桜次4
それはよく晴れた日の出来事だった。僕らはヤーンに指示された土地に赴くべく、サクラをつれて狭い尾根道を歩いていた。初めは渋っていたサクラだったが、こうして歩いているのを見るととても元気そうに楽しんでいるようだった。友達いなかったんだろうな。僕は生暖かい視線を送る。
「何よ。」
「いや、なんでもない。」
サクラは別のことに気を取られていて僕の思考を読んではいなかったみたいだ。思考開示も万能ではないということなのだろう。⋯⋯ シロのことも考えるとサクラが使いこなせていないだけな可能性が高いけど。
「私はシロに負けてなんかいないから! 」
サクラの自己主張が激しい。
「諦めろよ。どう見ても負けてんぞ。」
「何よ、やってみなくちゃわからないじゃない。」
「いや、暴れてたのをシロに取り押さえられてたじゃん。実力差ありありじゃん。」
「あれは私が冷静な思考を放棄してただけだから! 通常状態なら負けないわ。」
「はいはい、おつおつ。」
「こんにゃろー。そろそろ殺っちまうわよ?」
そろそろサクラの我慢も限界に達しそうだ。
「助けて!シロ。」
とりあえず守護神召喚で。
「いや、どう考えても煽っとったお主が悪いじゃろ。わしは知らんぞ。」
「私も味方はできないかな。」
仲間の評価が最低まで落ちた気がするけど、気のせいだ。そう、ノープロブレムだ。
「どう考えてもあなた仲間に見捨てられたわよ。まあ、今なら一発殴るだけで許してあげる。」
「それが相当じゃろう。」
「まあしょうがないね。」
「お前らひどいぞ」
抗議の声を上げるも取り合ってもらえない。
「じゃあ、行くわよ。歯ぁ食いしばりなさい。」
「いやっ、ちょ、まっ。」
「シッ」
呼気とともにサクラのパンチが僕の腹にクリティカルヒットした。炎を纏っていないから、手加減はされたんだろうけど、神の身体能力は普通に高い。耐えられるはずもなく僕は膝から崩れ落ちた。
「あーすっきりしたわ。」
サクラは満足げに言う。ちくしょう動けねえ。
「ねえ、サクラ、剣が動けなくなったら進めないよ。」
ユウキの言葉にサクラは凍りつく。
「ひょっとして考えてなかった? 」
ユウキのジト目にサクラは冷や汗を抑えきれない。
「そ、そんなわけないじゃない。」
「じゃあ、どうするの?」
「⋯⋯ 私が責任を持ってあいつを背負うわよ。」
サクラは嫌そうに言った。
「そうじゃのう。それがよかろう。」
「よかったね、サクラ。」
二人は言う。
「よかった⋯⋯ ?? そうなの?? 」
サクラは狐に包まれたような顔をしながらも、僕を地面から引き上げ、背に乗せた。
「しっかりつかまりなさいよ。」
サクラはフンとでもいうように顔を前面に向けて動かさない。頑なだ。そして一行は動き出す。僕はまだ残る腹の痛みに耐えながらも、前に回した両腕をしたから支える柔らかな感触を楽しんでいた。いやー、役得役得。
「ねえ、あなた、またやられたいの? 」
サクラは脅す。
また腹が先ほどのダメージを思い出したかのように痛む。
「仕方ないだろ。ここ以外腕回せる場所ないんだし。」
痛みを堪えつつなんとか口に出す。
サクラは苦い顔をしたが、「仕方ないわね。」と認めた。
ありがたい。なかなか今の僕のような状態で触る人はいないのではないだろうか。というか、女の方が力が強くないと出来ない芸当だからな。しゃあない。多分最初で最後なんだし、楽しんでいこう。
「まあ、あなたがまた私を怒らせない限りね。」
「えっ、またおぶってくれるの!? 」
「うるさい。仕方なくよ。」
サクラの顔が赤い。ひょっとして、デレた?
