桜2
「ところで、シロ。聞いたかしら?」
サクラはシロの方を向き直って、改めて口を開いた。
「何がじゃ? 」
シロは心当たりなさそうに首をひねった。
「何、忘れちゃたの? 」
サクラは呆れた顔をした。
しばらくシロは心当たりを探った。
「もうっ、じれったいわね。ヤーンが連絡してたでしょ。」
しばらくおとなしくシロが考えるのを見ていたサクラだったが終いには我慢できなくなったようである。答えをあっけなく口に出した。まあ、彼女はこのことについてシロと話したかったみたいだし、よく持った方だというべきだろう。サクラマジ我慢の子。
「⋯⋯ そうじゃった。」
シロは少し愕然とした。
「まったく、爺言葉使ってるから頭までおじいちゃんになっちゃったんじゃないの? ⋯⋯ ちょっと心配になるわよ」
サクラの攻撃的な言葉の後ろに続く小声での気配り。ツンデレだなー。⋯⋯ 違う違う。そんなことより気になるのはその内容だ。ヤーンから何の連絡が来たんだろう。
「とりあえず、わしは耄碌してはおらんわい。⋯⋯ じゃがありがとのう。」
サクラのツンデレ風味の言葉に反応してシロも返した。⋯⋯ こっちもどことなくツンデレ風だぞ。あれか? 否定からの肯定という話法はツンデレ話法と名づけられ得るのか? いや、気にすることはないし、実用性もあまりなさそう。
「でっ結局なんなの? その話って。」
ユウキはいつまでたっても進まない話がじれったくなったようだ。いつまでも終わらないまであるからな。
「いいの、話しても?」
サクラはシロに問いかける。意外と重要な話題のようだ。
「まあ、隠しておいても仕方ないじゃろう。」
「お主ら、ちょっと良いか。」
シロはサクラから僕らに向き直った。
「そろそろなんじゃが⋯⋯ わしらのあいだであるイベントが行われるんじゃよ。」
「ちょっと待ってシロ。そこからは私が説明するわ。」
不意に僕らの頭の中へ直接声が響いた。この、落ち着いた声は確か⋯⋯
「ヤーン!」
シロとサクラの驚きの名呼びで完全に思い出した。ヤーンだ。この世界の主神で、僕らを呼び寄せた人。すっかり影は薄くなったけど、ようやく満を持しての本編登場だ。
空間が歪む様を見ながらやっぱり失礼なことを考える僕。何も成長してない。
「私だって色々仕事あったのよ!」
完全に姿を現したヤーンは少々涙目だった。青の髪はまるでサファイアのように透明感がありつつもしっかりと存在感を放っている。相変わらず綺麗な人だ。
「まったく。お世辞だけは上手なんだから。」
ぷいと顔を横に向けるヤーン。
「おせじじゃないのはわかってるでしょ。」
「まあ、それはそうなんだけど⋯⋯ でも、なんかこう。あーもやもやするわ。」
「諦めるんじゃヤーンそれが剣じゃ。言葉じゃ定義できんがのう。」
「そうね。確かにこれは剣だわ。女たらしとも違うんだけど⋯⋯ 。」
なにやら、神様達は三人顔を突き合わせて雑談モードだ。なんか話題が僕な気がするけど気にしたら負けだ。
「ところでユウキ、僕らしさってなに?」
「しっかり聞いて疑問になるんだね。」
ユウキは苦笑いを浮かべた。
「剣はさ、なんていうか⋯⋯ 、神様達との距離の取り方がうまいんだよ。」
そういうユウキの後ろで三人はうんうんと頷いていた。
そうなの? 自分じゃ自覚ないけど。
「たぶん人間の女の子に対するよりはうまいんじゃないかな。剣、結構きょどるじゃない。」
「そんなことはないよ⋯⋯ たぶん。」
「まあ、その点点点の後に言った言葉が全てを物語るよね。」
「くっ。」
痛いとこをつくじゃないか。
「でもね、剣はなぜか神様相手には良くも悪くも自然体なんだよ。」
「自然体⋯⋯ 。」
首をひねる。
「だからさ、変に気取らなくて、ありのままの自分を出しているっていうのかな。普通、自分とは全く違う存在を見たら萎縮するものだけど⋯⋯ 。」
「神様っていたらきっとこんな風に接するんだろうなーとか神社にお参りに行く時とか常々考えていた結果かな。」
「普通はそんなこと考えもしないよ!?」
ユウキは呆れ返った風だった。
「でも、たぶんそんな剣だからこそ神様達と仲良くなれたんだと思うよ。」
春の陽光のように柔らかく笑う少女に僕は目を奪われた。
やっぱり、僕はこの子が好きだ。自信を持ってそう言える。
⋯⋯ ユウキの笑顔が少し照れたような半笑いに変わった。
「じゃなかったわ!」
すっかり落ち着いた風だったヤーンが突然叫び声をあげた。よーし、ステイステイ、一旦落ち着こうか。
「いや、一回無駄に落ち着いたわよ!」
叫ぶヤーンの抗議ももっともではある。
「でっ、結局何なの?」
ユウキは自らの両腰に手を当てて、ヤーンの方を振り返った。
「少し関係ないことに時間を取られすぎたわね。」
どうしてかしらという風に顔をかしげるヤーンの横で、シロが口パクで僕に向かってお主のせいじゃと言っていた。
ひどい風評だ。関係ないにもほどがある。
火のないところには煙は立たんわい。シロの口パクは続いた。いや、普通に喋ってもいいよね?
