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13/14

俺氏、ゴスロリデートをする。

 少し日差しが強い土曜日の午前中。俺は原宿に到着した。


 今日は漫研の笹宮遙華部長こと、ハルカさんとのゴスロリデートの日である。


 彼女からゴスロリデートの申し入れをされた時は何事かと思ったけれども、要は俺と一緒にゴスロリを着てみたいという事であった。


「俺と一緒に」、という部分が分からなかったが、まぁ初心者だから経験者と一緒に居たいという事だろう。そしてせっかくコスプレにも興味を示しているのだ。一肌脱がねばと今日のコースを組んでみた。


 ロリータ衣装レンタルショップで借りて、デートしながらゴスロリショップを見て回る。俺もちゃんとしたゴスロリを着るのは初めての経験だけれど、街歩き系コスプレイベントだと思えば楽しいに違いない。


 ハルカさんにはゴスロリから入って変身する楽しさを知ってもらおう。そして……ぐふふ、そのままコスプレ沼へおいで……おいで……。




 さて。

 俺みたいな人種はあまり原宿に用事がない……と、かつては思っていたけれども、俺は割と頻繁に来ている。


 主に化粧品を買いにな!!!


 好きな化粧品ブランドの旗艦店が原宿にあり、ここでしか買えないアイテムも多いのだ。


 特に限定アイテムであるオレンジ色のコンシーラーを俺はヘビーユーズしている。一般女性にはあまり使い道のない色の為、旗艦店限定にしているらしいが、これをヒゲ隠しとして使うと効果バツグンなのだ。


 補色であるオレンジ色を使うと、ヒゲの青みを自然に打ち消せるのである。


 最近ではオレンジ色のコンシーラーはコスプレ関係のお店でも手に入るけれども、このブランドのが一番綺麗に隠れてくれるのだ。


 しかしヒゲ隠しを使う度に毎回思うのは、ヒゲって面倒だよな!!ああ、貯金して永久脱毛したい。どうせヒゲが似合うような顔ではないし。


 とはいえ、女の子である今の俺には、ヒゲの脱毛はそこまで急務ではなくなってしまった。ヒゲを剃ら無くていい分、ちょっと楽になるかな……と思いきや、化粧にかかる時間でむしろ手間は倍増しているのだから。


 ムダ毛処理したりメイクしたりと女の子って大変だなぁとは女装コスプレ時代から思っていた事だけれど、まさかそれを日常的に実感する事になるとは。




 現在美少女である俺は、私服をあまり持っていない。俺には女の子の一般ファッションは完全にちんぷんかんぷんなのだからしょうがない。可愛いと思って買った数少ない私服は、当然ながら全てオタク男の俺目線のチョイス。


 ジャンパースカートが腰のあたりでくびれを造り、フリル多めのブラウスがキュッと押し上げられ、自然に乳袋を形成させている。とてもエロ可愛いと自画自賛しているが、客観的に見ると今の俺は童貞を殺す為の衣装を身にまといし完全なるオタサーの姫と化していた。


 こういう服装は女性ウケはしないと聞いているけれども、ショッピングモールで白城さんも可愛い可愛いって言ってくれたし、それを信じるとしよう。




 さて、スマホで時間を確認すると、約束の時間までまだ30分もある。ちょっと早く着いてしまったけれど、ハルカさんを待たせるよりは良い。


 駅前の待合ポイントで突っ立っていると、チラチラと男達の視線が俺に飛んでくるのが分かる。まずこの乳袋に!それから顔へと視線が移ってくる。制服よりは胸が強調されるせいか、胸を見られる回数は制服着用時よりも多い気がする。あとは足にも結構視線がくる。


 ふむふむ、わかるぞ男性諸君!魅力的だろう今の俺は!!俺は更に胸を張った。視線が更に集まってくるのでちょっと興奮してしまう。


 どうだナンパしてみたいだろう!いいぞかかってこい!!


『げっへへ!お嬢ちゃん可愛いねぇ、お茶しない?』

『お兄さんと良いことしようぜぇ~!』


 ナンパはした事もされた事も無いけれど、マンガとかではこんな感じだ。


 もしもナンパされちゃったらどうしよう……すかさず『すみません、俺、男なんですよ(ドヤァ)!!』って返してナンパ男の度肝を抜かせてやるぜ!


 時間つぶしがてら、脳内でナンパ男を撃退する方法をシュミレートしているが……しかし、なかなかナンパされない。


 あれれ……?想像と違った?もっとこう、声を掛けられる物だと思っていたのに。でもみんなチラチラみて来るから魅力が無いって訳でもないはずだし……それとも衣装的にイタイ子扱いされてるのか……?


