異-9 彼女をかけた戦い
『ヴァン! 初めから全力で行け! 気を抜いて勝てる相手じゃねぇからな。 ラウルはスピードはないが、技術と力がある。 お前が勝てるとしたらスピードで翻弄するしかないぞ』
「うん! まずは相手に先制をさせて様子を見てみようと思うよ」
『ティンバーなんか最近ラウルに押され気味だもんねー。 ヴァンちゃん、私と稽古した経験を活かしてやっつけちゃいなさい』
「了解! リムさんほどスピードがあるとは思えないから、きっと大丈夫! ちゃちゃっとやっつけてくるよ」
ティンバーさんとリムさんが激励をくれた。
みんなが見てる前でかっこ悪いところなんて見せられない。
それにフレイヤをあんないけ好かない奴に渡してたまるか!
『ヴァンあんな奴ぼっこぼこにしてやれ』
『年上だからって華を持たせてやろうなんて思うなよ』
『泣かしちゃれー!!』
あれ?
なんでみんな僕の応援しているんだ。
ラウルも同じ山賊団の仲間なのに。
『(実はラウルはほとんどの団員に嫌われているんだよ)』
怪訝な顔をしているとヒュミルさんが耳元で誰にも聞こえない声で囁いて訳を教えてくれた。
あー、そういう訳ね。
あんな性格だから他の団員にも良い印象を持たれていないのだろう。
そして母さんはというと、
『はぁー。 なんでこうなっちゃうんだろうねー。 六歳児が女の子をかけて試合なんて。 やっぱりヴァンはあいつの子供なんだね』
一人頭を抱えて呟いていた。
呟きを聞いて気になることが一つ。
母さんよ、父さんは女好きだったのかい?
『どいつもこいつも雑魚がうるせぇ! 早くやろうぜ。 それともママに助けてもらわないと何もできないのか』
「僕は準備ができてるからいつでもいいよ」
『けっ!』
ラウルの安い挑発には乗らず、たんたんと言葉を返す。 この方が奴はムカつくだろう。
お互いに少し距離を置き戦闘態勢に入る。
『では審判は私がやりますね』
ヒュミルさんが審判を申し出て、ルールを説明してくれる。
ルールは相手を気絶させるか、降参させた方の勝ち。
獲物は死人が出ないように木刀のみ。
団員達の中でも言い争いや、解決しない問題があったときはこのルールに則って試合を行うらしい。
ふとティンバーさんとリムさんに視線を送る。
二人とも『負けんじゃねーぞ!』と叫ばんばかりの顔をしている。
「了解です」
よし。 こっちも仕掛けるか。
僕は心底可笑しそうに声を出して笑った。
もちろん可笑しいことなんて何もないよ?
ただ彼を挑発しているだけ。
見てみな、彼の表情。
今にもキレそうに顔が赤らんでいる。
『てめぇ、なに笑ってやがる!!』
「いやいや、ちょっと思い出し笑いしただけだよ」
『余裕かましやがって! 早く試合を始めろ!!』
ヒュミルさんは「はぁー」と溜息をつきながら、右手を上げた。
『それでは試合、はじめっ!!』
右手を下に勢いよく降ろすと同時にラウルが踏み込んだ。
(スピードが思ったよりも早い!)
僕のすぐ近くまで近づくと、縦に一閃。 素早い攻撃を仕掛けてきた。
(だが僕も素早いリムさんと鍛錬をしてきたんだ。 これくらいの攻撃問題なく避けれる)
後ろに後退し、一撃目を簡単に避ける。
いきなりのチャンス到来!
彼を怒らせたのはこのチャンスを作るため。 怒りに任せて振られた剣は大きく空を切る。
大きく剣を振ったラウルは隙だらけ。 一撃を加えようと踏み込もうとしたその時だった。
『くらえっ!』
「 ん!」
ラウルの空いたもう片方の手からナイフが飛んでくる。
狙いは顔面。
思いっきり身体を左に傾け、ナイフを辛うじてかわす。
その瞬間、
「ぐえっ!」
腹に凄まじい衝撃を受けた。 ナイフを避けるのに必死になり、闘気を腹に集める前にラウルの蹴りをくらった。
ドンッと背中が壁にぶつかる。 肺の空気が一気に吐き出された。
そのまま僕は地面に膝をついた。
『おいっ! 木刀以外は反則だろ! ラウルてめぇ!!』
『そうだそうだ! 正攻法じゃヴァンちゃんに勝てないからってズルいぞー!』
『うるせぇ! 俺は遊びの試合をやってるわけじゃねぇんだよ! 女をかけた真剣勝負をやってんだ!』
ティンバーさんとリムさんが文句を言ってくれている。 さすがにさっきのは危なかった。 避けれなければ死んでいたかもしれない。
そう思うと怒りがこみ上げてくる。
「はっ、頭の子供だからって大したことないな。弱いお前に彼女は似合わねぇんだよ! まあ、奴隷落ちしたような女だ。 今謝るんなら、俺様が楽しんだら少しはお前にも楽しませてやるよ」
ブチッ!
