異-13 貴族が来た
森に入るようになってから二週間が経った。
スキル【液状化】を習得してからは、スキルの効果検証をしつつ、森で魔物・野生動物狩りを行なっている。
現在僕はニョルズの森、魔物が出る奥地にいる。
僕は感嘆の息を漏らしながら呟いた。
「うはぁ……いいスキル手に入れちゃったな」
ブルースライムから得たスキル【液状化】。最初はどういった効果のスキルなのか検討もつかなかったが、今では少しは使いこなせるようにはなったのだ。
いやー、このスキル、かなり使える。
スキルの効果としては、その名の通り身体が液状になる。まるでスライムのように。最初使った時は全身が液状化してかなり焦ったけどね。
「元に戻れー」と念じるとちゃんと元に戻ったのでよかったよ。その時の安堵感は半端なかった。
スキルの効果検証をしてわかったことがいくつかある。
まず液状化する身体の部位を特定することができる。腕だけ、足だけと液状化できる。
次に液状化した部位を自分の意思で遠隔操作ができる。もし液状化した身体が攻撃によりバラバラに散っても、操作することにより元どおりに戻れる。
最後にこのスキルの最大のメリット。物理攻撃無効だ。液状化した部位を殴られても、バラバラに散るだけでダメージは一切ないのだ。相手が剣士や武闘家だったら無敵ってことやな。
イノシシ豚の突進をくらう時に咄嗟に下半身を液状化し、下半身をバラバラにされたとき、このことに気づいた。
そういえばブルースライムもどんなに切っても元どおりに戻っていたから、魔法でも斬撃や打撃系統の魔法はダメージくらわないかもなー。その分火には大ダメージをくらいそうだけどね。
下半身ががバラバラに散っても活動に影響はなかったけど、火によって水蒸気になっても生きていられるかまでは確認していない。
そのまま戻れなくて死亡とかしゃれにならんからな。
ちなみにスキル【液状化】をゲットしてから、さらにもう一つスキルをゲットした。
【聴覚発達】
見た目はうさぎの全高二メートルほどの超巨大うさぎから得たスキルだ。このうさぎ、可愛らしい見た目をしていたが、手には血がべっとりついた棍棒を持っていた。
血が滴る棍棒を持って迫ってきたときは、しょんべんチビるかと思ったぜ。
軽くパンツを濡らしつつ放った【ウィンドカッター】で頭を一閃。
この巨大うさぎを三匹倒したときに、スキルをゲットすることができた。
【聴覚発達】を使うと、かなり遠くの音や会話まで聞こえるようになる。だいたい百メートルほど離れている場所の会話も聞くことができる。
職業【魔法使い】のレベルも上がり、闘気・魔気はかなり増大した気がする。
【 職業 】☆=1
剣士:LV.7
武闘家 : LV.5
魔法使い : LV.4 ☆
しかし一つ問題があった。最近なかなか魔物を見つけることができないんです。
数時間森を彷徨って、やっと一匹いるくらい。
僕が倒し過ぎちゃったのかなー。
どうしたらよいのでしょう。
はい、そんな迷える子羊のあなた。
そうあなたですよ。
そんな困ったときはフレイヤさん。
彼女に相談してみなさい。
と、一人芝居しつつ愛しのフレイヤに相談すると、
『魔物は魔物の血に反応すると言われているよね。 だから一匹魔物を倒したら、その魔物の血を辺りにまいてはどうかな?』
「確かに!」
なんて適切な助言。
さすがは僕のフレイヤ。
まだ僕のじゃないって?
これからなるんだからいいの。
今までは倒したらすぐに魔法袋に入れ、血抜き・解体は川辺で行なっていた。
そして現在、フレイヤの言う通りに森の中で血抜きを行ない、血をばら撒いている。
付近は血液特有の鉄臭が充満している。
魔物くるかなー。
−−−
魔物が血の臭いで誘い出せるか心配していたが、杞憂に終わった。
血を撒いてから三十分後、まず一匹目の巨大うさぎが血の臭いに惹かれて現れた。それからは怒涛の魔物や野生動物のラッシュだった。
スライムやイノシシ豚、さらに初めてゴブリンも現れた。
ゴブリンは二匹同時に現れたが、ウィンドカッターで瞬殺した。
本に『ゴブリンを一匹見かけたら百匹はいると思え』、と書かれていたので倒したら即座に森を離れる。
さすがにゴブリンでも百匹に襲われたらひとたまりもないよ。
息を切らしながら洞窟に戻って来た僕は、今鍛錬場に向かい歩いている。
洞窟に入ってからまだ誰ともすれ違っていないから、きっとまだ鍛錬場にみんないるんだろう。スキル【聴覚発達】を使うと、鍛錬場での多くの団員の怒声や悲鳴が聞こえる。
鍛錬場につくと、ティンバーさんや母さん、ヒュミルさんなど山賊団の主要メンバーとその他団員が鍛錬を行なっている。
その中にリムさんはいなかったのが少し気になる。
『おー、ヴァン。もう帰って来たか。今日の成果はどうだったか?』
ティンバーさんの問いに、スッと目を細めて答える。
「フレイヤのアドバイスのおかげでたくさんの魔物や野生動物を狩れたよ。 けど肉はあげないからね」
