勇者と剣
前話を読んだ時、違和感を覚えた人もいるかと思います。詳しくはあとがきで説明しますので、ご容赦ください。
「勇者に聞いたんだけど、あんたたち、人間よね。結局なんでこの子たちと一緒に旅をするみたいな特別なことが許されてるの?」
首を傾げて妖精然とヤヌスは尋ねる。
ヤヌスの意味するところがわからず僕は困惑した。聞いた限りのヤヌスの能力であれば、聞くまでもなくわかる気がするのだが。
「疲れるの。そんなのは嫌。」
ヤヌスは一部の躊躇もなく能力使用を否定した。潔い神様だ。
「世界を、救ったからかな。」
まあ、隠して置くことでもないし、僕は素直に答えた。
沈黙が流れた。割と突拍子も無いことだからな。無理もない。
「それはうちの勇者の役目なんだけど。」
不満そうにヤヌスは口を引き結んだ。
「⋯⋯ やっぱり、言葉は不自由ね。」
そう言うとヤヌスはこちらへと背中の羽を器用にはためかせこちらの頭に飛び移った。
「失礼するわ。」
僕の頭の中に何か別のものが浸透していく。だが、不快感はない。逆に何とも形容しがたい気持ち良さがある。脳を全て浸したその感触は、波を引くように再び頭上、ヤヌスの元へ消えていった。
「そっ、そう。そうなのね。」
目的の情報を読み取ったヤヌスはなぜだか、挙動不審になってしまっていた。フラフラしながら勇者の方へ戻る。僕は首をひねる。おそらくさっきのが深層意識を読み取るとか言う能力なんだろうけど、ショックを受けるようなことは読み取られなかったと思うんだけどな。
「どうしたんだ、ヤヌス。」
勇者は戻ってきたヤヌスの顔を見て誰何した。僕が見てもヤヌスの顔はおかしい。涙のようなものが顔からこぼれ落ちるのが、横顔にちらりと光った。
「そこのお前、ヤヌスに何をした。」
後ろにヤヌスをかばって、勇者は前に出る。お前って、僕か。⋯⋯ 何もしてないと思うんだが。むしろ何かされたのは僕の方だ。ヤヌスに害意があれば洗脳されていいように使われていたとしても何も不思議はない。シロが遮らなかったと言うことなら、こちらに害はないと言うことだろうから気にしなかったけど。シロは信用できる。
「ヤヌスは、どんなことがあっても俺に憎まれ口を叩きこそすれ、涙を見せることなんてなかったんだぞ。」
⋯⋯ それはすごい。素直に認めよう。
「お前の記憶がよっぽどひどかった以外考えられない。」
勇者は、腰に下がった綺麗な剣をすらっと抜いた。
「でも、僕は勝手に覗かれただけだぞ。」
「そんなことは関係ない。ヤヌスが泣いていた。俺が剣を抜く理由はそれだけで足りる。」
危険で危ういが、芯の通ったかっこよさがその言葉には込められていた。
中段に構えて勇者はこちらへ剣先を突きつける。我流、綺麗な構えではない。だが、そのうちに込められた力は決して見逃せるようなものではなかった。裂帛の気合を秘めている火を吹くような刀先。
「みんな、手は出さないで。」
僕はそれに応えるように一歩前に出た。勇者の覚悟に応えるように。これは僕と勇者の行うべきものだと思ったからだ。
「サクラ。」
「わかってるわよ。」
サクラの体が炎を渦巻くように変化し、僕の手の内に収まり、刀と化した。⋯⋯ これくらいはいいだろう。あちらの持っている剣も、陽の光を反射して、地上に生まれ落ちた太陽のように輝いている。生半可な剣では受けても折れるだけだろう。神剣と呼ばれていても何もおかしくないほどだ。
「さあ、やろう。この神剣クリスタルの初めての全てを投げうち、生きる場だ。」
勇者は、こちらに臆することなくニヤリと笑った。勇者と呼ばれるにふさわしい見事な態であった。
僕と勇者は互いに剣を突き合わせて向かい合う。かたや、透明度あるレイピヤのごとき軽やかな白刀。かたや、桜色の美しい刀身に荒々しさと優美さを同居させた刀。ただ一つ言えるのはその二つがまぎれもなく同格であると言うことだけであった。
戦いの火蓋は静かに切られる。どこかの木の葉が地面に落ちた時、もしくは見ている誰かがゴクリと唾を飲み込んだ時かもしれない。ともかく、動いたのは両者ともに同時であった。
上段に振りかぶって、互いに打ち合う。相手の刀を振り下ろさせないよう互いに相手の刀に当てる。桜から炎が吹き上がりクリスタルを焼くが、クリスタルはそれをそのまま反射し返す。刀の特殊能力合戦は引き分けに終わった。そして、両者は互いの刀を相手に押し付けるようにしていわゆるつばぜりあいと言われる戦いに入った。だが、それは基本的に体格のいい方が有利である。勇者の方が僕を押し始めるのは自然の理。
