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異世界山行  作者: 石化
6章 最後の戦いと、それから

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塔の崩落

 小高い丘の上から、天をついて上の見えない規格外の塔とそれを取り巻く街が見えた。


  この塔が聳え立っているのを見たのは、遥か昔だ。僕らがこの世界に来るきっかけになった事件。その原因と解決の役割は、この場所が一手に引き受けていた。


 そのあと、見るも無残に崩壊して別のものになっていたのもよく知っている。どちらにしろ観光地として人気を集めていたはずだ。でも、この塔が再建されたと言う話は聞かない。と言うことは、つまり⋯⋯?



 塔から非常に激しい音が聞こえた。爆発音のようなものに続いて、ミシミシと嫌な音が上空から降って来る。続いて街が影に覆われ始めた。塔が傾いていく。このままでは街を潰して倒れてしまう。できることはないけど、それでも、心配だ。


 救いは脅威それ自体からもたらされた。バリバリバリと雷もかくやと言うほどの大音量が聞こえてきて、次の瞬間、塔は中程からポッキリと折れた。中の丈夫な物質、おそらくはエレベーターで連結されているため離れることもできないまま、塔は遠くの山にその頂上をゆっくりと横たえた。空中を塔の橋がかかる。今この時間でなくては決してありえない光景。それは人工的で壮大で、魅せられてしまう。


 いくらか察した僕らの前に空間転移の兆候があった。目の前が歪んで、深青色の髪をした美人が現れる。ヤーンだ。彼女が全てを説明してくれるはずだ。なんてったって全てを企んでいたのはこの人のはずだから。



 ヤーンは微笑んで、口を開いた。


「ようこそ再びこの時間へ。」

 ニンマリとした笑みだった。

 深青色の髪が丘下からの風に巻き上げられている。



 彼女の言い方的に、ここは、やっぱり僕らがこの世界に来たあたりの時間らしい。今、あの塔の最上階にはユウキがいるはずだ。僕は現実世界に帰還中と。長いことたったけれど、いまだにありありと思い出せる。あの時の喪失は何よりも重かったから。


「これからあなたたちを地球に帰そうと思うわ。」


 そんな僕の感慨など知らぬげにヤーンは静かにそう言った。僕たちの出方を探っているような静かな瞳だった。



「この時間でないと地球へのゲートは繋げないの。随分前から決めてたわ。不老にして魂に若いあなたたちを刻み込み、ドールの協力を取り付けてこの時間帯に復活させることをね。」


「私は、帰れないはずじゃないの?」

 ユウキがおずおずと口を開いた。いつもの彼女に似つかわしくないその態度は、ずっとそれに苦しめられて来たからだろう。いくら悪くないと言っても、ずっと罪悪感を抱えていたようだったから。


「死によってあなたにまとわりついていた白黒物質は消えたわ。肉体を再構成したのがこの色のある世界なら、あんな色なしの物質が紛れ込むことはないのよ。」

「なるほど?」

 わかるようなわからないような。まあ、ヤーンが言うのならそうなんだろう。


「神闘会でも度々盛り上げてもらったし、いつの間にかドールとも仲良くなってたし、私が密かに決めていた向こうへ返すかどうかの判断基準を全て突破されてたんだもの。結構厳しめにしていたつもりなんだけど。」


 えーっと、もともと、返す手段はあって、でもそれには僕らの死が条件で、それ以外にも条件を作って乗り越えられるかこっそり見ていたと。うん、この主神ひどいぞ。そんな方法があるんならすぐに帰らせてくれても良かったんじゃないか?


「教えてたら、自殺してた? しないでしょ。それに、神闘会に参加するよう誘導したし、試合に一緒に参戦するようにサクラを煽ったし、結構ヒント出してたわよ。」


 それはヒントじゃなくて悪巧みと言うと思うんだけど⋯⋯。



「過ぎたことは気にしないの。向こうに帰ったら、一番最初にこの世界にきた日の次の朝になってるはずよ。剣が行った諸々は別の枝として処理されるから大丈夫。あとは、そうね、仲間に伝言くらいなら、聞いてあげる。」



 向こうに帰るってことは、こっちで一緒に過ごした仲間たちと永久に別れるってことだ。それを今更痛感した。⋯⋯いや、死んだ時にもう終わりだと一旦諦めたんだけど、こうして生き返ったらまた会いたくなってしまう。でも、これはただの感傷で、僕のことはただの死人として扱ってくれないと困る。サクラが感情を溢れさせて噴火しているのが容易に想像できて、胸が切なくなる。