ヤーンそんなの気にしないだろ。
「どうじゃか。」
シロは肩をすくめた。あっ、ついに口に出した。
「⋯⋯ まあ、剣の思考を読んでいたからわかってたけど。⋯⋯ 我慢してたみたいだし一応褒めておくわ。」
「ほらのう。一応じゃったろ。割と気にするんじゃこやつは。会話を遮られるのとかのう。」
「やっぱりあなたは黙ってなさい。」
「おお、こわい」
シロのおちょくりがとどまるところを知らない。後でどうなっても知らないよっと。
「ほんとにあなたたちに付き合っていると時間がいくらあっても足りないわね。とりあえず、用件だけ言っておくわ。さっきイベントがあるって言ったじゃない。そのことについてなの。」
ギリギリの軌道修正を果たしたヤーンは言葉を切った。
口を開かない僕らに満足そうに頷いてつなげる。
「そのイベントっていうのはね、あなたたちの世界でいうと⋯⋯ そうね。オリンピックみたいなものかしら。私たちの力比べってとこね。それに私たちは皆参加するの。ここにいるシロもサクラもね。」
「じゃあ、シロは、その間僕らのそばには入れないってこと?」
「そういうことになるわね。」
そうか。それはかなり辛いな。シロがいないのは純粋に寂しいし、僕らの生活に取っても痛手だ。
チートが消えた異世界人はただの人である。⋯⋯ いや、ただの人で普通なら不都合はないんだけどな。チートがないと異世界に渡れないとか現代人は軟弱だな。そんな都合よく神様がチート授けてくれるわけはないんだぞ。⋯⋯ まあ、僕らに関して言うと仲間が神様でチートだった訳だけど。
「それで、その間あなたたちには大人しくしてもらおうとも考えたんだけど、さすがに気の毒だし、たまには変化も欲しいわねって思ってた所だったからね。」
ヤーンは意味ありげに笑った。
「つまり⋯⋯ 」
僕は先を促す。
「そう、つまりはあなたたちも私たちのイベント、神闘会を見にこないかってことよ。こうすればシロもあなたたちを守れるでしょ。」
「でもヤーン、確かあそこって結構かかるわよね。転移も出来ないこの子たちを待ってたらいつまでたっても始まらないわよ。」
サクラによる疑問点への口撃が行われる。
「剣たちが来るタイミングで、みんなを集めるから大丈夫よ。そんなに心配しなくても。」
「ばっ、ばか。心配なんてしてないわよ。」
サクラは首をぷいとひねった。ツンデレだなー。いや、それはそうとして、ヤーンの提案を考えてみよう。
まず、シロがいないと不安だ。まだまだ僕ら二人ではこの世界ではすぐに死んでしまう可能性が高い。山もユウキのことを考えると絶対死なないという保証がないと向かってはいけないだろう。
そうなるとどっかの町でシロが戻ってくるまで待ちぼうけか。僕は回遊魚のように移動し続けてないと死んじゃうんだよというのは冗談としても、停滞するのは性に合わない。
その点、見に行くとするとまず、移動できるのは確実だ。もともとあてもそこまでない旅なのだし、会場に行くくらい、いいんじゃないだろうか。
「そういえば、会場は山に囲まれた所よ。人に見られる訳にはいかないもの。」
ヤーンは僕の思考を読んでるんじゃないだろうか。ピンポイントで僕の琴線に触れる言葉をかぶせてきた。いや、思考読んでるのは知ってるけど。
うん。山か。正直、この場所から次の山を見つけようとして見つからず絶望を抱えていた僕にとっては山と聞くだけで行きたくなる。何しろこの山の上から見えるのは見渡す限りの広大な平野だ。僕らが歩いてきた尾根以外に山が見当たらない。
というか、サクラのボッチ具合がハンパない。これぞ独立峰って感じだ。近くに山の友達を作ったらどうだろうか。閑話休題。とりあえず僕の気持ちは固まった。見に行きたい。娯楽としても面白そうだし。
「分かったわ。剣は賛成ね。ユウキはどうかしら? 」
「私は⋯⋯ どっちでもいいかな。しばらく休養をとりたくもあるけど、その神闘会というのも見てみたいし。」
「なら、賛成多数ということで。参加ね。ありがとう。これで久しぶりに面白いイベントになりそうだわ。」
ヤーンはニッコリと笑った。一対0だけど、まあ、賛成多数とは言えなくもないかな。




