閑話 「昔々のその昔。初対面のその候」
この星の黎明期。未だに時の流れを司る神もおらず、混沌を極めていた時代があった。山々は絶えず噴火を繰り返し、地を赤く染め、海は海底火山と陸から流れ出したマグマがその熱で熱し、沸騰し始めるのも間近だった。
しばし時が過ぎた。活発すぎるマントルの運動は次第にそのエネルギーを失っていき、海は冷え、本来の青くて冷たい姿をようやく取り戻し始めた。
そして、何がきっかけなのかはわからない。山とマントルが分かたれ始めたからかもしれない。ただ下の熱量を地へ送る役割の付加要素に過ぎなかった地形の盛り上がりは現在での山としての姿を取り始めた。これと前後するようにしてのちに神と呼ばれる存在が誕生した。現在のシロ達である。シロはヤーンよりも古くから存在したこの星最古の神だったのだ。まあ、本人はそんなことは知らないのだが。
そのあと、シロ達に続くように多くの山神が生まれていった。時の流れを解する力のあるものが十分に集まり、ようやくヤーンが誕生した。同じ頃、やはりヤヌスも誕生を迎えたらしい。まあ、ヤヌスに関しては剣とユウキはその存在を認識すらしていないので、どうでもいいといえばどうでもいいかもしれない。
さて、シロが一番最初に生まれたことは先に述べた。当然、彼女に行動の指針と呼べるようなものは何もなかった。自分の存在は存在として理解してはいたが、山神と言われたところで何をすればいいのか。
その頃の山神は特徴は赤く輝く肌である。マグマに覆われた山肌を表すその色は、今の白一色の姿とは隔絶していた。火山形態よりもさらに鮮やかな赤色が其の身を染めていたのだ。
そして、火山の化身の常として、彼女は時々感情の暴発するままに噴火し、隆起し、周囲の環境を、灼熱と混沌のままに留め置いた。それから何万年経ったことだろうか。彼女は不意に別の場所へ行きたくなった。しかし、海へと踏み出そうとした彼女は、足が進まないのを悟った。山神は海を恐れる。それは神格を持たぬ海底火山であった時の記憶がそうさせるのかもしれない。海に沈んだ山神は神格を剥奪される。そんな強迫観念も手伝って、シロは海外へ行くことを諦めた。この時、海底火山の活動もひと段落し、海の水温が下がっていたことはここに記しておく。
しかし、外へ開かれた彼女の好奇心を止めることはもう彼女自身にもできなかった。彼女は、自身の周りの海底の深さの概算を始めた。そして、自らの山体からマグマをそちらに向けて吐き出し始めた。こうしてシロは、浅海を計画的に埋めていった。繊細なコントロールが必要な事業であった。自らの山体からマグマを横へ吹き流していく。そのため、シロの山体はもう大きくはならなかった。埋め立てに全ての力を注いだからだ。
シロは同じように土地を拡張しようと努力した山神数人と出会い、協力関係を結んだ。この神同士の互助大地創造運動によって現在の大陸の多くは作られていった。もちろん、普通に隆起してできた場所もあるが、少なくとも半分はシロたちのおかげでこの大陸は作られたようなものだ。現在も残っている塩水を含む広大な深い湖はこのとき4隅を埋められた海である。話が横に逸れた。元に戻そう。
シロは造陸運動を起こすマグマの先頭に立ち指揮をおこなっていた。自分の本体である山とは距離が開きすぎ、海に接するほどの標高しか陸に与えられない。海への恐怖心から無駄にマグマを消費してしまう。何千年経っても解消できないジレンマであった。シロの作った道のように続く陸。そして、彼女の立つ突端からは黒く深い海が荒々しくしぶきを上げる。周りを海に囲まれる。恐れが心に満ちてくる。それを振り払うようにシロは造陸を続けた。
そんなある日、シロは遠く離れた海上に爆炎が立ち上るのを目にする。新たな山かもしれない。自分の作った陸からマグマによっって蒸発していく海の蒸気を見て改めて類推する。さすがにもうシロも気づいていた。高温の物質に海が触れると白いものが吹き上がることを。あれ、これを使えば目障りな海を一網打尽なんじゃ・・と思ったが、どう考えてもマグマ量が足りない。そのくらいの知恵もついていた。とりあえず進路を吹き上がる炎の方に向ける。
そして、6カ月後。ようやくシロは新山の近くまで肉薄した。もう、すっかり大きくなり、見上げんばかりの威容を誇っている。日に照らされ赤く、夜には黒く塗りつぶされる。茶けた溶岩の山肌がゴツゴツと自己主張し、野性的な荒々しさを持って見る人を魅了する。シロは思う。これほどのものならば、神格を得ても不思議はない。事実、その時既に神格を得たサクラはシロを見下ろしていた。