「じゃあ、まず、イチフサに向けての言葉をどうぞ。」

 僕らの感慨を断ち切るように、ヤーンは話を進めた。実務的な時のヤーンは一種冷徹でさえある。


 イチフサ。山で出会った、犬耳の山神少女。悪友というか親友というか、なんでも遠慮なく言い合える関係だった。頭の中で彼女が笑った。


「素敵な仲間で、大事な人。これからも幸せに生きて。」

「君には何度も助けられた。ありがとう。」

 そう言う風に迫られると口は意味ある言葉を紡ぐもので、言葉にしたのは純粋な気持ち。きっとユウキもそうなんだろう。飾らない言葉で、彼女に思いを伝える。


「それだけでいいのって、無粋かしらね。じゃあ、サクラに。」


 僕にとってのサクラは到底一言で片付けられる存在じゃない。大切な人で大事な相棒で、大好きな、愛する人だ。激しい気性も、桜色の綺麗な髪も、僕より少しだけ小さな体も剣を握った感触も、そのすべてが好きだった。だから、僕を失ったサクラがどうなるのか心配でたまらない。人として、おこがましすぎるだろうか。でも、僕の唯一の心残りは間違いなく、サクラのそばにいれなくなることだ。


「恋敵として、友達として、そのまっすぐな性格が大好きでした。」

「心配でたまらないけど、一つだけ。どうか前を向いて。大切な人をまた作って欲しい。」


 無責任な言葉だ。わかっている。でも、僕は彼女に幸せになって欲しい。もうじきこの世界から退場する僕にできることはないけど、できれば別の人と一緒に。ヤヌスと結婚した勇者のように一途な人に、サクラが愛されますように。


「わかったわ。」

 何も言わずにヤーンは頷いた。言いたいことはあったのかもしれないけれど、飲み込んでくれた。


「最後、シロへ。」


 彼女への言葉は決まっている。僕はユウキと目を見交して、二人で揃って言った。


「「ありがとうっ!!!」」



 彼女に送るのはこの一言だけでいい。最初から最後まで世話になりっぱなしで、全然恩返しできなかったから、最後に、この精一杯の思いだけは伝えて欲しい。


 ヤーンは破顔して嬉しそうだった。ヤーンとシロは仲悪い風に見せかけてるけど、本当は認めあってるって僕は知ってる。シロへの感謝が自分のことのように嬉しかったんだろう。



「じゃあ、最後に。向こうの世界で、こちらの世界の記憶が残るかはわからないけれど、なんとかして思い出して、語り継いでちょうだいね。」


 そう言うヤーンはいたずらっ子の顔をしていて、難題をふっかける姿はまさしく神様で、でもこれが最後かと思うととても悲しい。


「私だって思うところがないわけじゃないわよ。でも、色々悲しくなるから、別れはあっさりって決めてるの。」


 ヤーンの手によって複雑な陣が描かれ始める。いつもは陣なんて描かずに空間転移でも時間操作でもやってしまう彼女をして、この動作を必要とする。異世界転移はやはり相当な難易度だ。


「さようなら。私も楽しかったわ。」

 僕らのお礼を聞く間すら惜しんで、彼女は陣を起動させた。彼女ともあろうものが動揺するんだなと可笑しかった。



「「さよなら。」」

 二人で言って、僕らは空の上へ、独特の浮遊感を伴って持ち上げられた。ヒュンヒュンと回って景色が撹拌されていく。下に立つヤーンの姿が見えなくなった。目を閉じる。次に目覚めるのは、僕らの地球のはずだ。




 ●





 陽のあたる縁側。ポカポカとした陽気が庭先から侵入してきて眠気を誘う。近頃住み着いた野良猫が喉を鳴らして昼寝を始めた。


「と、言うことがあってな。」

 僕は、孫にそう言って話を閉じた。

「うっそだー。」

 感想はこれで、全然信じてくれていないことが丸わかりだ。


「おばあちゃん、おじいちゃんが、でっち上げ話してるよー。」

「あらあら。でも、本当のことだよ。」

 ユウキはおっとりと僕の言葉を肯定した。誰に言っても信じてもらえなかったあの世界の話だけど、ユウキだけは覚えていて、今でも時々思い出話をする。


「そんなー。あっ、でも、サクラさんって人には会ってみたいなー。」

「ほう。どうしてだい?」

「性格が、好き!」

 一片の曇りのない顔で断言された。なんとは言っても孫だから、趣味は似るとは思うけど、僕の話でサクラを気にいるとはなかなかすごい。サクラとの恋愛部分に関しては言葉を濁していたから、彼女のとっつきにくいところしか伝わっていないはずなんだけど、それでも好きになってくれるのか。


「お前があの世界に飛ぶことができたら、今度はおじいちゃんができなかったことを果たしてくれ。」


「サクラは俺が幸せにするよ。」

 自信満々で彼は頷く。燃やされる未来しか見えないけど、そこから始まる恋もあるはず。


 なにはともあれ、あの世界は、僕らの青春の大きな大きな1ページだ。軽く一生分はあった。ユウキと二生分一緒にいることになってしまうなって、声に出さずに笑って、僕はぼんやりと日向ぼっこを再開した。余生が許されるのならば、もう一度会いたいものだ。















後、もう1話だけ、続くんじゃ。⋯⋯あとがきどうしようかな。出してやらないと怒るよなあ。

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