僕は押されてどんどん後ろへ下がっていく。まるで随分前のイチフサの山でのユウキとの戦いの焼き直し。すなわち、僕にはこの状況を抜け出し、勝利を勝ち取るためのやり方がわかっていると言うことである。しかし、やり方がわかっているのとやれるのは大違い。なんども体を入れ替えようとするが、勇者は全く許してくれない。呆れるほどの粘り強さで執拗に僕の剣、ひいては体の中心を押す。ここでも僕の才能のなさが如実に示されていた。
僕は焦っていた。このまま押し込められていたのでは勝機はない。やるしかないだろう。無理やり勇者の刀を上へずり上げる。質量保存の法則というものが戦いの場でも働くのかどうかはわからないが、勇者は、当然のように元に戻すべく力を下方へ向けた。そこで、僕はするりと後ろへ抜ける。対象を失った勇者の下への力は行き場を求めてさらに下へ勇者の腕を送る。止めようし、勇者の腕は制動するが、その時間は致命的な隙。綺麗に僕の最小限に振り上げた刀が、勇者の額へめがけて吸い込まれていった。
「あっ、やばい、寸止めできない。」
「何やっておるのじゃ。」
シロは悪態をつきながらも、剣を氷で殴り飛ばす。情け容赦のない一撃に僕の体ごと向こうへ吹っ飛ばされた。僕の手をさらに離れて桜は宙を舞いより遠くの地面へ剣先から突き刺さった。
「何やってるのよ! このバカシロが! 跳ね飛ばしてるんじゃないわよ。私だと知ってたでしょう!」
元の姿に戻ったサクラは喚く。
「まあ、仕方なかったのじゃ。すまんの。」
「口調に誠意がこもってないんだけど!」
そのままいつも通りの口論合戦が始まった。なんだか、日常を感じさせる風景である。こちらも喧嘩するほど仲がいいという法則が成り立っているようだ。
崩れた体勢で地に神剣クリスタルを打ち立てて、勇者は嘆息する。
「俺の負け、負けだな。」
「いきなり襲って来られたから、驚いた。」
「一騎打ちということにしてくれて助かった。神様の力は伊達じゃないな。」
シロの方を見て勇者は身震いする。
「⋯⋯ それはそう。」
僕は何も言い返さなかった。
「だからお前には感謝してるぜ。」
晴れ晴れとした表情で勇者は僕にそう言った。
「勇者! 何してるのよ。」
ヤヌスが飛んできて、勇者の頭に止まる。
「私のためにってのは嬉しいけれど、それはなんの意味もないことよ、わかってるでしょう。」
ヤヌスは、勇者の顔を覗き込んで徐々に勢いをなくし、遣る瀬無い表情へと変わってしまった。
「ヤヌス、俺が悪いのか。」
それを十分に察してしまった勇者は悲しそうに言った。
「いいえ、あなたは何も悪くはないわよ。何も。ただ、私が私を許せないだけ。」
ヤヌスは、反対側へ顔を背け、こちらから表情を隠した。でも、その隠されたものはどう考えても積極的なものではない。消極的で自罰的な負のエネルギーだ。
「ヤヌス⋯⋯。」
勇者はそんな思い人に何も声をかけることができなかった。自分とは関係ない、ヤヌスがそんな態度を取っているこの時にそれを無理矢理に打ち破ることなど、勇者にはできなかった。彼女をこの上なく大切に思っているが故に⋯⋯ 。
そのまま僕らは別れた。すごい人と会ったって、話が盛り上がることなど稀だ。大半は緊張のあまり何も言えないことが多い。初対面で話が盛り上がる? それは、どちらも互いに相手にすり寄った結果に過ぎない。妥協だ。そんな妥協など大っ嫌いだ。だいたい会話っていうものはその場限りのもの、何も残すことのないただ一個の独立した時間であり、場だ。貴重ではあるが、どんな印象を受けたところで一ヶ月もすれば、楽しかったーとか面白い人だったーくらいしか覚えていない。最低限の悪印象を与えないように振る舞えば、何も問題はない。SNSで交流していた方が、仲良くなった気になる。すなわち、僕が言いたいのは会話を頑張るというのは費用対効果もとい労力対効果が非常に悪いということだ。そんなことをするくらいならば別のことをやって仕舞えばいいだろう。
⋯⋯ まあ、今回の出会いがどうだったかと言えば、非常に印象に残ったとは言えるだろう。勇者に勝ったしな、うん。結局あの勇者が、僕たちの世界からきたのかはわからなかったけど。
「そのようじゃぞ。」
「あの勇者が僕たちと同じ世界から来たってことが?」
「その通りじゃ。」
「シロ有能すぎ。」
「わしを褒めればさらにご利益があるかもしれんぞ。」
「はいはい。」
「しかし、それなら、もうちょっと聞いておけばよかったなあ。下の街道を移動する苦労とか。」
「それが普通だからの?!」
「えー、山登るよ普通。」
「くぅ、この闇を孕んだ目に勝てる気がせんのじゃが。」
