閑話「勇者とヤヌス」
勇者とヤヌスは、ある町の酒場にいた。
モンスターを狩ってお金を稼ぐという黄金パターンが使えないため仕方なく糊口をしのぐ仕事に手を出しまくった勇者は無駄に体格が良くなっていた。召喚された頃のひょろっとした面影は見られない。勇者になったことで少しだけ身体能力が向上したことがプラスに働いたようだ。
早く行こうと急かすヤヌスの手綱を取り、バイトに精を出し、行商人となって進み、別の街にやっとの事でたどり着く。勇者はこれまた無駄に金銭感覚が鋭かったのだ。相方のヤヌスはそういうことなど何も気にしないだったので、勇者のその才能がなかったら、野垂れ死を免れなかっただろう。もっとも勇者自身は戦闘経験を積みながら金が手に入る元の世界のゲームのことが忘れられていないようではあったが。
そんなこんなで遅々とした歩みながらも、二人は確かに前進していた。
さて、酒場の話に戻ろう。1日の仕事を終え、二人は活気あふれる酒場で一杯と一食をやっていた。
ヤヌスは妖精姿なので、食べる必要はない。というか、神殿で本体が何一つ不自由することなく食い道楽を満喫している。まあ、一人分の食事代が浮くだけでも勇者にとってはありがったかった。家計は常に火の車。
行商で持ってきたものが一つも売れなかった時や、肉体労働の仕事でさえ見つからなかった時の記憶が勇者の脳内で再生される。何度腰の神剣クリスタルを売り払ってしまおうと思ったことだろうか。しかし、これはヤヌスが自分にくれた唯一のものだ。惚れた弱みは大きいのである。
ヤヌスと勇者は二人で口論する。話題は些細なことが多い。しかし、仲が悪いのかと言われるとそんなことはない。ただ、二人とも譲れないものが多いだけだ。もっとも、端から聞いているとどう考えても破局間近のカップルだったが。
しかし、二人は気づいていなかった。しばらく前から二つの瞳が見つめていることに。その持ち主の疑惑はストーカーをしているうちに確信へと変わっていった。二人の会話が開けっぴろげすぎたのもある。どちらも何も隠す気はなかった。ヤヌスによる勇者呼ばわりも。勇者によるヤヌスへの言葉も。どちらも見る人が見ればたちどころに正体がわかってしまうものだった。
⋯⋯ それ以前に妖精という不思議生物が何で今まで見過ごされてきたのかが気になるが、多分あれだ、ヤヌスがあまりに俗っぽかったから超常の存在とは見なせなかったんだろう。
しかし、ストーカーしてわかることも世の中には確かにある。そう、その男は気付いたのだ。二人が普通の人間とは違う存在であることに。
彼は自らのボスに報告し、尾行を続けろという指示をもらった。この男の所属している組織とはなんなのか。そして勇者とヤヌスは無事にストーカーを見破ることができるのだろうか。⋯⋯ この二人のお気楽道中から察するに無理だろうな。まあ、がんばれ。




