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異世界山行  作者: 石化
第3章:思い出話

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帰還と消失

   浮上した。どこか別の空間をたゆたいながら流されていた意識が一気に覚醒する。


 見慣れた天井が眼前に映る。何事もないいつもの風景。





「なんだ夢か 」

 僕は安心した。なかなか突飛な夢だったなあ。


 ちょっと待て、夢オチって最悪だろ。どんなに破綻した物語でも夢でしたと言えば成り立つじゃないか。いや、だけどユウキと別れなくちゃならなくなるよりはいいか。なんか一夜でユウキとの距離が縮まった気がする。恥ずかしいから態度には出さないけど。


 ⋯⋯いや、夢じゃない。見える。いつもの天井が見える。目が見える。あれは、現実だ。


なら、ユウキは。まさか。

いや、今日もお見舞いに来るって言ってた。大丈夫。来るはずだ。


 でも、いつまでたっても彼女は来なかった。不安が募る。あの出来事がフラッシュバックする。ユウキは、あの世界に取り残されてしまったんだろうか。


 僕は、父さんに、ユウキが来ていないか聞いた。でも、父さんはそんな子のこと知らないと言う。昨日一緒に山に行ったじゃんって話を必死でしても、二人で行っただろの一点ばりだった。他の誰に聞いてもユウキなんて知らないと言った。昨日までは通じていたはずの電話番号も、使われていないと言う音声が流れるだけだった。


 理解した。彼女がいなくなってしまったことを。

 涙が止まらなかった。一緒に笑い、時に喧嘩し、でも必ず仲直りした。ともに剣道を習い、ユウキに勝てなくて泣き、努力して打ち負かした時の誇らしい気持ち。事故にあった僕を無条件に励まし続けた優しいあの子。



 なんの脈絡もなくいろんなことが浮かんでは消えていった。そして、これらの思い出はすべて、ユウキの浮かべた笑顔の記憶に収束した。もう一度あの笑顔が見たい。ただ、それだけを考えた。



不意に、シロが言っていた言葉が蘇った。

「剣、白山に行くんじゃ。そこならわしの手がとどく。」


あの時は動転していて、意味を考える間もなかったけど、今なら多分、意味がわかる。彼女の名はシロ。白山の別名も、しろやまだ。もし、彼女がこの世界の白山に関係があるとしたら、白山に向かえと言うのはおそらく、ユウキが今いる世界への扉があると言う意味だろう。希望的観測にすぎないかもしれない。それでも僕は、それにすがりたかった。

 



 

 白山は北陸にある。その上、季節は初冬だ。雪は深い。


 僕の住む地方はまだまだ暖かいが、白山はもう雪に覆われているのかもしれない。それでも僕の決心は揺るがない。


父にせがんで、連れて行ってもらえることになった。

積極的になったなと喜んでくれたけど、うまく行ったら、僕の存在もユウキみたいになかったことになるんだと思うと、ただ悲しい。


 

そんなこんなで、僕と父さんは、白山の登山口に到着した。僕の目が治ったのはまだ誰にも言ってないので、父さんはかなり、心配そうだ。


 準備体操を始める。運動の前の体操の重要性は、どのスポーツでも変わらない。特にアキレス腱は念入りに行う。足を酷使するという特性上、アキレス腱の伸び縮みは他競技とは比べ物にならないのだ。

 体操を終え、これから登る方を振り仰ぐ。山を覆う雲が一筋縄ではいかないと告げていた。



 ストックをついて二人で登る。谷筋にある登山口から、尾根めがけてぐんぐん高度を上げていく。木々の高さが低くなっていく。



  登り始めは肌寒かったが、登っているうちにむしろ熱くなってきた。


  登山は全身運動だ。足だけでなく体全体の筋肉を使う必要がある。きつくなってきたので小休止を行う。休みを適度に取るのも大切だ。携行食として持ってきた飴を口に放り込んだ。


 しばらく休んで服を一枚脱ぎ、出発した。今は寒いが、じきに熱いぐらいになるはずだ。

 木々の隙間から谷が見下ろせるようになってきた。尾根の上に登り切る時も近い。



 木々が目に見えて低くなり、ついに尾根上にたどり着いた。丈は低くなったとはいえ、まだ木々が生い茂っている。その木々の隙間に、白山の本峰が見えた。



  まだまだ遠い。だが、許容範囲だ。行こう。すぐさま出発する。目指す山が見えていると歩くのがはかどる。



  尾根筋の特徴である白い木肌をつかみ、岩に登り、体を上へあげる。要所は父さんが助けてくれて、助かった。

  さらに高度があがってきた。白山だけでなく周りの山々も見渡せるようになってきた。ほとんどの山は、名前もわからないが、はるか東に屏風のように連なっているのは北アルプスだろうか。



 この高度になると木の高さが僕の腰くらいまで低くなってくる。


  高度があがると高い木が低い木に変わるのは、一つには、高い木を育てるに足る土壌がないこと。一つには、風が強いため、低い木でないと、倒れる危険が大きくなるためである。と、この前読んだ本に書いてあった。



 いつの間にか木々もまばらになってきた。草原地帯に足を踏み入れたようだ。草原と言っても木がないだけで、まっ平らというわけではない。そこそこ急な斜面だ。


  夏の盛りには小さな高山の花でいっぱいだっただろうここも、冬が顔をのぞかせているこの季節はさびしい色をしている。時期外れの花が、一本咲いているだけだ。白い、小さな花。この寒い季節に立ち向かうかのように堂々と咲いていた。



 高原地帯を登る。さえぎる物のない大展望が広がっていた。晩秋の抜けるような透明感のある青空が広がっている。


  そして、風も容赦なく吹いてくる。さえぎるものがなくなったからな。寒さを感じて上着をはおった。幸い、風は下から上へ吹いている。


  上から吹いてきたら、登るのに多大な労力を必要とするだろう。追い風とはやる心に急きたてられ、さらに登るペースがあがった。


 ようやく、今日泊まる予定だった小屋についた。といっても、予定より一時間は速い。昼から登り始めたが、そろそろ日が落ちる頃合いだ。小屋に入る。

「いらっしゃい。」

 温かな声が出迎えてくれた。

「泊まりますか。」

主人が問う。

「はい。」

父さんが答えた。僕も頷いておく。無理をするのは良くない。


 温かい食事を思う存分楽しんで、僕は小屋の外に出た。暗い。が、明るい。夜空には満点の星がきらめいていた。そして、満月もすごく近くに見える。


 山の醍醐味の一つにはきれいな星空がある。しばし、その場にたたずみ、宙を見上げた。視力を失って、ずっと見られなかった星空はひたすら綺麗で、輝いていた。


この前の山行が頭をよぎった。視力を失った状態での登山だったけど、楽しかった。それは、多分、ユウキがいたから。彼女の存在がいかに大きなものなのか、僕には例えることすらできない。


 小屋で眠る支度をしているはずの父さんにごめんなさいと言う気持ちを送って、僕は衝動に突き動かされるように、頂上への道を歩みだした。


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