⋯⋯ そんなこんなで、僕らは結局いつも通り、ちょこちょこ喋りながら煽り合って、次の目的地であるところの会場を目指してのろのろ進んでいくのだった。
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主人公たちと別れた勇者とヤヌス。牛ののどかな蹄の音が旅の時間を緩やかなものにしている。
「ねえ、勇者。」
不意にヤヌスがつぶやくようなささやき声を聞かせるともなしに口から出した。
「どうした、ヤヌス。」
一応、聞こえたみたいで、前を見て獣を御す姿勢のまま勇者は応える。
見えているわけでもなしにヤヌスは自ら首を振って打ち消した。
「なんでもない。」
「そうか。」
勇者は別に気にしたふうでもなく相槌を打った。
この男はいつでもそうだ。私が心配してもそれに気づくふうでもなくて一人で大変な道を抱え込んで行っている。本来ならば、私が背負うべきことを。そんな自らの罪を直視しないでいられるほど私は非情じゃない。でも、私に何ができるだろう。⋯⋯ 何もできない。おそらくあの二人が世界を救ったというのは本当だ。私の脳へと伝えられる力を欺くことはできない。読み取った記憶にあったのは、本来ならば私の召喚したこの勇者が行うべきこと。世界の終わりを食い止め、元の状態に戻すという英雄と呼んでもおかしくない行為。この時点で勇者が元の世界に帰ることができるという可能性はなくなった。それを覆す手段はない。そう、どこにもも。でも、ならせめて、日頃の感謝を込めて労うくらいやってあげたい。
ヤヌスの体が光に包まれる。ヤヌスにできる空間移動はただ一つ。自らの分体と場所を入れ替えること。すなわち、自分の神殿にいたはずのヤヌス。完璧な女神様の成長した肉体がこちら、みすぼらしい牛車の荷台に生まれ出た。そのままヤヌスは静かに勇者の肩を後ろから回した手で抱きしめた。今まで触れたことのないような柔らかな手に抱かれた感触。そして何より成長した双丘が背に当たる感触が勇者に危急を知らせる。何が起こったのかわからない。後ろにはヤヌスしかいなかったはずだ。勇者はそんなことを考えることしかできなかった。柔らかな肢体の感触は思考力を奪う。
「黙って受け入れて。」
一番最初に聞いた時と同じ優しい声がして勇者は全てを了解した。なぜ、いきなりこんなご褒美タイムがきたのかはわからなかったが、何はともあれ、勇者は嬉しかった。好きな相手に抱きつかれて悪く思う男などいない。
「勇者」
「ん?」
「ありがとう。」
赤くなった顔を勇者の首に埋めて見られないようにしてヤヌスは聞こえるか聞こえないかくらいの音量で言った。
二人の道はまだまだ続く。それがいつ果てるのか。神であるヤヌスでさえもわからない。でも、なんだか悪くはない。不思議とそういう気持ちに二人はなるのだった。
ア「違和感ってあれだよね。初登場時のヤヌスの力を心を読み取れないと表記してしまったことだよね。」
石「はい、その通りです。申し訳ありません。」
ア「一応、言い訳あるなら聞くよ。」
石「えっと、もともと読み取られなかったら勇者の恋的にちょうどいいかなと思ってですね⋯⋯ 。ではなくて、もともと、ヤヌスとヤーンの勝負の後に行われたのは力の分配でなくて力の移譲の予定だったんです。」
ア「なるほど、それなら失ってても納得できる。」
石「ですが、今回の展開を読めばわかる通り、それじゃダメになってしまったんだ。」
ア「急に口調砕けたね。」
石「気のせい。」
ア「まあ、突っ込まないでおくよ。」
石「というわけで、ヤヌスは心の機微には敏感です。ただし、まっすぐに彼女個人を愛されるという経験はありません。信者たちから受けていたのは敬意ましましの敬愛のみでしたので。」
ア「もう、口調の乱れには突っ込まないからね。」
石「一章の最後の話は、僕がこの話を書いた頃にサイレント修正されているので、それ以降に読んだ読者なら違和感なかったと思います。」
ア「そんなことが許されると思ってるの?」
石「だってネット小説だもの!」
ア「開き直ったよこいつ⋯⋯ 」
石「というわけで、この二人の話は割とここまでです。あと1、2回目出番あるかなと言ったところ。」
ア「ヤヌスはあの強引なあとがきにも参加してくれたんだから、ちゃんともっと書いてあげたほうがいいんじゃない?」
石「もはやあとがき外のキャラまで出番を増やすことになる可能性が芽生えて来たぞ。あとがき怖すぎ。」
ア「こんなあとがきにしてるのも君だよ。僕は責任とらないよ。」
石「そんなことよりこの頃風景描写が少なくないですか? 風景見てたいですよね!」
ア「⋯⋯ だれももとめてないんじゃないかなあ。」




