異-19 初めての街
洞窟を出てからは南に向かって歩き続けている。だいたい三時間はあるいただろうか。本当はもっと洞窟に居たかった。母さんの死体を埋め、供養してすぐに洞窟を出たため、他の仲間の死体の有無を確認することはできなかった。
死体がそこになければ、もしかしたら逃げて今も生きているという希望を抱くことができるかもしれない。
そんなことも考えたが、僕はすぐに洞窟を出ることにした。
あれ以上洞窟にいたらきっと頭がおかしくなると思ったからだ。憎しみの炎に焼かれ、自分が自分でなくなってしまう、そんな気がした。
ここからニョルズの森の先、南方にある山道を抜ければフィヨルド男爵領に入れる。前に見た地図にそんなことが書かれていたのを覚えている。
ミッドガルド最南に位置するフィヨルド男爵領は熱帯地帯であり、現在真夏で非常に暑い。陽が燦々と照りつけ、歩くだけで体力を奪われる。
こんな日はガリ○リ君を食べたいぜ。
「これを登るのかよー……前世で登った富士山がお遊びみたいな山道だな」
虚ろな目で山道を見つめる。ニョルズの森を超えると山道が僕を出迎える。荒涼とした大地がひたすら続く。
垂直とまではいかないが、足場が悪い急斜面。
本来であれば別の軽く舗装されている道を選ぶべきなのだが、徒歩の僕だと街に着くまで相当な時間がかかってしまうので、山道を抜ける近道を選んだ。
その山道を見た瞬間、「やめときゃよかった」と思ったが、登ってみると思ったよりも快適に移動ができる。
足に闘気を集めることにより、舗装されていないボコボコの山道も難なく登れる。
暫く進むと、山の頂上に着いた。
そこからはフィヨンド男爵領が一望でき、一番近くにある街『フィッツランド』が見える。美しい景色がそこには広がっており、少しだけ荒んだ心が静まった気がする。
「ここで一晩明かすか。さすがにちょっと疲れたしな」
朝から一日中走ってきたため、体力的にも精神的にも疲れ果てていた。陽が出ている時はとても暑かったが、今は夜遅く岩の表面には霜が降りている。寒暖の差が非常に激しい。体にあまりよろしくない環境だ。
魔物どころか生物がこの辺りにいないので、寝ている時に襲われることはないだろう。
目を瞑るとすぐに眠りについた。
―――
「はぁー……さあ、行くか」
後ろを見る。僕が踏破してきた道。ここを戻れば僕が生まれた場所に帰れる。けどこの道を戻るのはまだ先だ。
母さん達と暮らした土地を背にして、フィッツランドに向け足を進める。
(この調子であれば、日が暮れる前には街に着けるかな。こんなに長い時間闘気を大量に使って走っているけど、まだまだ行けそうな感覚だな)
そう思い、ボードを開き職業欄を確認してみる。
【 職業 】☆=2
剣士:LV.16 ☆
武闘家 : LV.15 ☆
魔法使い : LV.15
前回の戦いから一気にレベルが上がっている。完膚なきまでに負けたとはいえ、力量差がかなりあったから、経験値も大量に得たんだろう。
あのときは剣士と武闘家を就けていたから、魔法使いは変わらずと。
そうこうしているうちに、山道を降り目前に街が見えてきた。
「(さあ、まずはこの街を拠点にしてレベル上げをしよう。今のままでは奴等に復讐なんて夢のまた夢だ。奴等を倒せるくらいに強くなってやる! 冒険者になってクエストをこなす。資金は魔法袋の中に十分にあるが、これにはあまり手をつけたくない。資金獲得とレベル上げが同時にできるから一石二鳥だろ。もし可能なら強い仲間もできたらいいな……)」
最近は頭で考えていることが寂しさもあってか口に出るようになってきてしまった。まあ、誰も聞いていないからいいが。
この世界で僕は何をやるのか、やりたいのか、それを真剣に考える必要があると思う。もちろん一番の目的は母さん達を殺した奴等への復讐。しかしそれを実現するためにも、具体的に何をなす必要があるか考えるべきだろう。
まずはレベルを上げるのが先決なので、その後のことは街に滞在しながらでも考えるとするか。
街は高い壁に囲まれており、外からの攻撃に備えているようであった。
巨人でも攻めてくるのか?
