三郡7
とはいえ、そんな立ち話をしているこの場所は崖の途中の岩の上。なに余裕こいてるんだよとでも言いたい舐めっぷりだ。さすがにもっと安定性のあるところじゃないと。
上を見上げて、登る道を判別する。見つけたのは岩の道。岩の間に土が積もり、小さな廻廊、例えるならばエスカレーターのような小道登りを形成している。手摺として使える岩もあるし、この傾斜にしては登りやすいのではなかろうか。
というわけで、案ずるより産むが易し。立ちはだかった岩壁は横からまわるとかなり簡単に攻略できた。
そして、たどり着いた先、岩の重なる頂。木々のなくなる開けた場所。大岩がゴロゴロと転がる地帯を抜けたそこには、建造物が存在していた。僕らの世界で例えるならお社だろうか。
こんな山の上に存在するはずがない木でできたその建物は不自然なはずなのに不思議とこの岩の頂上の風景と噛み合っていた。
「シロ、これは何?」
この世界に関しては先駆者であるシロに聞いてみる。
「あー、これは別の神の住居じゃの。⋯⋯ そういえば、あやつ、この山じゃったか。裏から来たこと無かったからわからなかったわい。そこまで、交流もないんじゃが、いちおう呼んでみるかの。」
シロはそう言って、社の前に移動した。
「ホウミツ」
ノックして呼びかける。⋯⋯ 返事はない。そろそろっとシロは中を覗いた。
「ふむ、出かけておるようじゃの。」
いないことを確認したらしい。
自分の山だろ!いろよ!と思ったけど、まずシロからして出かけてるんだった。
「わしらは頻繁に他の場所を訪れるから、意外と会うのは難しいのじゃ。」
「そういえば、今までちゃんと聞いたこと無かったけど、やっぱりほかにも山の神様ってたくさんいるんだね。」
「ありゃ、言っておらんかったかの。その通りじゃ。まあ、名の知れた山ならば、おると思ってもらって構わぬぞ。あまりに当たり前じゃったから、お主らに話しておらんかったことを忘れておったわい。」
価値観の相違か。こっちは当然ながら知らないって。
「つまり、この世界にいる神様は、主神と、山の神様だけってこと?」
指を頬に当てユウキは首をかしげた。長い髪が風になびく。
「まあ、例外はおるが、基本その通りじゃ。」
「例外?」
「その枠には収まらぬ神もおるんじゃよ。冥神ドールと双面神ヤヌスじゃ。」
「確かにその二人の名前は前に聞いた気がする。」
「あの二人が1番人間たちには知られておるからのう。まあ、二人とも本拠地に閉じこもって出てこぬし、気にすることはなかろう。会うこともないじゃろうしな。」
「ふうん。」
僕はなぜか二人のことを話すのを億劫がるシロに疑問を覚えたが、まあ、確かに関わることがないなら必要のない情報ではあるので気にしないことにした。
概して険しい山の頂は展望が良いものである。尖った山容による山腹のシャープさが、視界を遮る一つの原因をなくし、山頂付近の木々のなさがそれに拍車をかける。この岩の上に形成された山も例外ではない。
一際高い頂上の岩の上に立ってみれば、元来た道の山々や非常に近くに見える街。そして、街の後ろのその上に緑の島を浮かべた青い海まで一望の元である。さらに、街の向こうの山脈。ここまでくるともはや街よりも近くに見える。その突端の山が僕を誘うように長大な山体を横に伸ばしていた。
さらに南に目を向ける。今まではよく見えていなかったが、どうもこちらにも海があるようだ。穀倉地らしき大きな青々とした平野の後ろに、白い揺れを幻視することができる。こちらではすこし距離が遠いため、青の色は見えないようだ。その海の遥か向こうに、島のように見えるのはこれまた山だろうか。かなり距離があるはずなのにここからでも非常に大きく見える。登ってみたいが、いかんせん遠い。途中に海もあるみたいだし、諦めるしかないか。そこから東は内陸。果てしなく続く穏やかな起伏群が僕の心を掴む。⋯⋯ やっぱり山しか見えない風景は最高だぜ。
