閑話「落ちていく星々」
本日二話目です。⋯⋯ 来週テストとセンターなので、来週から休む代わりという事で。
やっぱりかなりSF調。
マンテセの私室。彼はその、実用性を重視した豪華な居室の机に手を置き、唯一差し込む光を追って空を見やった。
窓から見える風景は高層ビル群に、飛行する車。立体交差を可能にする空の道路。青空の見える範囲は少ないが、私の星はここまで育ったのだと誇らしく思う。
不穏な空気は私が一掃している。神の悪戯が消え、犯罪率も下がっている。理想的な状況だ。しかし、科学者らが言っていたあれは、無視できない。
「どうしたんだ、マンテセ。」
扉が開いて、オスカーが姿を現す。私が星の代表となってもこいつの距離感は変わらない。それが嬉しくもあり、面倒くさくもあった。
「オスカー、星間飛行はいつでも行けるな。」
単刀直入に用件だけを切り出す。細々とした修飾などこいつには必要ない。
「それは当然だろ!」
力強く頷くオスカー。流石は発明家。自分の作品に自信を持っている。
「よし。しばらく私はこの星を留守にする。目指す場所はこの星だ。」
私は机に広げた天体図の一点を指差す。
「ここは、ロストじゃないか。なんでこんな変な動きをする星なんかに。⋯⋯ わかった。準備しておく。」
何かを察したらしいオスカーはすぐに準備を整えると確約して去っていった。
ロストスター。迷い星。私が行きたい場所だ。
普通、星は動きはしない。だが、この星はまるで迷うように、場所が変わる。ある時は二つ星の真ん中に、またある時は北の極の間近に。かといって、私達の太陽系の中にあるわけでもない。それにしては光が強すぎる。
この動きをするのはどういう現象の影響なのか。天文学者達は激論を交わした。そして最近になって、その意味が判明した。ある新発見が、それを可能にした。
この宇宙はある一点に向かって落ちている。ある新人科学者の出したその論文は最初、無視された。しかし、その詳細なシミュレーション結果に、やがて皆が納得したのだ。私も目を通したが、見事なものだった。
この宇宙にある一点。そこにすべての星は吸い込まれ、消えていく。そして、それはこの星も例外ではない。すべての星は一様に同じ速さで吸い込まれるように見える。夜空の星の様子が変わらないのはそのためだ。
だが、あれは違う。ロストスターはその動きに無関係に、いや抗うかのように動いているのだ。天文学者は言った。あと、1000年もしないうちにこの星は消失点に吸い込まれ消え去ると。そんなことには絶対にさせはしない。私はあの星の持つ力を解明して、手に入れてやる。
後の事を有能な後進に託し、私たちを乗せた箱舟は出発した。最初はオスカーに譲ろうとしたのだが、あいつは俺と共に行くと言って聞かなかった。⋯⋯ 全く、口では呆れた風に言ったけれど、私は嬉しかった。奴は本当に頼れる男だ。
光速をもって移動することはさすがにできないが、ワープ技術によってその距離と時間は着実に縮んだ。そしてたどり着いた先、黄色に輝く若い星、何の変哲もない普通の惑星系だ。
恒星には異常は見られなかった。ならば、惑星だ。そこに何らかの技術があるはずだ。
私はそう決めつけた。恒星の大きさから逆算して生物が生きることのできる環境帯をわりだし、そこを調査、ほどなくして、海に水をたたえた、昔の私たちの星のような惑星が見つかった。ここだ。この場所になにかがある。いや、いる。
私たちの船は素早く降下した。運動熱で船体がやられるギリギリの速度で。
大気圏に入った時、いきなり、地上から真っ赤な大きな火柱が立ち上った。船は避けることはできずまっすぐにそれを食らってしまう。もともとギリギリだった船はそれを受け、空中でバラバラになった。焼け死ぬ。そう思った時、指にはめていた思い出の神絶結界の指輪が反応した。
私の体を結界が包む。まわりを赤く包む炎の効果が感じられない。これは神の炎か。ここにも神という存在がいるのか。なるほど、そいつが星の落下を回避しているのだな。
緊急脱出用の落下傘を展開してマンテセは降下する。部下はみんな死んだか。すまない。私が悪かった。焦りすぎていた。だが、必ず、吸い込まれずに済む方法を探し出してやる。お前たちの犠牲は無駄にはしない。そして。
「神よ、そこにいるのだろう。我が部下を奪った報い受けてもらうぞ。」
マンテセは、懐からおよそ常人に扱えるはずもない銃を取り出した。長大な銃身。巨大な口径。それを空中だというのに落ち着いて構え、彼は、先ほど火の上がった方向へ打ち出した。
ドウン。
空気を震わせる振動とともに神滅の概念をまとった銃弾が飛び出す。それは狙い過たず、地上へ流星のように飛んで行った。着弾。衝撃が来る。風の圧がここまで届く。直撃した。⋯⋯ だが、この感じ、防がれたな。さすがは神だ。やはり一筋縄ではいかんか。
一発で使い物にならなくなった銃をしまったマンテセの目に、頭を強打したのか動かずにマンテセとは逆の方向に流されていく落下傘に吊り下げられたオスカーの姿が映った。そうか、あいつも、神絶の指輪を持っていたのだな。無事でよかった。記憶を失っていないかどうかが心配だが。
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かくして、マンテセは降り立った。そこは奇しくもこの世界一番大都市、トウトの近郊。言葉は通じないながらも、持ち前のカリスマで人々を魅了し、マンテセは裏社会でのし上がる。その目には、神への憎悪が深く刻まれていた。
