俺氏、女子の唇にリップグロスを塗る。
俺と白城さんは、電車で数駅先にある大型ショッピングモールへとやって来ていた。
クラスの他の女子も一緒に行きたいと言っていたが、親と病院に行く事になるかもしれないから今日はさっさと必要な物だけ買うつもりだからと言って、感謝しつつも断っておいた。
複数の女の子達と買い物すると、時間めっちゃかかるからな。
「……ってなわけで、なぜか笹宮部長と今度ゴスロリデートする事になっちまった」
部長からの臨時の呼び出しを白城さんには待っていてもらっていたのだ。なんの為に部室に呼ばれたのかを話す義務が俺にはあった。
「天野君と笹宮先輩のコスプレにゴスロリ!見てみたい!」
話を聞いた白城さんは、目を輝かせていた。
「へぇ、白城さんもコスプレとかゴスロリに興味があるんだ」
「興味ない女の子は少ないと思うなぁ」
「なるほどな。笹宮部長なら絶対似合うと思ってたからさ。ずっと気持ちを隠したとか勿体無さすぎる!」
「あんなに可愛いのにね!」
「な?」
俺は白城さんに同意するようにニカっと笑う。 そうだ。部長はあんなに可愛いのにコスプレしないとか勿体無い!そして同じように、白城さんもこんなに可愛いのにコスプレしないのは非常に残念だ。なんとか彼女を沼に引きずりこめないか……。
「私も……ごにょごにょ……ぶつぶつ……」
脳内で色々な方法をシミュレートしていたせいで、白城さんの言葉が聞こえていなかった。
「ごめん、ちょっと考え事してて気がつかなかった。なんて言ったの?」
「へ!? あ、いや、ううん、なんでもない……そっか、天野君はコスプレイヤーだったんだなって」
「ごめんな、なかなか言う機会が無くて。なんか恥ずかしくてさ、女装コスプレしているなんて言い出すの」
「ううん、気持ちはわかるよ……他に天野君がコスプレしている事を知っている人はいるの?」
「他にはカケルだけだな。写真見せた事あるぜ」
「……ふぅーん……中嶋君がね……」
何かを思い出すかのように、しばし沈黙する白城さん。
「ね! 天野君のコスプレ写真、見てもいい?」
「ちょっとまってろ、スマホに入っているから」
そう言って俺はスマホを操作し、写真フォルダを呼び出して白城さんに見せた。白城さんはしっかり見たいのか、俺の腕に絡み付いて来る。
ああ……鼻腔をくすぐる女の子の甘い香りに、腕に当たる胸の感触……。俺はこれをカケルの奴に今日体験させてやったんだよなぁ。男のロマンだぜ。感謝しろよ、カケル。
「うわぁ!天野君、可愛い!キレイ!! というか、これ全部女の子になる前の写真なんでしょ? 天野君どんだけ女装似合ってるの……」
「メイクとソフトでゴリゴリ加工してあるからそう見えるだけだって」
「うーん、それでも私よりメイク上手そう……ねぇ、今後私にメイク教えてくれない?」
お、これはチャンスかもしれない!!
「じゃあさ、せっかくだから白城さんの好きなキャラ風のメイク、してみない?」
「そんな事出来るの?!」
「出来る出来る!」
食らいついてきたぞ! やっぱり白城さんも、コスプレには興味があるようだ!
「そしたら、俺とコスプレ合わせしようぜ!!」
「え、天野君と?」
白城さんは俺の腕に抱きついたまま、もじもじとしだした。
「私、天野君みたいに可愛くなれないと思うよ……」
「そんな事はない! 白城さんは可愛いよ! 俺、ずっと白城さんに(コスプレ的な意味で)興味あったんだぜ?!」
「へっ!?」
素っ頓狂な声を出す白城さん。
「天野君……私の事……そう思っててくれてたんだ……えへへっ」
そう言って、更に俺の腕にしがみついてくる白城さん。彼女の体温が上昇しているのを、布越しに感じた。よっしゃ!俺のコスプレへの思いが伝わったようだ!!
「よっし!じゃあお返しという訳じゃないけれど、天野君に似合う服、今日は一杯選んであげるからね!」
朱色に頬を染めながら、白城さんが宣った。おお……俺の為に……!!
「ありがとう! 白城さん!」
思わず彼女を抱きしめてしまった。
「あっ、ご、ごめん……ついはしゃいじゃって……」
「う、ううん! 天野君が嬉しがってくれて、私も嬉しいから……」
俺に絡みつかせていた両腕の行き場をなくした事を誤魔化すかのように、髪の毛を整えだす白城さん。しかしまたすぐに腕にしがみ付いてきた。
「それじゃあ、さっさといこっか!まずは下着からだね!」
下着売り場へ到着。うむ。 見事に女性だらけだ。しかし俺は恐れない。
なぜならば女装レイヤーだからだ!!!
