異-20 冒険者ギルド
冒険者は血の気が多いものが殆ど。
当然そんな彼らが集まればトラブルも多くなる。だから僕はあまり関わり合わないようにしようと思っていたんだ。
それなのに……。
冒険者ギルドに入ると、そこにいたのは二メートルほどの筋骨隆々のでかい男、略してでか男だ。
運が悪いことに、僕がギルドに入ると真っ先にでか男と目があった。すると不細工な笑みを浮かべながら近づいてくる。
『おいおい、入る店を間違えてるんじゃないのか? ここは冒険者のための冒険者ギルドだぞ。乳離れしたばっかりの子供が来る場所じゃねぇぞ』
「なんだ……ご丁寧にありがとうございます。ですがここであってます。僕は冒険者になるために来たので」
一瞬怒りがこみ上げたが、なんとか踏みとどまり、丁寧な言葉使いで相手に言葉を返す。
『がはははっ! おい、ガキ! お前みたいなガキが冒険者になるだと? バカ言ってんじゃねぇぞ、コラァ! こっちは命賭けてやってんだ! 子供の遊びでやってんじゃねぇんだよ! それともなにか。お前も命賭けてるっていうのか? あぁーん?』
「はい、そうです。冒険者が子供の遊びだなんて一切思ってないです。僕もいろいろあって早く強くなる必要があるんですよ」
僕は淡々と冷静に答える。こういった輩に感情的になって言葉を返してもいいことはないと、前世の経験からの経験でわかっているからだ。
彼の首から下げられた銀色に輝くプレートが目に付く。それには冒険者ギルドの文字が刻まれている。
色からするにきっと凄腕の冒険者なのだろう。こんな弱そうな奴でも上に行けるなら、僕もすぐに上に行けるだろう。しかしこんな奴が上の階級にいる冒険者ギルドも考えものだな。
まあ、僕には関係ないが。
そんなことを考えていると、でか男の荒く臭い鼻息が首筋に当たる。
―――近い近い!!
でか男は僕の態度が気に入らないのか、大声で叫び始めた。
「はっ! ガキが大人の真似して、そんな喋り方しやがって! そういう喋り方が俺は一番嫌いなんだよ! こんなクソガキには世の中の恐さを教えてやらなきゃなー!」
この野郎、本当に頭にくるな。そろそろ僕の我慢も限界に達するぞ。
でか男は鼻を鳴らして吐き捨てるように言葉を続ける。
「俺様に殴られたくなきゃ、家に帰って母ちゃんの乳でも吸って寝てな、坊主!!」
僕はやれやれと溜息をつき、
「あなた程度の冒険者とここで時間を無駄にしているほど暇ではないので。お引き取りください。でないと……痛い目を見ますよ?」
僕は余裕綽々の態度で片手を前に突き出し構える。
「んだとこらぁーーー!!」
でか男は咆哮をあげると、片手を上方にあげ、殴りかかってきた。
「はぁー……こんな奴でも殺したらまずいからな」
僕は手に魔気を集め、低威力の風の球を冒険者の腹に向け打ち出す。
―――ドガーーーーーーーーン!!
でか男は床をゴロゴロと転がり、壁にぶつかってから動かなくなった。
すごい音したけど大丈夫か?
(まあ死んではいないだろ)
仲間と思われる男が、でか男を仰向けにして揺するも反応なし。
えっ、死んでないよね?