そこから、足元を俯瞰する。
所々白い花が咲き、薄紫の花も見え、白い岩まで露出する山肌の光景もいいものだな。
うん、結論としては、この山の眺めは非常に素晴らしいで決まりだな。来れてよかった。
景色を心行くまで堪能して、もう少し休憩をとろうということになった。そんなに僕らは疲れてもいなかったんだが、シロ曰く、この先の下りは厳しいらしい。何万段もの石段が最初から最後まで敷き詰められていて、足に多大な負担をかけるらしい。
「前来た時は、一緒に行った神が泣きそうになっておったわい。それから浮遊法を真剣に学ぶようになったので結果オーライじゃが。」
ホウミツさんの社に無断で上がり込んで休みながら僕らは話に花を咲かせる。
「ああ。その浮く能力って神様ならば最初から持ってるってわけじゃないんだ。」
「そうじゃよ。わりと難しいんじゃからの。」
ふっふーん。自慢げな表情でシロは胸を張る。
様子だけなら幼い子供が無邪気に自慢しているだけのようにも見える。時々、シロは本来の年齢と立場に似合わないそんな子供のような表情をすることがある。それにどんな意味があるのかはわからない。しかし、そんな年相応で不相応な顔は僕の心に残っている。
「剣、ねえ、聞いてる?」
心配そうなユウキの声に我に返った。どうやら考え事をしていたようだ。
「ごめん、ちょっと別のこと考えてた。」
「疲れたまってるんじゃないの? ここで休んだ方がいいんじゃない?」
なおも気遣うユウキ。
「ありがと、ユウキ。うん。大丈夫。」
ユウキはまだ心配そうだったけど、僕は安心させるように微笑んで、話を戻した。
「それで、そのとき何でシロは瞬間移動でここまでこなかったの? 別にできなかったわけじゃないでしょ。」
「もちろん出来たんじゃが、そのさっき言った神と待ち合わせておったし、ホウミツのやつも一回登ってみることを勧めてきたのじゃ。そういうわけじゃよ。」
「なるほど。アリバイは完璧か。」
「どこの刑事じゃ!」
「⋯⋯ ちょいちょいシロって僕らの世界のネタにも反応するよね。」
「心が読めるというのは記憶が読めるというのと同義じゃからの。それにわしは、そなたらの世界におったわしの同位体から情報をもらっておるしのう。どんなネタを振られてももう大丈夫じゃ。」
「ネタ振られる前提なのね。」
ユウキは苦笑いした。
「本当はゆっくりしていきたいところだけど、家主の迷惑にもなるだろうし。そろそろ降りる準備をしようか。」
「わかったー。」
「うん? そろそろ遅くなるし、ここで泊まるのもいいんじゃないかの?」
「ホウミツさんは気にしないのかな?」
「大丈夫じゃ。基本そんなことを気にするような神はおらぬ。だいたい、この空間とは別に居住空間を持っておる場合がほとんどじゃしの。ここは間借りし放題じゃ。」
「うーん、いいのかな。確かに、そろそろ泊まり場所を決めるべき時間にはなっているんだよな。」
「剣、剣! ここに泊まればあの街の夜景が綺麗だと思うよ。」
ユウキははしゃいだ表情でそう告げた。かわいい。じゃなくて、夜景か。この世界ではどうなってるんだろう。僕らは燭台を使ってるし、インフラ整備もほとんどされていないから電燈が街に並んでいるってことはなさそうだ。ファンタジー世界のお約束。魔石が化石燃料その他文明力のエネルギー部門をになってるっていうのもしっくりこないな。誰も魔石なんて話題にしてなかったし。⋯⋯ でも、あの大きさの街だ。暗くなることはあるまい。歓楽街とかもありそうだし。
「夜景。見たい。見よう。よし、今日はここに泊まる。」
「即断即決じゃのう。⋯⋯ わしとしてもそんな視点で人の街を眺めたことはなかったのじゃし、夜景は見てみたいのう。」
「決まりだね。」
僕らは頷き合った。