コスプレ衣装とは言っても、全部一から手作りという訳ではない。簡単な物であれば、しま○らやユニク○などの既成品を買って手直しする事もあるし、場合に依っては、デパートなんかの女物ブランド屋さんで服を漁る事もある。
だから周りが女性だらけでも、堂々と出来るのだ。
「……ねぇ、天野君って、初めて下着屋さんに来たんだよね……?」
「いや、初めてじゃないぞ?コスプレ用に何度か買いに来た事があるぜ。 流石にフィッティングは初めてだけれどな」
「なるほど……?」
納得したかのような、してないかのような表情を浮かべる白城さん。
フィッティングが終わり、上下セットを3セットほど購入する俺。
「うわぁ……天野君ってば巨乳さんだねぇ」
数字で見ると驚くほどの巨乳な俺であった。
下着を買い終わり、あとは日常で着る為の衣装を選びに、俺たちは再度ショッピングモールをウロウロしはじめた。
「ねえねぇ!これとか天野君に似合いそう!」
「これこれ!白城さん、着てみてくれ!」
うわぁ、女子と買い物するのたっのしぃー!!お互いを着せ替え人形に出来るので常にテンションがハイだ。そんな調子で買い物を続けていたら、思わず予定時間を大幅に過ぎてしまっていた。
「うわ、もうこんな時間だ……ゴメンな、長い時間付き合わせちゃって」
「ううん!私も久しぶりにショッピング楽しめたから!こちらこそありがとう!」
にこやかに笑う白城さん。今日だけで一気に距離が縮まった気がする。嬉しいぜ。
「最後に一つだけ、俺のわがままに付き合ってくれない? 見たいお店があるんだけれど」
「ん?いいよ?どこいくの?」
白城さんはそういって、また俺の腕にしがみついてきた。女の子同士って、こんなに距離が近いものなのかな。羨ましいぜ。まぁ、今は俺が女の子だから、羨ましがる必要はないんだが。
白城さんをつれて、ショッピングモール内にあるメイク用品店へと入っていった。
「ここは?」
「俺がよく使うメイクブランドでね……あったあった。これこれ」
俺はリップグロスを一つ手に取り、店員さんに試用してもいいかどうか確認を取った。
「このリップグロス。白城さんに似合うと思ってさ!使ってみてよ!店員さん、この子にお願いします」
店員さんはリップグロスをパレットに取り、白城さんに着けようとする。
「あ、あの!天野君……天野君につけてもらいたいんだけれど……いいかな……?」
恥ずかしそうに、しかし意を決したかのような表情を浮かべながら、白城さんが上目遣いでそう言ってきた。
うぉおおお可愛い!!!
「あー、すみません、店員さん、俺が彼女にリップグロス着けてあげてもいいですか?」
一人称が「俺」である事に驚きつつ、店員さんなぜか顔を赤らめ、パレットとリップブラシを手渡してきた。
慣れた手付きでリップブラシにグロスをつける俺。
「じゃあ白城さん、こっち向いて」
「ん……」
まるでキスをせがむかのように、目をつむる白城さん。そんな彼女の唇に、グロスをのせて行く。
店員さん達や他のお客さん達は暇なのか、全員固唾を飲んで、そんな俺たちを見守っていた。
「はい、出来た。鏡を向いて」
そっと目を開け、鏡に向かう白城さん。その後ろから、俺は彼女の手に肩を載せ、鏡越しに彼女を見た。
「この色……可愛い……!」
「やっぱり似合ってるな!」
俺はつい微笑んでしまった。想像していた以上に白城さんに似合っていた。そしてこの色は、俺も好きな色なのである。そう言えばそろそろ手持ちのが切れるなぁ。
「店員さん、このグロス、2つください」
「2つ?」
うっとり鏡を見ていた白城さんは疑問の声を上げる。
「そう。一つは俺。一つは白城さんにプレゼント」
「そ、そんな!貰えないよ!」
「いいから。今日は付き合ってくれて、本当にありがとう」
「……うん、ありがとう、使わせてもらうね!」
そう言って、包装されたグロスを大事そうに胸に抱えてはにかむ白城さん。喜んで貰えて嬉しいぜ。
「えへへっ……天城君と……お揃いだぁ……」
「よかったですね!お客様」
店員さんがなんか白城さんと会話をしていたような気がするが、丁度支払いをしていた俺はよく聞こえなかったのであった。