うん、気絶しているだけだ。
ちゃんと死なないように加減もしたし。
口から霊魂が出かかっているけど大丈夫。
「ねえ、そこのお兄さん」
『は、はいぃぃぃ! な、な、なんでございましょうか』
でか男の仲間と思わしき男に話しかける。舌を噛んだのではないか? と思うほど、慌てて返事をしてきた。
「そこのでか男をどっかに捨ててきて欲しいんだけど」
『わ、わかりましたぁぁぁぁーーー!』
その男はでか男を引きづりながら店を出ていった。
視線を周囲へ動かす。
周りの冒険者は僕のことを怪訝な眼差しで見ている。
ちょっと悪目立ちしすぎたかな。反省、反省。
いろいろな意味でやってしまった感が漂っている。
ここは何かしてこの雰囲気を良くしないと、居心地が悪いな。
僕は表情を柔らかくして、多くの人に聞こえるように少し大きな声で呟く。
「ありゃりゃ、ちょっとやり過ぎちゃったかな。ヴァンちゃんったら、お馬鹿さん。てへぺろ(キラリン)」
どや。
この可愛さ満点のキュートなてへぺろは。
舌を少し出し、手をぎゅっと握り、頭にコツンとするこのポーズ。山賊団では誰もがイチコロだった悩殺ポーズだ。
受付のお姉さんはおかしそうに笑っている……と思う。
周りの冒険者達も愛らしい僕の姿に微笑を浮かべている……と思う。
もしそうでなくても、そうだと思うことにする。
ギルド内を見回すと、受付のような場所が左手に見える。右手にはテーブルがいくつも置いてあり、酒を飲んでいる男達がいる。きっと酒場だろう。
左手に進み受付のお姉さんの前につく。
「あのー、冒険者になりたいのですが」
『は、はひぃー! にゃ、にゃんでしょうかー!?』
受付のお姉さんは緊張気味の顔で答える。噛み噛みだったが気にしないでおこう。
その後受付のお姉さんは、子供の僕に対しても丁寧に説明をしてくれた。
きっとさっきのことを一部始終見ていたっぽいから、僕がただの子供じゃないとわかっていたのだろう。
お姉さんの話を要約するとこうだ。
冒険者のランクは最上位のSランクに続き、A〜Fの7段階評価。Sランクの冒険者は世界に数人しかいない、規格外の存在。
国家存続の危機、災厄級の魔物討伐など、他の冒険者では太刀打ちできない高難易度の依頼を請け負っている。
ギルドより渡されるプレートである程度のランクはわかるらしい。Sランクはアダマンタイト、Aランクは金、Bランクは銀、Cランクは銅、それ以外は鉄でできているとのこと。
ギルドに加入すると、一年間は他ギルドに移籍することはできない。
その他に、ギルド組合員は国家に所属しているわけではないので、国からの生活保障や年金はない。
しかし国民としての身分保障はされ、公共機関も使用することができるため、ギルドから支払われる報酬の一部は納税する必要がある。このギルドの仕組みはエデン王国だけでなく、他国でも共通である。
僕はもちろん駆け出しのランクFからのスタートだ。
『い、以上となりますが……何か質問はありますか?』
「いえ。大丈夫です。丁寧に説明していただきありがとうございます」
『は、はい……こちらが冒険者のプレートになります。無くさないように気をつけてください』
お姉さんから鉄のプレートを受け取り、受付を後にしようとする。
すると男性が椅子から立ちあがり、僕の方へと歩み寄ってきた。
話しかけてきたのは、長い黒髪に、黒い瞳。整った顔立ちのイケメンだ。見たまんまリア充のような二十代前半の男性。
実に上品な雰囲気を醸し出している。
いけ好かぬ。
『こんにちは。 私レイと申します』
非常に丁寧に挨拶をして来た。
さわやかな笑顔。後ろには綺麗な女性がいる。やっぱりただのリア充か。
リア充様が僕のなんのようですか? と悪態をつく前に、彼は喋り出した。
『一緒にダンジョンに潜っていただけないでしょうか?』
−−−
どうやらこの冒険者達は僕とダンジョンに潜って欲しいようだ。最初のでか男と比べるまでもなく、礼儀を持って接してくれるので話を聞く事にした。