壁の上には兵士が何人か外を警戒している。大砲やらが複数設置されており、本当に戦争でも起こるんじゃないかと考えてしまう。
前世の日本では見なかった光景だが、この世界の街ではありふれた光景なのだろうか。
門の前では門番が二人立っており、中に入る人にいくつか質問をして目的や身元を確認しているようだった。
そして僕の順番になると四十代くらいの頭がハゲているが、気の良さそうな門番が話しかけてきた。
『おい、坊主。見ない顔だな? お母さんのお使いか?』
「いえ、僕は冒険者になるためにこの街に来ました。身元を証明するものは一切持っていないのですが、街に入ることはできますか?」
これからはできるだけ丁寧な話し方で接するようにしようと考えていたので、早速丁寧語で会話をする。外見が子供だからすぐに舐められてしまうが、丁寧な言葉遣いをすれば少しは馬鹿にされないだろうと考えてのことだ。
『冒険者だと!? その年でか……まあ、冒険者になる奴は人に言えないような過去を持ってる奴がたくさんいる。だからなんで冒険者になりたいのかは聞かない。しかしこれだけは覚えておけ。冒険者は楽な仕事じゃない。死ぬ覚悟が必要だがそこんところは大丈夫か?』
「はい! もちろんです! 僕はなにがなんでも冒険者になって、強くなる必要があるんです! もしそれで死んでしまったとしても、それは本望です」
『そうか……そこまで気持ちが固まってるならおじさんはもう何も言わねぇよ。街の入場に関してだが、百ソルだ。金は持ってるよな?』
「はい!」
門番のおじさんにお金を払い、門をくぐる。
門を抜けると北に進んむメインストリートが姿を現わす。洞窟や村では考えられないような多くの人や店が軒を連ねている。
通りには市民よりも冒険者っぽい人の方が多い。オープンカフェでは多くの客が談笑を交わしている。
平和だ。
メインストリートには他にも、冒険者向けの宿屋、飲食店、武器屋、日用品が売っている店などがあり、多くの人で溢れている。歩きながらスキル【超聴覚】を使い、情報収集を始める。
『ぜってぇー俺が一番にあのダンジョンをクリアしてみせるぜ』
『まだダンジョンの情報が少ない。今はまだ様子見がいいだろう』
『おい、聞いたか!? あのダンジョンの最下層には今までにないお宝が眠っているらしいぜ』
『最近はダンジョンが発見されたせいで、この街には冒険者が多くなったねー。少し治安も悪くなったみたいで怖いわー』
『私は静かな頃のこの村が好きだったわ』
一攫千金を狙う冒険者に人気のダンジョンが最近新たに見つかったようだ。それでこの街に滞在する冒険者が増えているとのこと。
ふむふむ、ダンジョンとは心踊る単語ですね。ラノベ好きとしてはワクワクしないわけないでしょ。僕も冒険者に慣れてきたら行って見るのもいいな。
「さて、街に着いたし……まずは冒険者ギルドかな」
メインストリートを歩くと、武器屋に目がいってしまう。
そこは整然と剣や鎧が並ぶ武器屋。職人の手によって作られた精巧な武器から目が離せない。うちの村にあった武器屋とは月とスッポンだな、と思いながら武器屋を後にする。
メインストリートを少し歩くと冒険者ギルドがあった。だいたい街の中心部にある。
冒険者ギルドのドアを開けようとすると、先にドアが開いて中から一人の女性が出てきた。
「おっと」
『キャッ! ご、ごめんなさい! い、今急いでて……』
『おい! 早く来い! このクソ犬が!』
『す、すいませんでした』
(犬?)
彼女は身長が僕よりも少しだけ高いくらい、細身なのに出るところは出ている。焦げ茶色のショートカットが非常に似合うアイドル顔負けの美人さんだ。
そしてよく見ると頭の上に耳が付いている。お尻にはモフモフの尻尾。
―――獣人だ!
この世界に来て初めて獣人を見た。しかもいきなりの美人さん。どうして異世界はこうも綺麗な人ばかりいるのだろうか。
よく見ると首には首輪がされているので、もしかしたらさっき叫んでいた男の奴隷なのかもしれない。
なんて羨ましいんだ。きっと夜は毎日お楽しみなんでしょうね!
そんなことを思いながら冒険者ギルドの扉を開く。