異-3 剣と魔法の世界
異世界に転生してからすでに一ヶ月が経った。
転生してから変わったは、前世では巨乳よりもちっぱいが好きと公言していた僕が、今は巨乳派に転属していることだろうか。
理由は、もちろん母さんの双丘による授乳のせいです。
ちっぱい派の諸君。僕のことを裏切り者だと言わないでくれたまえ。
僕だって今まではちっぱいこそ正義と思っていたよ。
けど人は日々変化し成長するもんなんだ。
わかってくれ。
赤ん坊にできることはほとんどない。
泣くことしかできない。
暇なので泣き方を変えて遊んでみるか。
「びえぇーーーーーん!!」
「ぶふぇーーーーーん!!」
「むいぇーーーーーん!!」
すぐ飽きた。
前世の記憶を持って転生した自分について考える。
前世の記憶を持って生まる赤ちゃんなんて世界広しといえど僕だけだろう。
そのせいで不気味な赤ちゃんだと思われて殺されるとか最悪だ。
だから前世のことは隠すことにする。
前世ではほとんど泣かなかったけど、泣かない赤ん坊は不気味だと思い、一日に三、四回程泣くことにしている。
泣くときは決まっておしっこかう◯こをした時だけどね。
汚れた下着を放置しているとかなり気持ち悪いのよ。
最初は下着を着けたまま出すのは抵抗があったけど今では豪快に出してます。
なれると案外気持ちいいので、癖になって大人になってもしないように注意が必要だね。
それ以外の時間なにをしているかというと、天井を眺めている。
ただただぼーーーーーーっと。
たまに蜘蛛やトカゲが天井を通るのが唯一の楽しみ。
今も天井のゴツゴツした岩肌を観察中。
(……ん、 なんか黒い点が動いているぞ)
黒い点のような物体が天井を動いている。
暫くすると僕のちょうど真上まで来た。
目を凝らして物体を見てみる。
あ。
Gだ。
地球ではとてもとても嫌われていた奴だ。
気にしたら負けだ。
羽が開いていまにも飛びそうだけど気にしちゃいけない。
うん、無理だ。
えーっと。
ちょっと待ってね。
うん。準備できた。
「キャーーーーーーーーーーーーー!!」
赤ちゃんとは思えない金切り声を上げ救出班を呼ぶ。
エマージェンシー! エマージェンシー!
Gが攻めて来ました!
誰が早く来い。Gが落ちて来たらどうするんだ!
あわわ。マジでどうすればいいのよ。
僕Gは本当に嫌いなんです。
とりあえず落ち着け。
こういう時は目をつむって深呼吸だ。
吸ってー、吐いてー。
吸ってー、吐いてー。
吸ってー……
こんな時に悠長に深呼吸してられるか!
あれ? Gがいない。目をつむって深呼吸してる間に移動したのね。
あ、あー。
それからGに恐怖する日々が続いた。
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あぁぁぁぁぁーーー。 暇だ!
せめてテレビ、いやラジオでもいい。なにか娯楽が欲しい!
ライトノベルの続きも気になる。撮り溜めしていたアニメはすべて無駄になったし。
そういえば、地球の僕の部屋はどうなったのだろうか。
父さんが遺留品を引き取ったのだろうか。
それならまだいい。
もし母さんや妹だったら……
ベッドの下には長年集めたお宝たち。主に下の方。
お兄ちゃんと妹のジャンルばかりだったので、もし見つかったら妹に絶対嫌われる。
「お兄ちゃんってこんなの好きだったんだー。一緒に暮らしてないでよかった」
「お兄ちゃんってどすけべで変態野郎」
「こんなお兄ちゃんだったら死んでよかったよ」
(……いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)
ベッドの上で悲痛な叫びを上げていたが、その後母さんにあやされるのであった。
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何もない日々が過ぎて行く。
たまに誰かに抱き上げられて部屋を一望することができたけど、なにもない洞窟の部屋なので面白みもない。
顔がヤクザみたいな男に抱き上げられることもあった。無難に笑顔でいたが、普通の幼児なら大声で泣き叫んでるぞ。
母さんと洞窟住人の会話は、たまに聞こえてくることがある。その度に注意深く耳を傾ける。
そのおかげで僕の名前がわかった。ヴァン・ワーグナーだ。母さんの名前はヴァナディース・ワーグナー。父さんはまだ見たことがないけど、もしかしたらシングルマザーなのかもしれない。
前世で父さんと仲が悪かったので、今世は父さんがいなくてもいいや。
また彼らの職業もわかった。山賊だ。
しかも数百人はいるであろう大規模な山賊団。
この洞窟で共同生活をしているようだった。
そして母さんは山賊団の頭。そう、僕は山賊団トップの息子だった。
まさかあんな美少女が山賊のトップだなんて、この世界は不思議なことでいっぱいだよ。
母さんたちはたまに大人数で出かけることがある。帰ってくると大騒ぎしながら戻ってくる。
『今回の貴族は物持ちがよかったな』
『傭兵によって彼が殺された』
『俺は三人も貴族を殺した』
そんな物騒な会話が夜通し聞こえてくる。子供の教育上悪いが、動けない僕にとっては貴重な情報源だ。
それからさらに半年の月日が経った。
ふふふふ。
ついに僕はハイハイができるようになったのだ!