聞こえるはずのない音が聞こえた。
その瞬間、僕はキレた。
「殺す……」
爆発的に増えた闘気を拳にまとい、ラウルに向けて駆け出す。
こいつは彼女を侮辱した。
僕が守ると、幸せにすると決めた女性を。
絶対に許さない!
さあ、おしおきの時間だよ!!
ラウルの正面に向け直進する。
『単純に直進してくるしか脳がねぇのか! 死ね!!』
上段から振り下ろされる木刀。
それに目掛けて、拳を突き出す。
バキッ!!
『なにっ!?』
木刀はこぶしの突きにより、真っ二つに折れる。
そしてすかさず、拳による一撃を腹に入れる。
『ぐへっ!』
まだまだこんなものじゃすまさない。
顔面に、足に、肩に、腹に、胸に、さまざまな箇所に拳を入れる。
特に顔面に。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
気合いを入れて殴っていたら、某有名な掛け声が出てしまった。
気が済むまで殴り、ラウルと見るとすでに気を失っていた。
身体はボロボロ。 特に顔が。
決着がつくといち早く僕の元にヒュミルさんがやってきた。
そして僕の右腕を握り、天高くかざした。
『この勝負、ヴァンの勝ちだ!!』
『『『『うぉぉぉぉぉぉぉーーー!!!!!!』』』』
みんな一斉に雄叫びを上げ、僕の勝利を祝うように拍手が鍛錬場の中を鳴り響いた。
母さんはゆっくり歩いて近づいてきた。 一メートル程離れた場所で立ち止まり、僕の顔をじっと見つめている。
僕も母さんの目を見つめる。
『あんた知らない間に強くなったね。 今度は母さんが稽古をつけてあげるよ』
母さんは僕を抱きしめるそぶりを一瞬したがやめた。 きっと人目があるがゆえの配慮だろう。
「うん! お願い! 僕も母さんと稽古したかったんだよね」
『ふっ、私はティンバーやリムみたいに甘くないからね。 覚悟してなさい』
僕と母さんは笑顔で会話をした。
母さんとの会話がひと段落すると今度はティンバーが駆け寄ってきた。
なぜだろう。
僕の本能が危ないと警鐘を鳴らしている。
『お前ってやつはーーーー! 心配させやがってーーーー!!』
言葉を放った瞬間、いきなり抱きしめられた。
しかも力一杯に。
「ティ、ティンバーさん……痛い……骨が折れるよ……」
『てめぇ、よく勝ったなー! しかしあんな技いつ覚えたんだよ?』
『そうそう! あんなの私との稽古のとき使わなかったよー』
技? オラオララッシュのこと?
『すんげぇ闘気が腕に集まっているように見えたぞ』
『私は相手の闘気の流れを見る力に長けてるけど、あそこまで身体中の闘気を一部に集めることができる人初めて見たよー』
要約すると、僕は身体に流れるほぼすべての闘気を腕に集めてたらしい。
闘気の観察眼に優れたリムさんが言うんだから間違いないだろう。
それで子供の僕でも木刀を簡単に折れたのか。
『闘気コントロールに優れた私でもあそこまではできないよー。 普通少しは身体に闘気は残っちゃうもん』
僕が怒りで身につけた闘気コントロール。 すごいように聞こえるが、実は諸刃の剣でもあるのだ。
なにせ身体中の闘気を一部に集める。 すなわち他の部位は防御力ゼロになるのとイコールだからだ。
怒りに任せて使わないようにしなくては。
目の前に目を向けると、顔をボコボコにされたラウルが他の団員に肩を貸してもらい、僕の正面までやってきた。
『今回は……油断した。 だが次はそうはいかない……だから………』
だからなんだ?
横をふと見ると、ティンバーさんが凄みを利かせていた。
そのせいでラウルの声が徐々に小さくなっているのか。
『覚えてろよー!』
最後はどこぞの逃げるチンピラのようなセリフをはいて帰っていった。
「はぁー。 疲れた……」
僕は溜息をつきながらボードを開き、職業レベルが上がったか確認をする。
そして気づいた。
【 職業 】☆=1
剣士 LV.3 ☆
武闘家 LV.1
あっ、職業増えてね?