「神よ。今に見ていてろ。私が貴様からその力を奪ってやる。」
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上空から、轟音とともに火の玉のような砲弾が襲いかかる。二人の神はそれをある台地の上で見上げた。一人は、赤。髪、瞳、服。肌以外の全てが燃えるような赤だ。もう一人は、白。いや、黒か。抜けるような白い肌、銀の色の瞳と髪。まとうは漆黒のタキシード。男装というべきなのか。だが、それにしては今日明日のものではないほどに似合っている。
「これはまずいんじゃないのか。」
「心配ないわ。」
赤い髪、赤い白拍子のごとき服を着た目のつり上がった女性が、もう一人の神に焦ったように問いかけるが、答える声は力強かった。上を見上げて、どこか硬質な美しさを持つその女性は詠唱を開始する。
「千の盾は一つの言葉を生み、万の盾はあまねくものを守る名無しの盾となる。言葉は盾をここにあらしめる楔とならん。万象盾。」
力のある言葉、神言により二人の頭上に絶対無敵の盾が現れる。それはドームのように半透明に上空を覆う。
ズガン。その上に、火の玉となった銃弾が突き刺さった。ガガガガ。しばらく盾を削ろうとしたそれはしかし、半分ほど削ったところで力尽きたかのように、威力を失った。じりじりとそれでも焦げながら、球体をなぞるように地上へと落下する。
「これは、私の出番じゃん。」
赤髪の女性はそういうと、手に二本の刀を呼び出した。片方は雪のように白く、もう片方は燃えるような赤だ。「行くよ。真炎。真雪。」
刀に語りかけたかと思うと、二本の刀をクロスさせるように素振り、後ろ手に持って走り出した。
落ちてくる火の玉を二閃。刀が煌めいたと思う間もなく空中に確かにあったはずの火の玉、神殺しの銃弾は四散した。
「また威力上がってない?」
タキシード姿の女性は呆れたようにもう一人に向かって言う。
「そんなことない!」
強い言葉で応戦する赤髪の娘。
「それより、タテの方こそ、すっごい守りね。打ち崩せる気がしない。」
好戦的な表情で舌なめずりをする娘。どうやら、壊す気満々のようだ。
「そちらがその気なら、ここでやってみる?」
売り言葉に買い言葉。タキシード姿の女性も応じる。
「いい度胸じゃない。私に敵うなんて、考えないことね。」
「私の守りを打ち崩せると思っているのかしら。」
二刀を低く構える赤髪の娘と、いつのまにか、人一人すっぽり入るほどの大盾を構える銀髪女性。
せっかく、外界の脅威から守られたこの地でその守った二人による頂上決戦の火蓋が切られようとしていた。このままでは地上に先ほどの銃弾が刺さるのと比べ物にもならない惨禍が巻き起こってしまうだろう。
「いや、何盛り上がってるんですか。私のいないところで。」
今まで誰もいなかったはずの台地に、急に三人目の人物が現れた。紫髮の女神、ヤーンだ。今にも激突せんとする二人の真ん中に立ったヤーンの手には先ほどまで二人が持っていたはずの大楯と二刀があった。
「はっ。」
「いつの間に。」
愕然とする二人に向けてヤーンはさらに言葉を重ねる。
「二人とも、もう子供じゃないんですよ。それにタテに至っては私より年上でしょうが。煽ってどうするんですか。」
頭が冷えてきた二人は目に見えて落ち込んだ。
「ごめん。」
年長者たるタテはヤーンの言葉が正しくて決まり悪くなったようで、素直に誤った。
「すみません。」
もう一人の赤髪少女の方の変化はさらに劇的であった。
闘争心を示すように赤く色づいていた髪や瞳は、黒へと鎮火し、その言葉には勢いがない。
二人が落ち着いたのを確認したヤーンは武具を返却した。
「ありがとうございます。」
おどおどとした調子で受け取る黒髪娘と、無言で受け取る銀髪女性。受け取り方ひとつ取っても個性が表れている。
「やるんなら、それにふさわしい場を用意してるでしょう。その時まで待ちなさい。」
「はい。」
「わかってるわ。」
二人の返事を持ってもなお疑いの目を向けるのをやめずに、ヤーンはしばらくじっと二人を見ていた。
「じゃ、じゃあ、私はこれで、帰りますね。」
その空気に耐えきれなくなったのか黒髪娘は逃げるように空間に溶けて行った。
「あの子も、困ったものね。」
「切り替えがいいと言う意味では悪くはないんだろうけど。」
残った二人はため息をついた。
「ともかく、タテ。お疲れ様。外宇宙からの侵略なんてまだこの世界じゃ対抗できないわ。」
「確かにすごい威力だったわね。あれ。」
タテは自らの受けた銃弾を思い出す。絶対堅固の万象盾ですら半分を削り取ったあの威力。それは守りに特化した神として看過できるものではなかった。
「私の力も、鍛える必要があるかもね。次なる戦いに備えて。」
タテは決意を秘めた目で、赤くグラデーションを描き始めた空を見上げた。
「頼りにしてるわ。守護の女神さん。」
ヤーンはいたずらっぽく片目をつぶった。
「はいはい。」
おざなりに返事をして、タテは片手を挙げ、空間に揺らぎを作った。
「じゃあね。また、どこかで。」
その言葉だけが宙に残って、タテの姿もまた消えた。
「さてさて、私も、もうちょっと、さっきの星船を調べてみるか。」
ヤーンもそうつぶやいて、揺らぎを作り、どこかへ、飛んで行った。
先ほどまで神が談義していた台地にはただ風が吹き、水が流れ、虫が生命を謳歌していた。頭上で行われていたことなど自分たちには関係ないというかのように。