今僕と冒険者の人達はお互い椅子につき、テーブルを挟んで向かい合っている。
一対四なのでまるで面接みたいだ。
年齢がバラバラに見える彼らは男性が二人、女性が二人。
こいつらカップルなのか。
リア充だったら爆発すればいいのに。
最初に話しかけてきた男性はこのパーティーのリーダー、名前をレイ。
彼らは僕の顔色を窺うような喋り方をする。
『私たちは新しく発見されたダンジョンに挑もうと思っております。しかしまだ発見されたばかりなので情報は少なく、力のある冒険者を探していました。先ほどあなたの実力を拝見させていただきぜひ、私たちのパーティーに入ってほしいのです! 偉大な魔法使い様と迷宮に入ることができれば安心できますので』
偉大な魔法使い? 僕のことかな? 彼ら冒険者の目は本気なので、本気で僕のことを偉大な魔法使いだと思っている。
「大変申し訳ないのですが、僕はあなた方が思うような偉大な魔法使いではありません。僕はダンジョンに入ったことはないですし、見ていたと思いますが冒険者になったばかりの駆け出しです。それに子供ですよ?」
できるだけ丁寧な口調で話すことを心がける。
前世の頃から年上には、丁寧な口調で話してきたので慣れてはいるのだ。
綺麗な女性は「まだ若いのに言葉遣いができているのね」と呟く。
彼らを信じて仲間になっていいのだろうか?まだ僕は決めかねている。
前世ではすぐに人を信用していた。でもこの世界はそれが命取りになることがある。そのため人を簡単に信じるなと母さんから言われていた。
僕は話をしながらも、彼らの様子をしっかりと観察をする。
レイさんの右隣に座るのはベルヤードさんという職業アサシンの男性。背は低いが、油断ならない目つきをしている。アサシンというと殺しを生業としているイメージがあったが、こうやって冒険者をしているんだな。
レイさんの左隣に座るのは剣士のアイナさんという女性。髪は腰の辺りまで伸びたロングヘアーでウェーブがかかっている。見た目はどこぞのご令嬢のようだ。少々派手だが、美人ではある。
彼女は興味深そうに、僕のことを見ている。たまに目が合うと悪戯っぽく笑う。
「アイナさんはとても綺麗なのに冒険者で、しかも剣士なんですね。ちょっとビックリしちゃいました」
『あらあら綺麗だなんて。まだ若いのにお世辞がうまいのね』
そう言いながら表情は満更でもなさそうだ。
一番右に座っているのはキャリスさんという女性で、動きやすい服に身を包んだ小柄な女の子。黒髪のショートボブ。 手には手甲をはめており、職業は予想通りの武闘家。
身体つきは幼く、顔も幼い。まるでリムさんのようだ。
武闘家ってみんな同じ感じなのかな?
『魔法使い君。なにか変なこと考えてないかな?』
「……いや全くそんなことはないです」
なぜ変なことを考えているのがわかった。不思議だ。
彼らはダンジョン専門の冒険者。その道では有名な人達らしい。
もちろん僕は彼らの噂を聞いたことがない。ずっと森の中で暮らしていたもんでね。
最初はなにか裏があるんじゃないかと勘ぐった。
しかし彼らと話をしてみて、悪い人じゃないと思った。これはただの勘だ。
話していると山賊団のみんなと話しているような温かい気持ちになるんだ。とても居心地がいい。僕はこの人たちを信じてパーティーに入ってもいいと思い始めている。
こんな簡単に人を信じるなんて、自分で自分に驚きだ。僕という人間は基本お人よしである。 困っている人がいれば助けてあげたいと思う。
だからといって簡単に信じてはいけないとわかっている。わかっているけど……。
『再度お尋ねしますが、僕たちとダンジョンに潜っていただけないでしょうか?』
僕はわずかに考えるそぶりをする。もう答えは決まっているのに。
僕はこの人たちといることで、傷つき悲しみで溢れている心が少しは癒えるのではと思っている。彼らを利用することになるが、彼らも僕を利用しているのだからお相子だろう。
そして僕は彼らに向かって口を開いた。
「わかりました。いいですよ」
僕は穏やかに表情を崩して答えた。