異-17 謎の襲撃者
「フレイヤ、それじゃ行ってくるね! 今日も夕方までには戻るから」
『うん! 気をつけてね』
フレイヤと付き合ってから二週間が過ぎようとしていた。
すでに山賊団の連中には話が広まっている。中にはまだ付き合っていなかったことに驚いている人もいた。
『はっはっはー! ついにヴァンも大人の階段を登ったっていうことだな! もしいろいろとわからないことがあったらティンバーお兄さんに聞きな! なんでも教えてやるからよ!』
『ヴァンちゃん、そっち方面はティンバーは信用しない方がいいよ。今まで何度女性に告白して玉砕していることか。挙句にはいかがわしいお店に入り浸るようになって、今では出禁になっているお店も多いみたいだからね』
「わかってるよ、リムさん。ティンバーさんに相談をすることは金輪際ないよ」
『リム、なんでそのことを知っている!? 誰にも気づかれていないと思ったのに……。そしてヴァンよ。頼むからそろそろ俺のことを許してくれよー』
ティンバーさんはいい人ではあるが、過去のことがあるので相談するということは、何を言われようと今後一切ないだろう。すまんな、ティンバーさんよ。
お店に行っているというのも、少し引いたしね。
フレイヤと付き合ってからは、ニョルズの森へ魔物狩りへ行く前は必ず会うことにしている。
「じゃあフレイヤ、いつものやつ」
『はいはい、わかってるよ。ヴァンは好きだねー。……行ってらっしゃい、あ・な・た』
―――チュッ
そしてお別れするときは行ってらっしゃいのキスだ。フレイヤに言わせている言葉については、触れないでおこう。
なんかリア充ですんません。
本日も行くのはおなじみのニョルズの森だが、もう少し森の奥まで今日は行ってみようと考えている。
今のところニョルズの森で遭遇した魔物は【ブルースライム】、【グラン・ラビット】、【ゴブリン】のたった三種類だけなのだ。
もしかしたら奥まで進めば他の魔物に遭遇できるのではないかという期待を胸に、今未踏の地に足を踏み入れた。
洞窟を出てから二時間は経っただろうか。結構奥まで進んできたが、新しい魔物どころかなにも生物の気配がしなくなってしまった。
「どういうことだ? 森の奥地には魔物が生息していないのか? いや、そんなことはないはずだ。あちこちに足跡や爪痕があるからな。真新しいものもあるけど……なんでなにとも遭遇しないんだろう?」
なにかこの森であったのか。
もしくはなにかがこれから起ころうとしているのか。不安と困惑した気持ちを抱いたまま、僕は森の奥へ足を進める。
するとなにか嫌な気配、いやそんな簡単な言葉では言い表せない、この世の物とは思えない何かがいるような気がした。
木々の隙間から人影が二つ見えた。二人とも黒い外套のような物を着て、頭にはフードをかぶっているので顔はわからない。それでもわかるものがあった。彼らの圧倒的な強さ。この世の頂点に君臨しているのではないかと錯覚してしまうほどの強さ。
僕は慌てて物陰に隠れる。
―――あいつらはヤバイ!!!
直感みたいなものが僕にそう囁いていた。鑑定をするまでもなく、自分と相手の力の差がわかった。それ程力量差が我彼にはある。
身体中から汗が流れる。目には涙が溜まり、身体が震えないように両手で足と身体をガッチリと抱きしめる。
これまで森の中で命の危険がなかったことも一因だろうが、僕は油断をしていた。森の異様さに気づいていながら警戒を全くしていなかったのだ。自分より強い存在が近くにいるとは、全く考えていなかった。
そのせいで僕は一人でこんな森の奥まで来てしまった。そんなことを考えながらも、スキル【聴覚発達】を使用し、彼らの会話を盗み聞きする。
『彼らは人族にしてはなかなか強いが、すぐに肩ずくでしょう。終わり次第、すぐに城に戻り実験を開始しましょう』
『そうだな。この場所はどうも私には合わない。我が城で休息がしたいものだ』
(肩ずく? 実験? なんの話をしているんだ?)
―――ズドォオオオオオオン!!
『『『『うわぁあああああああー!!』』』』
直後、大きな爆発音と共に洞窟や村の方から上がる仲間達の悲鳴に振り返る。
―――ポキッ
「……!?」
やっちまった……足元にあった枝を踏んでしまった。
『誰だ!?』
(やべっ! バレた! どうする……逃げろ!!)
危険と判断し僕は即座に後ろを向き全力で逃げた。
職業【魔法使い】を外し、【武闘家】を就ける。
足に闘気を集め、最大速度でこの場を退ける。
『どうしますか? あの人族の子供、殺しておきますか? もしかしたら話を聞かれた可能性もあります』
『ふっ、なんの害にもならないが、念のため殺せ。私は先に城に帰っている』
『ははっ!』
……あいつら僕を殺すって言ってますよ。これおわたかな……。
いや、まだ終われるわけないだろ! まだこの世界でやりたいことがたくさんあるんだ! いろんな場所に行って見たいし、エルフやドワーフなんかにも会ってみたい。そしてなにより、まだフレイヤとやることやってない!!
全力疾走しながらスキル【聴覚発達】で聞こえてくる会話に冷や汗が止まらない。しかしなんとしても逃げなければ。捕まったら確実に殺される。
「は、走れ走れ走れ走れ走れ走れ――ッ!!」
全速力でやつらから離れる。もうあとのことなんか考えてられない。闘気を出し惜しみなく、最大出力で森の中を走り抜ける。
そんなとき、上空から落下してくる人影。
なんと先ほどいた奴らの片割れだった。
「嘘だろ、おい……」
嫌な臭いがする汗が一気に吹き出す。
僕は今までにないくらい全力疾走をした。今も息が切れている。闘気もかなりの量を消費した。しかし相手はどうだ。息を切らすこともなく、平然と僕の前に立っている。力量差が大きすぎて笑えてくるぜ。
『もう鬼ごっこは終わりですかね。人族にしては足が早かったですが、それでも私には遠く及ばなかったですがね』
(どうする……もう一度走って逃げるか。いや、無駄だろう。奴の速さは異常だ。じゃあ魔法で……ダメージを与えられる気がしない。剣も拳も奴には効かないだろう。しかしここで死ぬわけにはいかない……なにか手を考えるんだ)
そんなことを考えたところで、奴は俺の考えを見透かしたように笑った。
『あなた方人族がどんなに頑張っても、私に傷一つつけられないですよ。諦めなさい』
「待ってくれ。いや待ってください。僕はあそこで聞いたことは忘れますし、誰にも言いません。ですから命だけは助けてもらえませんか?」
『命乞いですか。そこまでして生きたい理由があるのですね。しかしその願いを聞くことはできません。我が主人からの命令でね。あなたを殺せと!』
一気に殺気が膨れ上がった。この場にいるだけで気を失いそうだ。
すぐに回避行動を起こせるように足に闘気を集中させる。
―――くるかっ!
すると奴は猛烈な勢いで僕との間合いを詰める。
(えっ!? もう目の前に!!)
気づいた時にはすでに終わっていた。
いつの間にか、心臓のある位置を剣により貫かれていた。
僕はその場に崩れ落ちるように倒れた。
「うがっ……」
『ふっ。もう少し抵抗して欲しかったものですね』
奴は微笑しながら呟いている。
『汚れている人族の血なんて触れないですね。聖剣は後で奇襲隊にでも回収させますか』
体を反転し、元いた場所に向けて歩き始める。
『さよなら、人族の子供よ』
僕は薄眼を開けながら、彼がいなくなるのをじっと待つのであった。