんと対峙する。


「あのー、お二人の関係は?」


 とても良好な関係には見えない。


「ハルカとは、親戚みたいなものなのです」

「私の家が、ミラのお母様と血筋が近いの」


 はぁと、仲良く同時にため息をつく2人。


「え、つまり笹宮……あ、いや、ハルカさんのお家も華族なんですか?」

「『元』がつくれけどね」


 苦笑するハルカさん。なるほど……お嬢様っぽいなぁと思っていたけれど、本当にお嬢様だったとは。


「で、なんでアマミヤちゃんがここにいるのだ?」

「私のメイドにならないかと声をかけただけですわ」

「な!本当かアマミヤちゃん!」

「ま、まだ許諾してないですよ?」


 ほっとした顔をして、ハルカさんは続ける。


「じゃ、じゃあ! アマミヤちゃん! ミラの家は止めて、ウチのメイドになりなさい!お給金はミラと同額は出す!」

「まぁ!盗人猛々しいとはこの事ね! アマミヤちゃん、さっきの値段の1.5倍は出すわ。家で働きなさい、いいわね?」

「2倍出す!」

「3倍よ!!」


「ちょっと! タンマ! お二人とも、落ち着いて!」


 ヒートアップして行く2人をひとまず止める事に成功した。


 ふーふーと息巻きながらも、2人はお互いに一歩ずつ後退する。


 ……あの理想の生徒を絵に描いたようなミラさんも、ハルカさんの前ではこんな子供っぽい表情をするんだなぁと、少し羨ましく思った俺であった。

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