アンナさんって
アンナはどこをお勧めしてくれるのか?
引きが強引だった前回を反省しつつの更新です。
「昔、何気なく迷い込んだ谷筋から引き返すのもバカらしくなってそのままそこを遡行していったことがあるんです。」
アンナさんは静かに話し始めた。結構長い物語になりそうだ。
「巨岩、奇岩がゴロゴロしている谷の道。そこを登りきると尾根の上の乗る白亜の巨岩が見えました。何となく興味もわいて、風魔法で飛んで上に登ってみたんです。そこから見た景色は本当に圧巻でした。その岩を中心にするようにして同じような白い石や岩が放射状に並んでいるんです。」
彼女は懐かしそうに言葉を切った。
「人の作為的なものは感じず、ただ、自然の意志のようなものを感じました。私の登ってきた谷にもその列石は、様々な下から見たのとはまた違った形を披露していました。高揚が抑えられずに別の岩まで行っては、また違った構成を見せることに驚き楽しさを感じてしまいました。気がついた時は日も暮れかかり、岩の上で心細く夜を明かしたのもいい思い出です。白い岩が月光と呼応してキラキラ輝いていたのもとても幻想的でした。⋯⋯ ただ一つ不思議なのはそのあとどうしてもその入り口に行けなかったんですよ。私が場所を忘れることなんてないはずなのに。」
こうしてアンナの長い語りは終わった。⋯⋯ 神秘的だな。神様の匂いがプンプンする。そして、そこ僕たちじゃいけない可能性高くね。結界とか張られてそう。アンナさんで最後の一人みたいな感じだったら嫌だよ。
「どうでしょうか。」
語っている時の懐かしむような柔らかさは消え、アンナさんは少し不安そうに感想を聞いてくる。
「やっぱり、こんな地味な場所じゃだめでしょうか。」
「とりあえず、全然地味じゃないですからね。」
そこは正しておく。とても綺麗なところみたいじゃないか。期待が高まるね。
「次、お願いしていいですか?」
僕は続きを促す。こんなんじゃ全然足りない。まだまだ、山の情報が欲しい。
「ここまでくると病気じゃのう。上がったから誰か入って良いぞ。アンナも明日のことで不安なのによくこやつらに付き合ってくれたのう。感謝するわい。」
いつの間にか上がっていたシロにそう言われてアンナはそのことを思い出したようだった。
「そうでした! 」
「⋯⋯ 本当に忘れておったようじゃのう。次期族長としてどうなんじゃ、それは。」
シロに呆れられたアンナさんだった。
なお、今のシロは湯上りバスローブ姿。
「これが正しいのじゃろう? お主らの記憶によると。」
とのたまうシロを止められなかった僕が悪い。
シロは着物を意思によって具現化しているみたいだから、服のことを気にしなくっていいっていうのはそれはそうなのだが。少し火照った肌から湯気を出しているのを男の子に見られるような場所に出てくるんじゃありません! と言いたくなる。
「別にいいじゃろ。実際この服装が湯上りでは一番気持ちがいいのじゃし。」
シロは腰に手を置いてふんぞりかえる。威張ってるつもりなのだろうが、正直見た目年齢が足りない。大人シロになって出直して来いと言いたい。
「ほらほら、おとなしくしておると冷めるぞ。早く入るのじゃ。⋯⋯ 剣は許さん。」
僕がお風呂に向かおうとすると、シロの寒冷の魔眼に射止められて動けなくなった。
「また、シロの気に触ること言ったでしょ。じゃあ、私から入るね。」
「いいお湯を、じゃ。」
ユウキの先手番になった。⋯⋯ まあ、いいけどさ、別に後でも。
「そうじゃのう。一人だけ仲間はずれというわけにもいかんじゃろうし、アンナよ。ユウキの次に入るが良い。剣は最後じゃ。」
なぜだ。神は我を見捨てたもうたのか。
「この場合の神とはわしのことでいいんじゃよな。良いじゃろ、お主はまた入れるんじゃし。」
確かにそれもそうだ。僕は納得して頷いた。
「⋯⋯ あの、よろしいのですか。」
アンナさんは恐る恐る聞く。
「わしらがそれで何か困るということもないのになぜ渋る必要があるのじゃ。晴れの帰還なのじゃ。身は清めておいたほうが良いじゃろう。」
「⋯⋯ そうですね。お言葉に甘えさせていただきます。」
最終的にはアンナさんも納得したみたいだ。
「はあ、さっぱりした。」
ユウキがそう言いながら戻ってきたのはそれから結構経ってからのことだった。湯上りの上気した肌がほんのりと色香をまとっている。お風呂満喫したんだろうな。さすがにシロのように隙のある格好はしていない。ほっとしたような残念なような。
「じゃあ、私もいただきますね。」
アンナさんはそう言って出て行った。
一人ずつ外に出て入るお風呂って⋯⋯ 。いや、いいんだけどさ。欲を言えば大浴場がいいなって。
「⋯⋯ お主も男じゃのう。」
「いや、そういう意味で考えてたんじゃないからね。⋯⋯ よく考えたらそういう意味にしかとれないけど。」
「墓穴掘っておらんか?」
シロの言葉に僕は目をそらす。そちらに窓があって風呂の方に向けて開いていたのは悪意あるな。誰の仕業だよ。シロの方を睨むも、首を傾げられた。違うのかよ!
「そういえば、アンナさん、替えの服持ってるのかな?」
僕とシロとの間に横たわる微妙な雰囲気には気付かず、ユウキは心配するように言った。
「たぶんないよ。普通旅人は替えの服なんて持ってないから。僕らはシロがいるから、気にしないでも行けるけど、普通の人ならそんな余分な重量抱え込めるはずない。」
「おふろ上がりました〜。」
そんなことを言ってるとアンナさん帰ってくる声がした。同じ服着ていても突っ込まないであげよう。
「素晴らしいお風呂でした。」
そう言ってドアを開けたアンナさんは今まで着ていた緑を基調とした波打つ上衣とスパッツを思わせるようなぴちっとしたズボンではなく、青いガウンを上からはおり、紫のVネックにミディアムのスカートを履いてくつろいでいる。
「⋯⋯ 剣。」
ユウキにジト目を向けられた。いや、絶対にそれが原因だろ。行き倒れたのは。何余分な荷物増やしてんだよ。
「⋯⋯ えっと、アンナさんは着飾るが好きなんですか?」
「そうですね。生きがいです。」
恥ずかしげに微笑む彼女を見るとさすがにそれ以上追求するのも憚られた。
なかなか筋金入りな趣味だな。生命を危険にさらしてまでか。
「じゃあ、私も入るわね。」
サクラも出て行った。もう一個くらいお風呂作っても良かったんじゃないでしょうか。さすがに人数が多いぞ。一人ずつしかはいれない五右衛門風呂じゃ限界がある。
まだイチフサも入ってないし、僕の番になるのはいつになることやら。