もともと、絶海の孤島として終わるはずの運命だったサクラ。しかし、シロのお節介により陸とつながる。これによりサクラはギリギリ現在大陸と呼ばれている範囲内に存在できるようになった。これは後の話。
サクラにしても、見渡す限りの海の中、蒸気を上げながら少しずつ伸びてくる自分の山の色とよく似たもの。興味を惹かれぬはずはない。彼女の日課は辺りを一通り見て、その後ずっと続けてシロの作る陸を見ることだった。彼女もそれと同じことをしようとしたが如何せん生まれてから日が浅い。
単に噴火を繰り返し、山体を大きくするを大きくするだけの結果に終わった。かなり近づいた時、サクラはシロという存在を知覚する。どうやら、自分と同じような存在らしいと。サクラの方が上方にいたので、見つけるのはわずかに早かった。
シロの前にサクラは舞い降りる。シロの位置からは色々と丸見えだ。全国の健全な男子高校生の諸君も権利を主張する。髪というよりスカートをたなびかせ、降り立った。そのまま無言の時間が流れる。シロとしても心の準備ができていなかったし、サクラはまず人と喋った経験がなかった。ともかく動きを初動できたのはシロだった。伊達に長いこと生きていない。
口を開く。
「とりあえず、自己紹介からじゃの。わしの名はシロ。お主の名は? 」
「サクラよ。」
サクラの声は果断だった。警戒や闘争心や好奇心がごちゃ混ぜになり、サクラは表情を硬くする。それを見て、シロも緊張を高めた。なんだかんだ言って、自分の山から遠く離れたここでは自衛しようにも心もとない。そのままお互いに相手への備えを補強していく。張り詰めた糸が今にも切れそうだ。
「じゃあ、戦いましょうか。」
サクラがふと漏らした一言はその均衡を破るに充分だった。
二人の拳がうなる。ただの肉弾戦だ。如何せん距離が近すぎる。シロは的確に暴風のように放たれるサクラの拳をガードし、合間に自分の重いパンチを叩き込む。しかし、ガード上からでもダメージは受ける。シロが行くのはジリ貧という名の敗路だ。一方、サクラに遠慮はない。本山の近くにおいて、自分の力を十全に使って、圧倒的な攻撃を繰り出しす。もはや何故戦わなくてはならないかなど彼女の頭からは消えていた。ただ拳を突き出す。それだけであった。どこぞの戦闘マシーンである。だから脳筋と呼ばれるのだ。
海に封鎖され、右、左へとステップし、回避する道はシロに残されてはいない。回避が決まらず、やむなくガードに頼る。バックステップでどんどん後ろに下がることしかできない。もっとも本山から離れるに従って、サクラの力は弱く、逆にシロはわずかに本山に近づいたことで強くなっているのだが。微々たる量なのでシロは気づかない。自分が相手の攻撃速度に慣れたからだと考えていた。
そのまま戦況は膠着する。有利になった方が押していくと、不利になった方の力が増すという永久機関いや、ウロボロスの輪とでも言いたくなるような終わりの見えない戦いだった。炎を操りシロが攻撃を激化させれば、サクラは本能で炎を呼び出し、迎撃した。
スペック的にはシロのほうが高いのだが、結果が全て。サクラはシロと互角の戦いを繰り広げているように思っていた。長い時が過ぎ、ついに二人の戦いは終わりを迎えた。どちらからともなく殴りかかろうとした体勢のまま地面に倒れ伏す。しばらくどちらも起き上がれない。
まあ、二人の内面ではその中でも特に冷静になったシロの中では、あれ、なんでわしら戦っていたんじゃろという思いがムクムクと湧き上がっていたのだが。
「のう、お主、サクラといったかの。⋯⋯ なぜ戦おうと思ったんじゃ。」
地に伏したままシロは問う。
「わっ私だってわからないわよ!」
サクラの返しは簡潔だった。そして、どうしようもなかった。これが活火山クオリティである。みんなも噴火してる山を見つけたら絶対に近づいてはいけません。問答無用で攻撃されます。現実でも。だから桜島は立ち入り禁止になってるんだし。
とりあえず、サクラ相手にシロは自分の知っていることを伝えて、すぐに別れを告げた。
「じゃって、あやつと共におるといつまた戦闘が再開するかヒヤヒヤさせられたんじゃもん。」
というシロの言い訳をここに紹介しておく。
かくしてサクラはシロのことを経験豊富なライバルとして位置付けることとなったのだ。
これが昔々の話。全てが始まる前の神々だけの世界。すなわち神代。この世界だけの創世と出会いの物語である。