『おーい、そりゃないぜー! そこまで強く育てたのは誰のおかげだと思ってんだよー』
「すぐに秘密をバラすような人にあげる物は何もない!」
『そんなこと言うなよー』
ティンバーさんは半べそかきながら肉を要求してくるが、肉はお預けだ。
なぜならこの人は僕が森に入って魔物を狩っていることを母さん達にうっかり喋ってしまったからだ。
マジ卍。チョベリバー。
僕もティンバーさんに喋ってしまったのがいけなかった。
夜に二人でフレイヤにどう気持ちを伝えたらいいのか相談しているときに、うっかり喋ってしまった。
きっとフレイヤの話もこの人は母さん達に喋っているだろう。
今のところ母さん達からのお咎めはない。きっと僕の実了なら魔物相手でも大丈夫だろうと思っているのだろう。
しかしこんな人に恋の相談するなんて僕はどうかしていたぜ。
次からはヒュミルさんといったきちんとした大人に相談しなきゃな。
僕が一人落ち込んでいると、後方から誰かが駆け込んでくる音が聞こえてくる。顔を後ろに向け確認してみると、それはリムさんだった。
息せき切って走ってきたリムさんは、母さんの元へ詰め寄り、大声で叫んだ。
『貴族が来たよー!』
話を聞くと、貴族が馬車3台ほど連れて、森の街道に来たようだ。ここは深い森の中。本来なら危険すぎて、貴族が通らない場所。
商人であれば街に行くための近道になるので、通るのはわかる。しかし貴族が街に行くために危険を冒して森の街道を通ることは滅多にない。
貴族が森の街道を通る理由は一つしかない。狩猟だ。
狩猟目的で複数の冒険者を引き連れてくることがしばしばある。きっと今回も狩猟が目的だろうとリムさんは推測する。
今回は護衛の冒険者が6名、見た感じだとそれなりに強そうだったと言う。
舌なめずりを一つしてから、母さんは言った。
『全員準備しな!』
『『『『うぉおおおおおおおっ!』』』』
母さんの一声で、鍛錬場にいた団員は慌ただしく戦闘準備を開始した。
僕はそれを目にして、すぐさま母さんのそばに行き声を掛ける。
「僕も連れて行って!」
『ん……』
母さんは僕に向けて怪訝な顔をした。軽くため息をついて僕のそばに立つ。
そしていつになく真剣な口調で答えた。
『だめだ。私たちは遊びに行くんじゃない。殺すか殺されるかの場所に行くんだ。』
一息ついて母さんは続けた。
『お前に人を殺す覚悟はあるのか? お前は私たちのサポートをすることができるのか?』
団員達は会話に加わらず、ただ僕たちの話を聞いている。
「……もちろん人を殺す覚悟はあるよ」
母さんの問いにすかさず答える。
もちろん僕はまだ人を殺したことがない。前世は平和ボケした日本人だったので、人を殺すことを躊躇わないと言ったら嘘になる。
けど覚悟はできている。この山賊団に生まれた時点で、僕はいつか通らなければならない道だと思っていた。
それなのに今更その気持ちを確かめてくる母さんに対して幾ばくかの怒りを覚えた。
僕は怒りで上ずった声で母さんに訊く。
「僕はこの山賊団でも上位の強さを持っている。それでも僕は足手まといになると思っているの?」
母さんの瞳は悩ましげに揺れた。
実力は申し分ない。だが年が若い。若すぎると思っている。まだ僕は七歳の子供だ。いくら実力があるからって子供であることは変わらない。
僕が母さんの立場でも反対するだろう。それが当たり前の反応だ。でも僕は行きたかった。少しでもみんなの力になりたい。せっかく力をつけたのに意味がない。
『ヴァンは我が山賊団で最も若くはあるが、実力は群を抜いて一番だろう。私は彼が一緒に来てもいいと思うぞ』
ヒュミルさんは僕が同行することに賛同してくれた。
『俺もヴァンが来ることには賛成だ。遅かれ早かれいつかは行くんだ。それに副団長がいうように実力は申し分ない』
『私もヴァンちゃんには来てほしいなー。相手から離れた位置にいれば危なくないし、ヴァンちゃんは魔法で遠距離からサポートできるしー』
ティンバーさん、リムさんも賛同してくれている。あとは母さんがどう言うか。
『それで、団長様。ヴァンは連れて行くんですか? 連れて行かないんですか?』
ヒュミルさんは母さんに話を振る。
母さんは口元に手を当て一考し、僕たちの意見に賛同した。
『はぁー……わかった。連れて行く。しかし! 戦闘には極力参加するな。いくら実力があっても経験が足りない。もし自分の身が危なくなった場合は戦闘を許すが、それ以外は観察に徹しろ。 いいな?』
母さんの話に、僕も含めて全員が納得しながら頷く。
母さんは言い終わると、弱々しく微笑み、戦闘準備を始めた。
僕はついに母さん達の仕事に付いていくことができる。
もちろん遊びじゃないのはわかっている。そこは人の命が簡単に無くなる場所だ。もしかしたら団員も何名か死ぬかもしれない。
心臓は激しく脈打ち、身体中からは緊張からか汗が止まらない。落ち着かない自分がいる。
しかし僕はこんな状況でも表情を緩め、笑みをこぼしているのだ。