異-14 貴族襲撃
数刻前、山賊団は洞窟を出て、貴族襲撃に向け足を早めている。
先頭はリムさん。貴族を見つけたポイントまで先導してくれている。
先程までは違い、なんとも言えない緊張感に包まれている。いつもふざけあっているティンバーさんとリムさんも一言も会話をせず走っている。
―――当たり前か。
これから命をかけて貴族を襲うんだ。
その中に僕も入っている。もちろん前世では命を掛けた戦いなんてしたことがない。少しでも気を抜けば足が震えそうだ。
しかし表情はなぜか薄く笑みを浮かべている。
『お前は怖くないのか? これから命を掛けた襲撃を行うんだぞ』
「もちろん怖いよ。 すっごく怖い。今にも足が震えておしっこちびりそうだし。でも楽しみでもある。やっと大人の仲間入りができたからね」
『そういうものなのか。他の団員が始めて参加した時はもっとビクビクしていたぞ。やはりお前は大物になる素質があるのかもな』
「うちの団員で唯一の常識人であるヒュミルさんにそう言われると嬉しいな」
『……なんだそれは』
ヒュミルさんは微かに笑みをこぼしながらも、前を走るリムさんを見据えている。
『ヴァン、さっきも言ったけどアンタは今回後衛で待機していなさい』
「わかってるよ、母さん。でもこっちに貴族や冒険者が来たら戦うからね?」
『まあ、そんなことはないと思うけどね』
母さんは少し考えるそぶりを見せると、話を続けた。
『本当はヴァンには山賊団には入って欲しくなかったのよ。犯罪を犯してほしくないし、ましてや人殺しなんてして欲しくない。……そう思っていた』
「……」
『だからどんどん強くなっていくヴァンを見て、いい気分ではなかった。でもね……今は違うわ。今はこの山賊団を引っ張ってもらいたいと思っている。だから今回よく観察して、今後に活かしてちょうだい』
「……うん。わかった」
母さんの気持ちを始めて聞いた。僕も少しは感づいていた。母さんが僕に山賊団に入って欲しくないと思っていること。
気付かないふりをしてここまで来た。
母さん、気づいてる? 僕だって母さんに危険なことをしてほしくないんだよ。母さんは団長だから辞めろなんて言えない。
だから僕が山賊団に入って、近くで母さんを守りたいんだ。
もう家族を失うことはしたくない。僕が家族を守るんだ!
決意を新たに、僕は表情を引き締めた。
−−−
日が傾き始めた夕刻。
僕たちは、貴族たちがテントを張っている広場近くまでやってきた。
テントの数は三つ、馬車も三つある。広場には数人の冒険者が見回りをしている。
リムさんの話では冒険者が六人。貴族が四人。僕たちは僕を含めて十二人。数が多すぎると勘付かれて逃げられてしまう可能性もあったため、少数精鋭でここまできた。
もし逃してしまった時を考慮して、少し離れた場所で他の団員が包囲網を形成している。
作戦としてはこうだ。
まず実力がある冒険者六人を倒す。母さん、ティンバーさん、リムさんが一人ずつ対応し、他の団員は二人一組で冒険者一人を対応する。
魔法使いのヒュミルさんは各戦闘の状況を確認しつつ、魔法でサポートをする。
僕ともう一人の団員ディグルさんは後方で待機。万が一のときの対応をする。
いつでもサポートに入れるように職業は魔法使いに就いておく。
そして母さんが手を上げ、戦闘開始の合図をすると同時にヒュミルさんが魔法を放った。
『ファイヤーボール!』
ヒュミルさんは次々に火球を敵の陣地に放り込む。辺りはあっという間に火の海とかした。
『行くぞぉおおおおおー!』
『『『『うぉおおおおおおおー!!』』』』
一斉に団員が冒険者達に襲いかかった。
冒険者達はいきなりの事態に驚きの表情をしている。
『ギャアァアアアアアー!』
冒険者は怒声にも似た金切り声を上げる。
辺りでは激しい戦闘が繰り広げられ、作戦通り団員達は予定通りの相手と戦闘を行なっている。
ここまでは順調だ。順調すぎるほどだ。なにか、言葉には言い表せない嫌な感覚が僕を襲う。
その感覚を振り払うように、スキル【聴覚発達】を使用し戦場の会話を聞く。
『オラオラァー! くたばりやがれー!』
『くそっ……なんて馬鹿力だ』
ティンバーさんは剣を力一杯振り回し、相手を防戦一方にしている。
『こんなキレイな私に殺されるんだから喜びなねー』
『このガキー! ちょこまかとうごきまわりやがって……ぐはっ!』
『ガキじゃないよー! キレイなお姉さんだよー!』
リムさんは持ち前のスピードを活かし、冒険者の攻撃を避けつつダメージを与えている。
『ニ対一なんて卑怯だぞ! 正々堂々と一対一で戦えねぇのか!』
『はっ! 山賊に正々堂々を求めるんじゃねぇよ、バカが!』
『ははははは! 違いねぇ! ……冒険者様よぉ……早く死んじまいな!』
他の団員も優勢だ。これなら僕の出番はないかもな。残念だけど今回はよく観察して、得るものを得ないと。
じゃないと次も傍観者になっちゃうからな。
母さんは相手を圧倒し、最後のとどめを刺すところだ。
「……ん?」
急に空気が変わった気がする。
なにか嫌な予感がした。
脳内で警鐘が鳴り響く。
『なんだこりゃ……やべぇ。とんでもない隠し球がいるぞ……』
『ヤバイよー! もう一人とんでもないのが隠れていたよー!』
ティンバーさんは珍しく真剣な表情を浮かべている。
―――ドンッ!!
