二人で世界を生きるもの
「やっぱりわしの言葉は偉大じゃったじゃろ。」
小さな体でシロが威張っている。未だ定まらぬ意識の中で、それを知覚した。⋯⋯ちょっと腹立つ。
僕が目を開けたのは、やっぱり部屋の中だった。暖炉に火が焚かれていて、周りの冷気を払っている。
「剣っ! 」
叫び声を聞いたと思った時には横から押し倒されていた。
「もう、会えないかと思った。」
表情を崩してユウキは僕を抱きしめていた。
驚いたのは一瞬で、すぐに僕も腕に力を込めた。彼女の体を離したくなかった。
「また会えて、よかった。」
絞り出した言葉は平凡で、それでも確かに僕の言葉だった。
「この世界で、いいの? もう、戻れないかもしれないんだよ。」
「それでも、僕は、君と一緒がいい。」
楽しい時も辛い時もいつも君がそばにいてくれたから。だから、僕はずっと幸せだった。絶望から救われた。ユウキのそばにいたい。生まれた世界から出ることになっても、僕はその思いを優先できる。
「ありがとう、剣。」
彼女はまだ何か言いおうとして、でも言葉にできないみたいだった。
僕も、何を言っていいかわからなくて二人して黙った。言葉は時に不自由だ。頭の中をそのまま相手に伝えられればいいのに。
「わしが通訳してやろうか? 」
余計な気を回さなくてもいいんだけど。それをされると色々と台無しになってしまう気がする。
「そういえば、ヤーンは? 」
「いるわよ。」
青髪の女神様は、存在感を消す術でも持っているのかもしれない。部屋の中にいたのに全然気づかなかった。
「ユウキがこの世界を離れられないのは、私の不手際よ。彼女の体に入った色を失った水のせいで、私の術は彼女を認識できない。」
⋯⋯あの水か。うん、でもあれを飲まないと解決できなかったのは確かだし、仕方ないだろう。ヤーンの責任とまではいえないと思う。
「そう言ってもらえると私も気が楽よ。」
ヤーンはホッとしたように息を吐いた。
「それはそれとして、これからどう言う生活をしていけばいいんだ⋯⋯。」
異世界でしょ。こちとらただの高校生だよ。普通に無理だと思うんだけど。生活力皆無だ。バイトしたこともないから、金を稼ぐ方法もわからない。
「オスカーが色々援助するって言ってたわ。」
「言ってたのう。家を確保するとかなんとか。」
「あの人は、いい人だね。」
「そんな上手い話が本当なわけない気がする⋯⋯。」
「疑い深いわね。」
「悪いか。」
「まあ、良いことじゃろ。じゃが、わしらが保証するわい。オスカーには邪念などない。頼って悪いことにはならんじゃろう。」
神様保証は信用してもいいだろう。神様が信じられなかったら、誰を信じればいいんだ。
こうして僕とユウキは元モノクロ世界で暮らすことになった。なぜかシロも一緒に。ヤーンがいうことには、
「もともと私の都合で呼び出して、それで帰ることができなくなったのだから面倒はこっちで見るわよ。私の主神権限でシロにお願いしたわ。この二人の守護神となってね 」
「呼び出したのはおぬしの都合じゃろうが。何でわしがお主の尻拭いをせにゃならんのじゃ 」
「何よ。文句でもあるの 」
「大ありじゃ。第一わしは霊峰の神なんじゃぞ 」
「その霊峰なんだけど、あそこオスカーによって開通したバベルの塔(横移動)でお手軽に行ける観光地になるみたいよ。もう霊峰とは言えないわね 」
「ぐぬぬ。確かにそうなってしまった山に祀られたいとは思わないのう 」
「それにシロもあの2人が好きでしょ 」
「まあ、否定はせん 」
「じゃあお願いね♪」
ということらしい。シロのせいで無駄ににぎやかだ。
バベルの塔(仮)はあの時、本当に神の怒りに触れたかのように折れてしまったらしい。そのまま倒れ、シロの山の近くにあの塔の先端が落ちたみたいだ。幸い、ヤーンの魔法でユウキもオスカーも無事だったらしいけど。
ユウキが眠いたのは、シロの山の頂上にあるシロの地中家であった。
「確かに快適だったけど、着くまでが大変だったよ 」
とユウキは言っていた。そりゃそうだろう。雪山なんだから。
オスカーはエレベータを横に動かす技術を開発して、かなり荒稼ぎしている。宣言通りである。律儀にときどきお金を渡してくれる。それも結構な金額を。おかげで何もしなくても生活できるほどだ。元の世界での夢、ニートが実現できる と喜んだが、ニートが魅力的なのは日本のエンタメ群があってこそだということを思い知らされた。つまり暇なのだ。何か始めようとユウキと話しているところだ。
「この世界の大陸とか海とか動植物とかどうなっているのか知りたくない? 」
前々から考えていたことを言うように、慎重なそぶりで、ユウキはそう尋ねた。
確かに知りたい。僕は頷き、答える。
「じゃあこれからこの世界のことを調べることにしよう 」
暇だし。
「そうだね 」
ユウキも賛成した。
「神といえどもこの世界をすべて知っているわけではない。面白そうじゃの 」
シロも乗り気のようだ。
「じゃあどこに行こうか 」
僕らの異世界での暮らしはまだ始まったばかりだ。




