冥界相対
この世界で死した魂は、ドールの納める冥界へと流れていく。それは異世界人であるユウキも例外ではなかった。不老の効果で魂の形が固定されていた彼女は、不定形になるものが多い魂たちの中で例外的に、生前の形を保っていた。
彼女の目の前に、暗闇の中で明るく浮かび上がる壮麗な宮殿が姿を現した。あれは、ドールの宮殿だろう。大体の事情をなんとなく把握していた彼女は一人頷いて、そちらに向かった。
●
大きな机の後ろの大きな椅子の上に座るドールは、現世の昼の姿ではなく、夜の美少女姿で、大仰な帽子を被って威厳に溢れていた。少し気圧される自分を自覚しつつも、ユウキは前に踏み出す。
「ドールが閻魔様みたいな役割をしてたりするの?」
こんな状況でも彼女は落ち着いていた。剣のそばで精神的支えとしてずっと一緒にいた彼女はもう、並大抵のことでは驚かなくなっていた。大体剣が悪い。主人公を装っていたからその異常はギリギリ隠れていたけど、あんなに山に執着する人格が普通なわけはない。対応するのに慣れていって、ユウキは何事にも動じない性格を獲得していた。
「ま、大体そんな感じよ。あなたたちに関しては別口でってヤーンに頼まれてるけどね。」
大仰な雰囲気に似合わぬ軽い口調でドールは答えた。見下ろしていながら親しみに溢れるその態度は、あの時彼女がドールを助けたからに違いない。死後の扱いにおいて、あの時の行動は大きな影響を発揮していた。曲がりなりにも冥府の神を助けたのだ。それくらいの利益はあってしかるべきだろう。
「ヤーンから頼まれてたのは、あなたたちを冥界で保護して、しかるべき時になったら、生き返らせるってことなんだけど⋯⋯。」
「生き返られるの?」
「まあ、こちとら神様だから。そのくらいはチョチョイのチョイよ。」
「剣も一緒に?」
「それは⋯⋯。」
ドールは後ろめたそうに目をそらす。
当然ユウキは怪しんだ。厳しい表情でドールを問いただす。彼女もまた神と並んだもの。心に弱みがあるのなら、三神といえどもごまかすことはできない。ドールは目をそらしたまま白状した。すでに冥神としての威厳はない。
「剣は、私と一緒に冥界で暮らすの。」
ドールはやっぱりさみしがり屋で、求めるのは孤独な冥界で共に生きて悲しみを分かち合ってくれる人。剣を時々呼び出して、無聊を癒して依存した。もう彼女は後先を考えてはいられなかった。ヤーンと交わした約束も目の前の女の子の思いも、全て踏みにじって剣と二人で生きたかった。
「私と貴方の思いは共存できないよ。」
「私もゴリ押しはしたくない。」
「だから。」
「そうね。」
「決闘だ(ね)!」
⋯⋯うん。君たち、脳筋。
裁判の間は変形して、大きな決闘場が形作られていく。コロッセオもかくやという雰囲気だ。
ユウキの手にはイチフサの変形したような形の刀が握られている。長年使っていたため、魂の中に彼女の形が刻まれたのだ。相対するのはふわりとした黒いドレスを纏ったドール。獲物は禍々しいハルバードだ。
「買ったほうが剣をもらう。」
「恨みっこなしで。」
勝負!
二人は目線で宣言する。ぱっと刃が合わさって火花が散った。まずは牽制といった風に、ユウキの刀に向かってドールの斧がうねる。
それを刀の腹で受けてユウキは懐に潜り込む。斧は攻撃力こそあるが、近くで振り回すには不向きだ。槍の部分も潜り込まれては意味がない。ユウキとドールの対人経験の差が出てしまっている。
すっと刃が離れる。刀を返して右胴へ。ユウキの放つ一撃は白い煌めきを残して吸い込まれていく。
必殺の一撃。だが、ドールは己の腕を膂力で強引にひとまわしした。冥界での彼女の力は超強化されている。今回の戦いでは肉体を補助する程度だが、本気を出したら冥界において彼女は無敵だ。
ハルバードの柄がユウキの剣を弾き飛ばした。ぐるりと豪快に回りきって、直立する。
ユウキは即座に体勢を立て直した。隙を作らないのは強者の証だ。
振り下ろされる斧に余裕を持って対処する。斧は当たれば強いが振りが大きく、ユウキにとって躱すことは難しくなかった。
それをその数合の打ち合いで理解したのだろう。ドールは戦い方を変えた。ハルバードの先、槍部分をメインとした刺突中心の攻撃だ。
ユウキは随分とやりにくそうに対応する。それもそのはず、彼女の戦い方はどうしても現代剣道の動きが主体となっている。基本的に相手の振りを刀で受け止めるのが剣道だ。突きに対してできるのは叩き落としと払い上げのみ。それもタイミングがとりずらい槍相手ではなかなか難しい。必然的に、体を動かすことで避けることになる。リーチの長さで懐に潜り込まれないよう牽制しながら戦うドール。このままではユウキのジリ貧である。
ここで拗れる。予定では平和にちょっと話して終わりだったんですけど主人公が思ってたより主人公してたので仕方なく。