その瞬間、馬車の扉が吹き飛ぶ。扉ははるか後方に飛んでいった。馬車から出てきたのは、漆黒の外套を羽織った男。
手には大きな大剣を持っている。
出てくるとすぐさま近くにいた母さんを切りつける。
完全なる不意打ち。
「母さん危ない!」
『……っ!?』
母さんは振り向きざま漆黒の剣士の大剣を自身の剣で受け止める。
―――ガァーーーン!
激しい剣と剣がぶつかる音が戦場に響く。
母さんは大きく後退し、尻餅を打っている。手に持っていた剣は遥か遠方に弾き飛ばされている。
『起きてみればなんだこれは? 噂の山賊の襲撃か。他の奴らはいいようにやられやがって』
『デュランダ! なにやってたんだ! 早く山賊を殺せ! 皆殺しだ!』
『わかってますよ、貴族様。その代わり報酬の増額お願いしますよ』
『わかったから早くしろ! 絶対に荷物を奪われるな!』
デュランダと呼ばれる漆黒の剣士と隠れていた貴族が話し合っている。漆黒の剣士は話が終わると、すぐさま母さんを見据える。
(やばい! あいつ母さんを殺す気だ!)
「だ、誰か母さんを助けて!」
僕はみんなに聞こえるようにできる限りの大声を張り上げた。
ヒュミルさんは厳しい表情をしている。今彼女は他の冒険者にかかりっきりで母さんを助けることができない。
ティンバーさん、リムさんも自信が相手している冒険者から離れることはできない。
漆黒の剣士は嘲笑うかのように口角を歪めた。
『俺様の眠りを妨げやがって……死ね』
男は剣を抜き放ち、上段に構えた。
『うぉぉぉぉっっ!』
気がついたら僕は叫びながら、男に向け突進していた。
闘気を足に集中し、地面を力一杯踏み込む。まるで銃の弾丸のような勢いで男に向けて撃ち出される。
「母さんに手を出すなぁあああああああ!!」
よりいっそう声を張り上げる。鼓膜が破れんばかりの大声。
凄まじい加速感だった。
その勢いのまま、男へ全力の【ウインドカッター】を放つ。凄まじい速度で放たれた無数の刃は、男の身体を通り抜ける。
男の動きは止まった。
その直後、体のバーツがずれ落ちていき、赤い液体を噴出して一気に崩れ落ちた。僕は初めて人を殺した。しかし今はそんなこと考えている場合じゃない。
僕は大量の血を全身に浴びながら、母さんに話しかける。
「母さん大丈夫!!」
《スキル【鑑定】を獲得》
《スキル【闘爆閃】(剣士)を獲得》
突然脳内に声が響いた。
だが、今はそのことに構っている余裕は微塵もない。
『う、嘘だろ……あいつは銀等級の冒険者だぞ。それがあんなガキに……』
貴族の男を一目見ると、その瞳には驚愕の感情が込められていた。
貴族達は馬車の近くで寄り添って集まっていた。
『ヴァン……』
「母さん大丈夫……うわっ」
母さんは僕の腕を取って身体を引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
『あんな無茶して……けどありがとね。助かった』
「どういたしまして。母さんはここで休んでて。あとは僕がやるから」
そう言って立ち上がり、空中に青い火球を複数出現させる。
「みんなどいて! いっけぇえええええ! 【ファイヤーボール】!」
火球はそれぞれ違う方向に飛び散る。
コントロールされた火球はそれぞれ狙い通りに冒険者達へと到達する。千度を超える炎に包み込まれた冒険者達は一瞬にして灰と化した。
『うっへぇー。なんて威力だよ。もうあいつをからかうのはやめておこう』
『ヴァンちゃん……私の出番を全て奪っていったなー。でもすごすぎだよー』
『もう私じゃ足元にも及ばないほど、魔法使いとして成長したな』
団員達は僕の魔法の威力をみて、それぞれ思うことを口にしている。
そんななかふと貴族達がいた場所を見ると、いつのまにかいなくなっていた。
きっと漆黒の剣士がやられた直後にここから逃げたんだろう。
周囲は他の団員で包囲しているから殺されるのは時間の問題。
僕たちは互いの安全を確認すると、馬車に積まれている荷物を回収して周った。