白3
「あとはお主らと同じじゃよ。そこで二人と出会って、協力してあの出来事に対処した。」
「大事なとこが抜けてる。」
「何がじゃ、剣? 」
「僕が元の世界に戻ってからの話。ユウキとシロは何してたのさ。」
「⋯⋯まあ、語るとするかの。」
頷いて見せてからシロは話を再開した。
ーーー
剣は消えた。ユウキは寄る辺なく、ここに立つ。わしはとりあえず、燃えている機械類をなんとかするべく、氷を呼び出して冷凍鎮火させた。
「どうしてっ。」
ユウキは抑えきれずに声を迸らせる。
ユウキの問いに答える前に、先ほどより大きい振動が襲って来た。ついで襲う浮遊感。これは、塔が折れたのう。なぜだか冷静な思考がそう判断を下す。
「シロは、二人を守って!」
ヤーンから指示が飛んで来た。
「了解。」
手短に済ます。
彼女なら、これをなんとかするすべを持っているはずだ。
「時は 絶対不変にあらず 伸縮可能にして 変形可能な事象也 時間の神たる我に答え 停滞し 減衰せよ スタグヌッション 」
わしが二人を回収する間に、ヤーンの詠唱は完了した。傾く速度がゆっくりになる。毎度思うがこやつの魔法は反則じゃのう。
余裕ができたので、一つ一つ、機械類を氷漬けにして固定する。
壁を床にするように90度の回転を行いながら塔はどんどん落ちていく。
この光景、外から見たらどうなるのかの。少しだけ可笑しくて口の端に笑みを覗かせてしまった。
とてつもない高さから落下したにも関わらず、時間の停滞した塔はふわりと柔らかく平野に衝突した。まるで、気球のようなゆっくりとした着地だった。
「助かったぜ。」
「助かった。⋯⋯ けど。」
ユウキは涙をためている。それはそうじゃろう。ようやく帰れると思ったら、自分だけ取り残されたのだから。
「術式はきちんと働いていたと思うのよね。男の子の方はあの通り帰れたわけだし。」
ヤーンは困った顔で首をひねった。
「もう一度やって見るわ。」
しかし、やっぱりその送還でもうまくいかなかった。
「ユウキ嬢ちゃんはなんか変なものでも食ったんじゃないか。」
心配そうな表情をしながらも、オスカーは茶化すように、そんなことを言った。彼なりの負担軽減の気遣いだろう。
「それで変わるとは思えないわ。」
ヤーンはそれをにべもなく打ち消した。
「⋯⋯ 剣。」
ユウキはそう呟いて座り込んでしまった。顔を上げさえしない。心を読んでも闇ばかりで、取り付く島もない。
「ヤーン。わしらの責任じゃ。きちんと面倒を見なくてはならぬじゃろう。」
「あら、シロにしては珍しくいいことを言うじゃない。なんの気まぐれかしら。」
面白そうな顔をして、ヤーンは言う。
今はそんな場合ではあるまいに。
「とりあえず、わしの家まで連れていく。協力するのじゃ。」
「わかってるわ。」
ユウキをわしの背に載せる。⋯⋯ 転移が使えればいいんじゃが。
「ユウキ。ありがとな。さっきは言えなかったけど、俺の機械の暴走を止めてくれて本当に感謝している。何か助けが必要なら言ってくれ。剣にも、な。」
オスカーがわしに駆け寄って、背中に向かってそんなことを言い始めた。律儀じゃのう。
「お主の言葉は確かに届ける。⋯⋯ それと、すまぬ。」
「謝ることなんてないですよ。えっ、その氷塊はもしかして⋯⋯ 。」
わしのやろうとしていることに気づいたのか、オスカーの顔は青ざめる。
「すまんのう。」
謝りながら、わしは壁へ向けて最大出力の氷をぶっ放した。不思議な材質の金属もわしの一撃には流石に耐えきれぬと見えて、外が見える。
どこか見覚えがある景色じゃ。⋯⋯ この塔、わしの山の方に倒れおったな。ユウキを輸送すると言う点では便利じゃが、わしの山が賑やかになることは本意ではない。
「ああ。あああ。俺の、塔が。」
悲痛なオスカーの声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。どのみち上昇装置も止まっておるじゃろうから、脱出するにはあの壁を破る必要があったのじゃ。逆に感謝されてもいいのではないじゃろうか。
わしは、歩む。背に確かな重みを乗せて。思えば、人と交わるなど、何年ぶりだろうか。
「たまにはこう言うのも悪くはないわい。」
つぶやきは口の外に漏れ出ていた。
「シロって、子供好きだったのね。」
意地悪そうなからかい声が隣から聞こえてくる。
「そんなんじゃないわい。第一この子らも子供という年齢ではなかろう。」
「そうかしら、私たちから見たら、ほとんどの人は子供だと思うけれど。」
「揚げ足を取るのはやめるんじゃ。お主にも責任はあるのじゃから、お主が背負ってもいいんじゃよ。」
「ええ。あなたが疲れたら、そうするつもりよ。」
当然のような顔をして、彼女はわしの横を歩きながら言う。
「⋯⋯ 本当にお主のことはわからぬわい。」
わしはふうとため息をついた。
陽の光に戻ってきた色が金色に染まり、山肌と稜線を色変えしている。白金やら金の衣やら、例えようはいくらでもあるが、わしが感じたことはただ一つ。
やはり、風景は、色がある方が美しいのうと言うことじゃった。
———
「⋯⋯思ってた以上にシロが適当だった件について。」
「一回家でダラっとしてたよね?! 」
「してましたね⋯⋯。」
「世界の危機だったんでしょ? 何やってるのあんたは。」
「なんの成果もないって言うのは、寂しいことなんじゃよ。」
「なんかいい感じの言葉でごまかそうとしてるよね? 」
「いいじゃろ。結局解決できたんじゃし。」
「そうかなあ。」
僕らは四人で顔を見合わせて微妙な表情をした。
「そろそろご飯にしよっか。」
ユウキはそう言って立ち上がった。
みんなの話が長すぎて、いつのまにか暗くなっていた。
屋根を叩く雨音が小さくなっている。明日は、行動できそうだ。
みんなで食卓を囲んだ。賑やかで、楽しい食事の時間だ。
昔も色々あったけど、今も僕らは生きていて、歩いて行かなきゃならない。再確認して、前を向こう。ただ景色が見えることがたまらなく嬉しいのだから。




