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俺氏、喫茶店で接客する。

 カランコロンと、ドアベルが軽快な音を鳴り響かせた。


 喫茶テネロ。ここが俺のバイト先だ。大正ロマン溢れる内装が特徴的なこのお店は、小さいながらも人気がある。


 「いらっしゃいませ!」


 目に飛び込んで来たのは、マスターの一人娘のトーコさん。去年大学を卒業してからは、基本的にここで働いている。ボブカットにした黒髪と、やや釣り眼がちながらも愛嬌のあるそれが合わさり、猫のように可愛らしい。名物看板娘として申し分ない美女である。


 そんな彼女にいつか猫耳系コスプレさせてみたいと思っている俺であった。


 注目すべきは、トーコさんが着用している和風メイド衣装。


 それがこのお店のもう一つの魅力であり、俺がここをバイト先に決めた大きな理由であった。



 ピークまでまだ時間はある為、現在お客さんはまばらだ。今ならトーコさんに喋りかけても、お店に迷惑はかからない。


 それを確認し、俺はトーコさんに近づいた。彼女は当然、俺が俺である事に気がついていない。


 「あの、トーコさん」

 「わ、お客様、私の名前をご存知で? お客様みたいな綺麗な人に覚えて頂けるのは、なんだか光栄ですね!」


 てへへっと照れながらメニューを扇ぐトーコさん。そんなトーコさんも可愛いよ!!


 「俺です。俺。コータ。天野耕太です」

 「え、オレオレ詐欺?」

 「まぁ、そうなりますよね……これを見てください」


 俺は学校が発行してくれた証明書をトーコさんに手渡した。そこには俺は天野耕太であり、突然女性化した事を学校が暫定的に保証する旨が記されていた。


 「!?」


 それを読んで、声を出さずに絶叫するトーコさん。器用だな。彼女に猫耳としっぽが生えていたなら、ピンと突き立っていたに違いない。


 「え、ほんとに?コータ君?」


 更に俺に顔を近づけ、ペタペタと顔に触れてきた。なんだか恥ずかしい。


 「……本当だ……コータ君の面影がある!! パパ……マスター!」


 俺の手を引っ張りながら、カウンターの奥へと入り込んでいくトーコさん。うわぁ、お客さん達、何事かってこっちをみているよ!!


 「何事かね」


 コーヒーを淹れながら、マスターが小声で尋ねてきた。バーテンダー衣装をパリッと着こなした渋いオジサマである。マスター目的でくる女性客も多いんだとか。


 「パ……マスター、聞いて驚かないでよ?この子ね、コータ君なの!!」


 トーコさんはくわっと目を見開いて、証明書をマスターへと突き付けた。


 何を言っているんだこの馬鹿娘は……と言いたげな顔をしていたマスターも、書類に目を通す内に変化していった。


 「ほ、ほんとうなのかね、コータ君?」


 あ、珍しくマスターが動揺している。


 「はい。俺が天野耕太で間違いありません……バイト、どうしましょう?」

 「むむむ……トーコ、コータ君を連れて更衣室まで行きなさい……余っている制服があるはずだ」


 そう言われたトーコさんは、目を光らせる。


 「そうこなくっちゃ!こんな人材を辞めさせるなんて、お店の損失よね!」


 父娘の一連の流れについていけず、ポカンとしている俺にマスターが声を掛けてきた。


 「コータ君。あとはトーコに任せた。君は心配せず、トーコについて行きたまへ」


 どうやらこの短いやりとりで父娘の間になんらかの合意が設立したらしい。



 更衣室に入るが早いか、トーコさんは猫目を爛々と輝かせて、俺を抱きしめた。俺よりも頭一個分低い彼女に抱きつかれると、下から覗きこまれるようで気恥ずかしい。


 「コータ君!こんなに可愛くなっちゃって!おねーさん困っちゃう!本当、どうしたの!?」

 「俺も訳が分からないんですよね。昨日の朝、起きたらこうなってました」

 「ふぅーん。不思議な事もあるもんだねぇ……まぁいいでしょう。ウチは女の子になっちゃったコータ君を歓迎いたします!」

 「ありがとうございます!」


 気味悪がられるかと思いきや、あっさりと受け入られてしまった。そんなマスターとトーコさんには頭が下がる。一瞬でもミラさん達のメイドのバイトに心惹かれた俺を殴りたい。


 「でね!可愛くなってしまったコータ君にはウチの女子制服を着てもらいます!!」

 「え……でも俺、男ですよ?」

 「なにいってんの!! こんな可愛いコータ君にバーテン衣装着せたら……着せたら……あ、それはそれでかっこいいかも」


 何を妄想しているのか分からないが、俺に抱きついたままてへてへとするトーコさん。


 「いや!だめ!うちのフロア女子は全員この制服だって決まっているの! 見た目が女の子なら女の子なの!OK!?」

 「い、いえっさー!」


 思わず軍隊っぽく返してしまった。


 「それにね。うふふっ」


 なにを思い出したか、手を口元に当てて、いたずらっぽく笑うトーコさん。


 「コータ君、この衣装、着たがっていたでしょ」

 「……知っていたんですか……?」


 なんでだ!俺はこのお店ではオタク趣味話は一切していないはずだぞ!!


