白黒世界5
石畳だったかと思えば地面がむき出しになっているところもあり、やっぱりチグハグな印象だ。あまり大きくはないが、きちんと街としての体裁を保っているように感じた。店のような看板も多い。やはり、川を堀として使えるのが大きいのだろう。あの川、山賊程度じゃ越えるの無理だろうし。
ちらほら、色が抜かれて固まっている人たちがいる。気づく暇もなかったようで、いつもの日常の延長上の笑顔を見せている。露天で交渉するしたたかそうな商人と、こちらも一筋縄では行かなそうなご婦人。服は、少し時代がかっていて、中世から近世の間あたりを思わせるものだった。⋯⋯ なぜか知らないけれど、着物っぽい服も見かける。こんなところもおかしい。二種の文化の奇跡の融合みたいな街なんだろう。懐広そう。移民に有利なのかな。
塔に近づくにつれて、人の数が増えていった。どうも、お祭りでもあったかのような騒ぎだ。⋯⋯ 音はしないからシュールだけど。
「バベル落成式」
そんな文字の書かれた垂れ幕のかかる広場が祭りの中心だった。バベルって、この塔だよな。なんという、そのまんまなネーミング。どの世界でも人の名付けセンスって似るのか知らん。
あと、日本語だった。なんでだよ。日本語は英語より難しいことで有名だぞ。あんな複雑な言語体系、母語にして幸運だったよ。絶対第二外国語で習いたくないレベル。カタカナ、漢字、ひらがな。覚えるべき事象が多すぎる。
「お主らの国の言葉じゃったのか。⋯⋯ なら、あやつは何者だったのじゃろうか。」
シロは驚きを隠せないようだった。なんか広めた人物でもいるのだろうか。あれじゃない? 召喚勇者みたいな人が広めたパターン。日本語を広めるなんて罪深い人だ。
「いや、あやつは自力でこの星にたどり着いておったよ。」
シロは懐かしむようにそう言った。
異星人⋯⋯ ? 全然読めない。誰なんだろう。まあ、今の僕らには関係ない話か。
広場を抜けて、塔直下。見上げると首が痛い。90度に首を曲げてみても、まだ曲げてみないと気がすまないほどの高さだ。のしかかるように、直立する。これは安定化装置がないと、うかうかここに住んでもいられないか。
「わしが読んだ仕様書によると、この広場に向かって塔の入り口があるはずじゃ。⋯⋯ わしは発見できなかったのじゃがな。」
自嘲するように彼女は言った。
「神様に対する結界が張ってあったんでしょ。なら、仕方ないよ。」
ユウキはシロを優しく慰める。
「塔の中のことは任せろ。」
僕も力強く言う。
シロが僕らを頼らないと、塔を攻略できなかったように、僕らもシロがいないと、どうしていいかわからなかった。この出会いは、この関係は必要なものだった。
「ありがとう。」
爺言葉を脱ぎ捨てて、彼女は素直にそう言った。少しはにかむその表情の可愛らしさは、例えようもないものだった。⋯⋯ 僕はロリコンじゃない。そう自分に言い聞かせなければ理性をなくしてしまっていたかもしれない。
「そうそう。この指輪を渡しておくわい。わしとの連絡手段じゃ。それくらいならば許されるじゃろうて。」
結界にも引っかかるまいと、シロは語った。
シロの示した場所に触れると、壁が溶けるように消え去った。硬い硬い金属壁が一瞬で無くなって、しばらく三人仲良く固まってしまった。
シロに見送られて、塔の中に足を踏み入れた。後ろで、壁が再生する。明かりが灯った。ずいぶん機械的な内装だ。塔といえば、ただの空間が広がっているものが多い気がするが、こちらは特徴的な装置がごちゃごちゃと配置されている。適当に置かれているかと思えばそうでもなく、ある法則に従っているのがなんとなく理解できる。
「真ん中に上昇装置があるそうじゃ。」
シロが指示を出した。よしよし。さすがにこの塔を足で登っていける気はしないから、助かった。
「あっ、もちろん、階段も存在するぞい。」
「何も聞いてないから!」
ショートカット経路万歳! 設計者万歳!
「⋯⋯ 流石に階段を登れなどという無茶は言わぬぞ。」
塔の中に小さい塔が入っている。上はひたすら高く、吹き抜けになっており、そのたぐいまれな高さを余すところなく伝えている。小塔の扉を開けると、そこには部屋。⋯⋯ まるっきりエレベーターだなこれ。
ご丁寧に上昇ボタンまであるし。
ユウキも乗ったのを確認して、そのボタンを押す。振動がきて、部屋は動き出した。これで最上階まで行ければいいんだけど。⋯⋯ あと、近未来だな。エレベーターという発想は僕らの世界と同じだけれど、果たして同じようにロープで動いているのかどうか。別の原理で動いている可能性も十分あるな。だって、大きすぎるもの。高度差のことを考えよう。そんな長い紐作れるかよ。⋯⋯ おそらく、何回か乗り換える必要がありそうだ。
そんな僕の予想は的中していて、程なく、エレベータは上昇を停止した。流石にあの高さの最上階にはついていないだろう。シロも指輪越しにまだ三分の一しか上がっていないと知らせてくれた。