もうめっちゃ頑張りましたよー。
え、なんでかって?
そりゃ、暇だからだよ。
僕は今までいた部屋以外に移動できるようになった。
だが最初の頃はすぐに母さんや山賊団の面々に見つかってしまい、遠くに行くことはできずにいた。
しかーし、そこで諦める私ではないのだよ、ワトソン君。
彼らの行動パターンを研究し、各所に身を隠す場所を発見。
その甲斐もありハイハイでの行動分布はどんどん広がっていく。
(俺のハイハイを止められるもんなら、止めてみな!)
そして本日、洞窟の住民が剣を振り回しているどデカイ部屋にやってきましたー。
洞窟の中とは思えない広さだ。
ここに着くまで一時間ちょっと。
遠かった!
わかります? ここまでくるのにどれだけ苦労したか。
それもこれも娯楽のため。
なにか暇を潰せるのはないかとここまで足を運んだのだ。
この部屋は鍛錬場かな。
あちこちで男女が剣を持ち素振りをしたり、戦闘訓練をしている風景が広がる。
実は僕、小学生の時から大学に入るまではずっと剣道をしていたんです。
全国大会まで何度か行ったことがある程なんです。
えっへん。
ふと部屋の隅をみると、あのヤクザ面の男が美少女達と鍛錬をしている。
みんないい汗をかいて、いい表情をしているよ。
青春ドラマみたい。
解せぬ。
まあそれは置いておいて、彼らの鍛錬は凄まじかった。
僕は前世の経験もあったから成長すれば、剣士としてある程度はできるだろうと考えていた。
甘かった。甘々だ。夕張メロンくらい甘い。そして食べたい。
彼らの鍛錬をみて、僕の自信は呆気なく崩れた。
気合いが違う。彼らからは鬼気迫るものを感じる。
それもそのはず。
彼らは命をかけて山賊をしている。
だからこそ、鍛錬も命がけでやらなければ意味がないのだ。
平和な日本で生まれ育った僕とは、全く違う世界に彼らがいることを痛感する。
またヤクザ面の反対側では、ローブを着た女性が複数人の男を相手取っていた。
よく見ると、淡く光った手から炎を出している。
―――魔法だ!
これが剣と魔法の世界。
今更ながらドキドキしてきた。
僕は本当にこの世界で生きていけるのか。平和ボケした日本人であった僕が。
いや、この世界で頑張って生きると決めたじゃないか。
チートでハーレムな異世界生活。
それを実現するために今から努力をするんだ。
たとえそれが邪な動機からきているとしても。
想像しろ!
モンスターをばったばったと倒し、美少女に囲まれる姿を。
「……(想像中)」
うん、 いいねいいね!
オラ、ワクワクすっぞ!
『ヴァン!!』
いきなり後方から女性の声が聞こえ現実に帰ってくる。
振り返ってみると、そこには美少女、いや我が母君が立っていた。
『まさかこんな場所まで来るなんて……』
母さんは呟きながら僕を抱き上げ、元の部屋に向かって歩き始める。
(もう少し見ていたかったのに!)
ジタバタ暴れてみるが、抵抗の甲斐なく部屋に連れ戻された。
『あそこは危ないからここでお母さんと一緒に遊ぼうねー』
それから二時間、母さんと積み木で遊ぶ苦痛の時間を過ごすことになった。
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僕はこれからすべきことを考えた。
僕は強くなりたい。
彼らの鍛錬をみて刺激されたのはいうまでもない。
結果、やるべきことの方向性は決まった。
(まずはあそこに行く必要があるな)
二歳の誕生日を過ぎた頃、ついに僕は念願の場所にたどり着く。
知識の宝庫。
書庫へ。