 「休憩中に時々この衣装をスケッチしていたのを、おねーさん、見逃すわけがないんだぞう!」


 トーコさんはえっへんと胸を逸らした。


 そうか……バレていたのか……。しかし着てみたかったのは事実だ。これは認めざるをえない。実際、一回自作しているしな。イベント用では無くて、宅コス用だったけれど。


 「……だって可愛いですからね、ウチの制服」

 「というか、前のコータ君でも、メイクとかすれば割といける気がしてたんだよなぁ」


 ニマニマとするトーコさん。まさか女装コスプレの事まではバレてないよな……?


 「ささ、そろそろバイトの時間よ。着替えて着替えて! あ、着替え手伝うよ。初めてでしょ?」


 初めてではない!! のだけれど、お店の制服だ。ちゃんと見てもらった方がいいだろう。


 「じゃあ、お願いします、トーコさん」


 そう言って、学校の制服を脱ぎだす俺。


 「うひょー! コータ君、胸おっきい!!!ウチの制服に収まるかなこれ……」




 和風メイド衣装を着て、くるっと一回転してポーズを決める。ふむ。俺可愛い。


 「どうでしょうか?」

 「か、可愛い……コータ君!可愛いよ!!これはコータ君目当てのお客さんが男女問わず増えそうだね……うふふ……がっぽりだぜ……!!」」


 興奮しながら、鼻息を荒くするトーコさん。


 「ありがとうございます……この衣装を着ているトーコさんにずっと憧れていました。ようやくその願いが叶って、とても嬉しいです」


 俺はにっこりと感謝の笑みを浮かべた。それを見て、なぜかあわあわと赤面しだすトーコさん。誤魔化すかのように、俺の制服に手を伸ばしてくる。


 「ほら、ここ、シワになっちゃってるよ。ああ、ダメ、動かないで、私が直してあげるから……」


 トーコさんはそう言いながら、まるで抱きしめてくるかのような距離感で俺の制服を直していた。紅茶やケーキの甘美な香りと、女性特有の甘い匂いが交わって彼女から発されていた。


 彼女は俺よりも頭一個分背が低い。そんな彼女に衣装を直される為に少ししゃがんだが、重心が上手くとれていないせいで、今度は俺が彼女に抱きついてしまった。


 「ひゃうっ!」

 「わ、ご、ごめんなさい!」

 「あ、ううん、いいの、このままで……女の子と男の子では重心が違うって聞くからね……はい、なおったよ!」


 彼女を離すと、そこにはゆでタコみたいになっているトーコさんがいた。そんなに恥ずかしかったのか。申し訳ない事をした。


 「そ、それじゃあ俺、フロア行ってきますね!」




 「コータ君……良い香りだったなぁ……はっ!ダメよ私!女の子同士だなんて!!」





 フロアに出た瞬間、お店全体が静かになった。そしてまたすぐに喧騒に包み込まれる。


 「さっきの子だ……キレー!」

 「うわー!可愛い……!」

 「モデルさんみたい!」


 お客さんの賛嘆の声が耳に入ってくる。うむ。さすが美少女な俺である。


 「店員さん! お願いします!」


 さっそくご指名が入った。この姿になっても、なすべき事は男の時と同じ。特に問題は無いはず。


 「店員さん、今日からバイトに入ったの?私ほぼ毎日来ているけれど、あなた見るの初めてだもの」

 「店員さん、ウチの雑誌でモデルのバイトしてみない?」

 「店員さん……お姉さまって呼んでもいいですか……?」

 「店員さん……可愛いわ……今夜空いているかしら?」


 ……うおお!!どう対処すればいいんだー!?!?


 なんとか営業スマイルを浮かばせて女性客を捌いていると、ドアベルが鳴った。そこへ逃げる俺。


 「いらっしゃいませ! 何名さま……で……しょうか……」


 入って来たのは、ハルカさんとミラさんの2人であった。険悪な表情をしていた2人の顔が、俺を見てパアッと笑顔になる。


 俺は営業スマイルすら失ってしまった。

勇者アイドル百合ハーレム ~アイドルな勇者が百合ハーレム率いて魔王討伐~

https://ncode.syosetu.com/n2380en/


百合エルフは科学と魔法で無双する

https://ncode.syosetu.com/n6224ex/


上記二作品もよろしくお願いします。

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