「何を言ってるのかしらこいつは。」
今度はブリザードを纏ったごとく冷たい顔になる。顔芸すげえ。
「本当あなたは、」
サクラは拳を握りしめ、ワナワナと震える。
「悪かったです。許してください。」
ここで発火されたら死ぬ。
「そんなことしないわよ。」
「いや、熱くなっていたからな。怒りに比例して体温爆上げになってたからな。」
「気のせいよ。」
サクラはことさらに意識を外に向けるように進行方向を見据えた。そのまま逃げるように歩を進める。いや、おぶってもらってるから全く相互の距離変わってないけど。その綺麗な横顔をキリッとさせて行くサクラは結構かっこよかった。
⋯⋯ 後背部横から見る横顔には何か特別な名前が付いてたりするんだろうか。急に不安になってきたぞ。謎の職業病を発症しつつ僕はつかまり続ける。絵面的にひどいことになってそうな予感しかしない。頼りある男とまではいかなくてもせめて守られる側じゃない立ち位置にいたいじゃないか。⋯⋯ シロに守られてるけど何かというツッコミはノーカンで。あれはあれだよ、実家暮らしの特権の一つ、親相当の人を当てにするだよ。未だに高校生なんだし、そのくらいは許されるはず。
そのままサクラの背で揺れる。さすがに、僕のサイズが大きすぎて、歩みは安定していない。一眠りという極楽に誘われることはないようだ。落下したら本物の天国門が開きそうだし、仕方ないね。
そして腕に力が入り、彼女のふくらみを意識し、サクラの制裁を受ける。このいつ終わるとも知れぬ無限ループは、昼食休憩にて終わりを告げた。どう考えても僕が動けなくなった時点で休憩取るべきだったよな。悪い笑みを浮かべるシロとユウキの作為を感じるぞ。丁寧に背から降ろされる。意外と、こういうところはきちんとしているサクラだった。地面にどしんされる可能性を思ってブルブル震えていたのは僕の取り越し苦労に過ぎなかったようだ。
お礼を言って、僕は地面に腰を下ろす。岩が風化したのであろう白い砂の上だ。茶色土は腰を下ろすには抵抗があるけど、これなら安心。泥で汚れる心配もない。
周囲の尾根を見渡しながら昼食の用意をする。さすがは山神が集まるらしい地域に向かってるという道だ。尾根というよりもう一つの山脈だなこれは。そう、見渡す限りの山また山。一回冬は超えたからこそのこの新緑。萌える若木が目に眩しい。しかし、冬の間に南に行けてよかったな。さすがに好き好んで雪山に登るほど僕は山をなめていない。一年のうちで最も危険な季節、それが冬山だ。その割には秋に出発した気がするけど気にしたら負けだ。冬が来るのがわかっていたから心持ち南っぽい方角、つまりシロの山から離れるような方向へ移動したのが功を奏して、本格的に雪に降りこめられるという体験はせずに済んだ。
オスカーの開発が間に合ったら、一回本格的な雪山にも挑みたいな。—閑話休題ーいや、この状況とはほとんど関係ないことにここまで思考が伸びるとは僕も予想外だったというか。だからそんな目で見ないで、シロ、サクラ、ユウキ! 呆れ果てた視線を向けられるのはたまったもんじゃない。⋯⋯ ユウキもっていうのが特に。ユウキは、シロと僕の掛け合いをよくわからないなりに微笑みながら見ているポジションじゃなかったのか? 参加してくるなんて先生聞いてません。
さらに思考を飛ばしていく僕に何を言っても無駄だと思ったのだろう。三人はめいめいに昼ご飯を取り出した。⋯⋯ そうだった、今回は、全員が別々のヤツを作ったんだった。
僕は自分のリュックの中を探り、おにぎりを取り出す。⋯⋯ ユウキの作った朝ごはんを失敬したけど何も問題はないはずだ。肉系統を中心とした多彩な具材が僕の舌の上で踊る。やはり、おにぎりは最強だな。
ユウキはお弁当、学校にいつも持ってきていたような、カラフルな栄養バランスを考え抜いたであろう一品だ。野菜、たんぱく質、炭水化物が満遍なく取れそうなお手本となるようなものだった。そして、シロが取り出したもの⋯⋯ それは氷だった。一口大に切り分けられた美しい結晶細工のような宝石めいた代物。
僕とユウキはそれがシロの腹に次々と収まっていくのを唖然としながら見送った。だが、それは序の口に過ぎなかったのだ。そう、サクラである。彼女はなんと、右手に炎を錬成し、それをおいしそうに喰らっていた。笑みがこぼれる幸せそうな顔で。確かに美味しいんだろうなとはわかったけど、それはその⋯⋯ 。とりあえず、神様と人間は違うんだなと改めて認識しました。
栄養バランス的に乱れまくっている僕らを見かねたユウキが余分に作っておいたお弁当を振舞ってくれたことで僕らの昼食は最高の結末を迎えたと言っておこう。美味しい料理には神様だって逆らえないんだ。