 ナンパされない事に首を傾げていると、「すみません、ちょっと道をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」と、待合ポイントの傍で俺と同じく人待ちをしているのであろう男性が、俺に声をかけてきた。


 社会人になって数年目ぐらいの年齢か。カジュアルながら清潔感のある服を着ている。誠実そうなイメージだ。ナンパじゃないのか。つまんないのう……と思いながらも、頼られて悪い気のしない俺はにこやかに彼に答える事にした。


「はい、なんでしょう?」


 男は俺が無視するとでも思っていたのか、「はい」と答えた事に少し驚いたような表情を見せた。なに、俺も鬼ではない。ナンパ野郎はお断りだが、道に困っている人くらいは助けるさ。


「友人が表参道ヒルズで待っているというのですが、私、原宿にはあまり来ないもので。どうやって行くのか教えて頂けますか?」

「よいですよ。スマホのマップありますか?……今、俺たちがいるのがここで……あそこの信号を左へ曲がって、後はまっすぐ行けば左手に見えてきますよ」

「ありがとうございます……お姉さん、一人称が俺なんですね? かっこいいですね!」

「そ、そうですか?ありがとうございます!」


 この格好になって、かっこいいと言われたのは初めてだ。でへへっと照れてしまった。


「じゃあ、私はヒルズへ向かいますね。本当にありがとうございます」

「はい、お気をつけて」


 手をひらひらさせて男を見送る。良い事をしたのでいい気分だ。


 そう思っていたら、男がすぐさま引き返してきた。


「あの、お姉さん!」

「はい、なんでしょうか?」

「さっきの者なんですけど……実はこんな事言うつもりは無かったのですが、言わないと後悔しそうで……すごく好みのタイプだったので、思い切って戻ってきました! よろしければ私と友達になってくれませんか?」


 おお……さすが美少女の俺だぜ……偶然道を尋ねてきた人まで虜にしてしまったか。


「いいですよ。ぜひ!」

「じゃあ連絡先を交換……」


 男が言い切る前に、俺の意識は横に逸れた。誰かが俺の腕を引っ張るのだ。振り向くとハルカさんが俺を待合ポイントから強引に連れ出そうとしていた。


「え、ちょ、ハルカさん?」

「いいから、行くよ、アマミヤちゃん!」




 駅の向かい側まで俺を拉致した後、ハルカさんは俺を叱った。


「アマミヤちゃん! 男にほいほいついていかないの!」

「道を聞かれていただけですよ?」

「あれ、ナンパの常套手段でしょ!!」

「……え、ナンパって言ったら『お嬢ちゃん可愛いねぇお茶しない?』みたいなチャラいのでしょ?」


 さっきの男は見た目は全然チャラくなかったし、一般的な常識ある社会人に見えたが。


「……あー、そっか……アマミヤちゃんまだ女の子歴たったの数日か……」


 手を顔に当てて「忘れていた私が悪かった……」と呟くハルカさん。


「もっとナンパされるかと思ったんですけれど、あの男一人だけでしたね……俺、今日の服とかダメでしたかね……」


 あまりにもナンパされなかったもんでやや自信を無くしかけた俺を、ため息を付きながらじろりとハルカさんが睨んだ。


「……アマミヤちゃんはなぁ……ナンパしても失敗すると思われたのだろ。むしろアマミヤちゃんに声を掛けたあの男の勇気は褒めるべきかもしれん」

「そういうもんでしょうか」

「……まぁいいわ。 今後は、外で男から声を掛けられたら全部ナンパだと思う事!」

「は、はい!」

「よろしい」


 あれがナンパだったとは……上手い物だ。俺も今後真似する……機会があればしてみよう。さて、予想外のナンパ男の事はさておき、今日の主役であるハルカさんには言っておかねばならない事がある。


「ところで、ハルカさん」

「なんだ?」

「私服は初めてみましたが……とても可愛いですよ!」


 ハルカさんは、シックなワンピースを着ていた。揺れるツインテールは普段よりも強めにカールがかかっている。小柄な身長も相まって儚い深窓のご令嬢という雰囲気だ。俺は自然と、可愛いという言葉を口にしていた。


「な!あ……その……アマミヤちゃんも……可愛いぞ!可愛すぎてナンパされなかっただけだから安心しろ!」


 赤面しながら、俺を褒め返すハルカさん。制服を着ていないせいか、学校で見るよりも一段と小さく見える彼女を俺は微笑ましく思った。


「じゃあ、ハルカさん、まずはお店に行こうか」


 差し出した俺の左手の肘に、彼女は躊躇しつつも全身を預けてきた。暖かな体温がこちらにも伝わってくる。


「う、うん……今日はよろしくな、アマミヤちゃん」


 上目遣いでそう言ってきたハルカさんの瞳には、少しの気恥ずかしさと、沢山の期待でキラキラと輝いていた。

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