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異世界山行  作者: 石化
6章 最後の戦いと、それから

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急逝(きゅうせい)

 

  丸太でできたログハウスよりはいくらか上等だ。僕らの家を評するなら、この言葉が適当だろう。一回サクラのせいで炎上してから火災対策で材質が変わるという変化があったけれど、旅立った時から今まで大きな形は変わっていない。


 家の二階。僕らはその一室のベッドの横に集まっていた。ベッドに横たわっているのは、ユウキだ。彼女は弱った様子で、元気がない。今にも消えてしまいそうだ。


 思えばしばらく前から彼女の様子はおかしかった。体力が落ちて、歩くときも遅れがちになっていたし、ご飯も手の込んだ料理はなくなった。そんな事実から目を背けていたのかも知れない。一番最初の神闘会でヤーンにもたらされたのは不老の力だけだ。不死ではない。そんな単純な事実を忘れていた。見た目が全然変わらないから、そのままずっと生きていけると勝手に思い込んでいた。


 ユウキは弱々しくベッドから手を出す。それを握りしめて、僕は何も言えずにただ彼女のそばにいた。何かを言おうとして、その何かが口から出てこない。思いついた言葉と発声する口の間の回路が途切れてしまっているかのようだ。


「剣⋯⋯。ずっとありがとね。私は先に逝くよ。」

 嫌だと否定したかった。でも、僕がいくら否定しようとしても、どうしようもないことだとわかっていた。だから、唇をかみしめて力を入れる。


「ユウキ、おやすみ。」


 その言葉を聞いた彼女は満足したように笑って、目を閉じた。手から力が抜ける。徐々に冷たくなっていくのを感じながら僕はずっと手を握っていた。




「剣。すまぬ。」

 シロの声。それと同時に、体の中に刃の感触。


 ごふっ。血を吐く。


「何してるの、シロ!」

 サクラが慌てて僕とシロを引き剥がす。


 刺された。誰に? シロに。なんで、だ。


「ヤーンに頼まれておった。一人が死んだらもう一人もすぐに死ぬようにさせろと。理由も納得しておる。二人のためじゃ。」


「でも、なら、なんで、私に何も言わないの!」

「お主は納得せん。」

「私を納得させられない程度の理由で、私の最愛の人を奪えると思わないで。」

 シロとサクラの間で激しい武器の応酬が繰り広げられる。僕を狙うシロをサクラが必死になって止めている。


 シロが、僕を殺そうとしている。そのことにようやく頭が追いついた。シロの口は引き結ばれて真剣そのもので、どう見ても冗談ではなさそうだ。


 体の中にまだ刃物の感触がある。背中から突き立てられたようで、取ることも難しい。力が急激に抜けていく。シロを信用したい気持ちはある。でも、ここで死ぬのは、だめだ。サクラのことを思えば、ここで死ぬわけには行かない。僕は、彼女に、たくさん言いたいことがある。どうしようもなく好きだから。僕が死んだ後もずっと生き続ける彼女に言葉を送りたいと、そう思って。



 僕とサクラが光に包まれる。トリガーが引かれ、二人は一人になる。身体変化に気を回すこともなく、僕は、自分の気持ちのすべてをサクラに伝える。


「なにもう諦めたようなこと言ってるの!」

 僕を叱って、シロの攻撃を捌いて、彼女は駄々っ子のように納得しなかった。


 それはとても嬉しいことで、でも僕に時間が残されていないのは事実だ。シロが敵に回っている現状、この体の中の刃を抜く時間は取れそうにない。


「仕方ないですね。剣さん、私がシロさんを引き受けます。言いたいことがあるのなら、その間に。長くは持ちませんから!」

 イチフサが乱入した。彼女の尊敬する相手であるシロに刃を向けて、それでも僕に時間を作るために。


「ありがとう!」

 感謝の言葉は一言だけ。答える言葉はなく、彼女は少しだけ口元を緩めてみせた。



 サクラに向き合う。今の彼女は僕で姿を目にすることはできない。それを少しだけ残念に思って、振り払う。これで終わりだ。本当に最後だ。いつかこんな日がくるとはわかっていたけれど、それでも後回し後回しにしてなんの準備もしないまま迎えてしまった。後悔しても仕方ないけど、ああすればよかったと思ってしまう。


 言うべきことはあるはずなのにそれが口から出てこない。自分の思考を手繰り手繰りに最後の機会と自覚して、なんとか言葉を作っていく。



「君が好きだ。きみ身体きみも。ずっと忘れない。」


 桜といえば儚いもので、咲き誇って散るのは一瞬。ある意味で僕の方が桜らしいのか。


「剣、幸せだったわ。絶対に離れないって思ってた。あなたは私を裏切るの。」

 不安そうでどうしようもなさそうで、揺れる彼女の声。やっぱり彼女は山神というにはあまりに未熟だ。僕が心配になってしまうほどに。


「人はいつか死ぬんだよ。僕は人として生きたかった。ただそれだけ。」


「私を、ひとりにしないでよ。」


「ごめん。」


「ああ、もう。謝らせたいわけじゃないのにっ!」


「なら、感謝を。ずっと、サクラと一緒にいられて楽しかったよ。ありがとう。」

 どうにも僕は決め台詞なんて高尚なものは浮かばないみたいだ。そんな普通の身の丈にあった言葉しか、伝えることはできなかった。


「受け取るわ。こちらこそ。あなたのことが大好きよ。」

 そんなとびきりの告白を最後に聴けるなんて幸せ者だ。僕は、満足する。



 サクラと分離し、僕はベッドに倒れる。ユウキの体の上を汚して、こひゅ。荒い息が漏れる。


「剣、わしを恨んでくれて構わぬぞ。じゃから安らかに眠れ。」

 シロの自責の言葉に答えるような元気はすでになく。


「さようなら。」


 イチフサのお別れの言葉にも返すことはできず。



 僕は目を閉じ、全ての感覚がなくなった。











突然の死。あと、4話です。

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