ヤクシ7
ヤクシはこれにて終了です。ちゃんと風景をかけたタイトルに恥じぬ話になったので、満足です。
休憩後は長くて果ての見えぬ下り路をいく。高度が下がり、緑の勢力が幅を利かせるようになっていく。木々も高くなり、四周が一望のもとだった状況から、道の先しか見えぬ展望の利かぬ状況へと。一応道らしきものは残っているが周囲の木々が旺盛な生命力で、葉を道の上まで垂らし、その唯一の視界までもを遮ろうとする。
石のゴロゴロした雨が降ったら酷いことになるであろう道を歩く。確実に水没してしまうだろう。この頃天気のいい日が続いているのが幸いだ。
谷のようになり、まがりくねり、別の谷と出会い、木々が頭上を覆い、水の流れるせせらぎの音が聞こえる。こう言った沢の周りの雰囲気は独特だ。基本的に涼しげだが、流れが止まったところのあたりではなぜか空気もよどんで感じられる。そういったところはヤブ蚊が大量発生していることがあるので注意が必要だ。
下りきったところ。ヤクシから渡るようにと言い渡されていた川は、想像していた以上であった。
大きな岩岩の間を激しく水が通り過ぎる。岩にあたり弾け、身を翻してはまた別の岩へ。まるで水しぶきの輪舞曲だ。
川幅は、そこまで広くはないとはいえそれでも差し渡し10mはありそうであった。その上、岩が水の流れをいたるところで止めていた。その岩の上を渡れるのであればいいのだろうが、水しぶきが飛び散った岩はどう考えても滑る。あの時なら詰んでいたであろう状況。だが、僕らは成長した。そう、主にシロが。彼女は以前はできなかった、体に重いものを抱えての飛行が可能となっているのだ。
「シロ。任せた。」
「オッケーじゃ。」
打てば響くような答え。さすがは最初期からの仲間だ。
「とりあえずはユウキからかのう。しかし、お主ら二人は本当にいつになったら浮遊法を覚えるのじゃ。」
イチフサとサクラは二人ともギギギという擬音が似合う感じで目線をそらした。気にはしているけれど直すこともできないと言ったようなものなのだろうか。
シロは露骨にため息をつくと、ユウキを小脇に抱えて飛び立った。そのまま、強化された風の力を存分に活かし、向こう岸まで渡りきる。全くもって危うげのない。さすがはシロだ。
「これは思っていたよりも手間がかかるんじゃが。都合四回の往復って。重労働すぎるじゃろう。」
戻ってきたシロはぶつくさ文句を言っていた。それでもちゃんと運ぶんだからシロは偉い。
ついでシロに運ばれるのが嬉しくて仕方のない様子のイチフサ。
さらにツンデレるサクラを乱暴にひっつかんで、シロは三度目に飛行へ入った。三度目ともなると扱いが多少ぞんざいになるのも無理はない。向こう岸についたサクラは覚えてなさいよー!と捨て台詞のようなものを吐いていた。
「ようやくラストかの。正直腕が疲れたわい。向こうに渡ったらしばらく休憩でよかろう?」
僕のそばに立ったシロは、上目遣いでそんなことを提案してくる。シロが本物の幼女なら僕に甘えていると勘違いされて、ロリ犯罪案件になってもおかしくないくらいだ。だが、シロの地位は僕より数段上であることは間違いないわけで、別にこちらに決定権を求めなくてもいいんだけどなあとは思わないでもない。
「いんや。お主がリーダーじゃ。それは曲げられぬし変えられぬ。」
シロは以外にも強力な意思のこもった瞳で僕を見つめて、そう断言した。
⋯⋯ そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり、おんぶに抱っこ状態なのはどうなのかなって。シロがいなくちゃ何もできなかったわけだし。
「わしらのうち誰か一人が欠けても何もできなかったの間違いじゃ。それぞれに役割があるから面白いんじゃよ。⋯⋯ わしも料理できないしのう。」
シロは自分の傷口を開いてまで僕を慰めようとしてくれた。僕はあっけにとられた顔をする。シロはわりとひねくれていて、自分の感情はあまり表に出さない。出さないというより取り繕うのがうまいというべきか。だから、呆れたような表情をすることが多いのだと思っていた。弱みを見せぬ神らしい態度。こう言ってはなんだが、感情の変化の激しいサクラや一途なイチフサは神というよりはむしろ人間に近い。だが、シロ、彼女はヤーンやタテと並んで今まであった中ではもっとも神らしい神だろう。⋯⋯ ヤクシは神っぽいかと言われると全然そんなことはないし。
「まあ、なんじゃ。わしが滅多に見せない弱みを見せてやったんじゃから、お主も、もう少し自信を持てということじゃ。伊達に神と共に旅をしてきたわけじゃないのじゃ。お主らは強い。」
しばらく黙って、僕は頷いた。素直に嬉しかった。これまでの苦労が報われたような気持ちがした。ただシロに認められた。それだけで僕は舞い上がる。
「ではわしに掴まるが良い。」
シロは言い過ぎてしまったことを恥じるかのように顔を背けてこちらに手を伸ばした。
その白い腕を手にとって、僕は一言だけ言う。
「ありがとう。シロ。」
答える声はなく、一瞬で僕らは空を舞っていた。
僕の体を風で包んで空に持ち上げて先導しているシロの顔は相変わらず見えないけれど、感謝の思いは確かに伝わったと思うから。
いい日だ。僕は、下の逆巻く水の青と山々の狭隘の隙間に輝く空の青を見下ろし見上げて、しみじみとそう思った。
⋯⋯ この日は、おそらく、1番長い日になるかと。盛りだくさんです。




