設定開陳という名の露悪的な話
うん。頭が追いついていないのを感じるぞ。ここに来てから意味のわからないことの連続で本当に意味がわからない。⋯⋯確かに異世界ってのは宇宙の星の一つだって考察をした時もあったけど、それでも無理でしょ。無理だと思います。
理がないっていうの? そんな感じ。どう考えても無理やりという感じなのが否めない。
「でも、アウラさん、嘘ついてませんよ。」
イチフサが恐る恐る言った。アウラ相手でも読心術は有効なのか。
で、嘘じゃないと。つまり、アウラの故郷が地球だってのは本当だと。
「百歩譲って認めるとして、僕たちの時代にこんな遠くに飛べるような宇宙船はなかったはずだ。」
「いつから私が同時代だと錯覚していた。」
「えっ、違うの?」
「私が生きていたのはずっと未来の話。日本コロニー最後の一人とは、私のことだ!」
どやっと横ピースを決めてポーズをとるアウラ。
「ねえ、それ日本滅びてない? 大丈夫なの?」
ユウキが冷静なツッコミを入れる。
「私はデザイナーベイビーとして生まれたーー」
あっ、なんか自分語りが始まった。長そう。いや、長くあってしかるべきだし、聞くのはやぶさかではないけどさ。
「日本鯖の最後の一人としてデザインされた私は長い寿命と長い耳、ついでに、日本の全ての記憶を宿した存在だった。」
なんか、いらない一行程混ざってない? 耳重要かな。多分違うよね。
「その頃には海外鯖との連絡も途絶えて久しく、もしかしたら、この鯖が地球最後の場所なのかもしれないとも思えた。」
コロニーって鯖って訳じゃないよね。他はわからないけど、それだけは確かだ。
「このまま座していても死が近づくだけだと気付いた私は、どうしよっかなと頭の片隅で考えながらブラブラと時を過ごしていた。」
ダメだ。ブラブラしてるだけだ。何も行動に移していない。ダメな子だ。
「そんな時、遥か昔に生きた誰かの記憶を読んだ。その意識の中に刻まれたこの星の記憶を。」
ん? こちらに来たことのある人が僕ら以外にもいるってことかな。
「地球の文化を継承させるのはこの星しかないと思った。私は持てる知識を総動員してこの宇宙船を作った。大変だった。」
うん。一人で作ったらそりゃ大変だ。
「幸いムミョウたち機械AIが手伝ってくれて、なんとか完成した。」
ムミョウって機械なの? 山神じゃないの?
「燃料はなかったが、私はデザイナーベイビーとして重力を操る力を持っていた。おそらく私を作ったものたちは、この星からの脱出を視野に入れていたのだろう。不足する物資を補える力だ。」
ツッコミはさせてもらえなかった。あと、口調変わっているよね。デスマス調にもなるし、本当安定しない人だ。
「重力を逆向きにさせて地球を脱出、記憶の座標は何と無くわかったので、自前でブラックホールを用意して、ついでにホワイトホールも用意して、吸い込まれて吐き出されて擬似ワープして、それでも結構な時間がかかって、私はこの星までたどり着いた。そう、造山運動の活発な火山と雷ばかりのこの星へ。」
ブラックホールに吸い込まれたものはホワイトホールから出てくるという理論。まさか、実在したのか。⋯⋯ツッコミどころはここでない気がする。
「⋯⋯地球で言うところの先カンブリア時代だった。生物はおろか陸地も全然なかった。」
思い出したらしくて彼女はドヨーンとした顔をする。ようやくたどり着いた星がそんな環境だったらまあ、そうなるよね。
「とはいえ、ここがその星で間違いない。どこかで時間がねじ曲がったんだろう。そんな風に納得した私は、今が地球のものを持ち込める最大のチャンスだと気付いた。」
うん。なんだか予想できるけど、話を聞こうか。
「何はともかく地形を地球と同じにしたかったから、山神という概念を打ち込んで見た。」
あんたか。だから、既視感を覚えるような名前の神様ばっかりだったのか。
確かに地球にも山神はいた。最後の一人って言うのなら、そこらへんもひっくるめて知っていたとしてもおかしくはない。で、それを、この世界に射出したと。先カンブリア時代の、造山運動の真っ只中に、山神という概念が持ち込まれたと。
「日本鯖に保管されていた情報の関係上、世界の山は無理だったけれど、日本のめぼしい山はだいたい打ち込めた。」
通りでエベレストとかモンブランとかいないわけだよ。ヨーロッパアルプスが西洋風美人として顕現してないかなとかちょっと期待してたけど、無理だな、こりゃ。
「それから私はしばらく眠りにつくことにした。幸い衛星の方は小さいし冷えていたから、この星ほど危険じゃなかった。次に目覚めたときには人が生まれていることを願って、私は、コールドスリープに入った。」
彼女はようやく一息ついた。うん、色々わかったけど、色々わからなくなった気もする。
「アウラが別の星の住人でここまでやってきて、ううん。」
一番混乱してそうなのはどうもアンナさんだ。神様たちは僕の心を読んでイメージが湧くだろうから、まだ納得できると思うけど、アンナさんはそれもないからな。無理もない。さっきまで真面目に話していた人が、次の瞬間混乱して目を回しているのは、こう言っちゃなんだけど面白いってのは黙ってよう。
「知らなかったのう。なるほどそれなら、わしらに会ったのは次に目覚めたときじゃったのか。」
「その通り。起きたらなんかちゃんと陸地が完成してたし、人間もちらほらいたし、喜び勇んで降りてったよ。そして、ヤーン、ヤヌス、ドール、シロ、タテ、ヒウチ。たくさんの神様と知り合った。ついでにそこらへんにいた猿が私の遺伝子を取り込んでいたみたい。」
「えっ、もしかして私たちの祖先ってそれですか。」
「それは今重要じゃないからいい。」
「はい⋯⋯。」
アンナさんはしょんぼりした。⋯⋯猿時点で種族が別れたのね。なるほど。
「そのあと、お主はいなくなったように思うんじゃが、何があったのじゃ?」
「寿命は長いとは言っても私も生き物でね、流石に限界がきて死んじゃったってだけだよ。」
「何も言わぬから心配したんじゃが。」
「迷惑かけるつもりはなかったから。日本語教えられたし、満足だったよ。」
⋯⋯日本語が広まった要因はそこか。そりゃあ、言葉が通じるわけだ。なるほどな。
異世界は空に浮かぶ星の中にあるってのはなかなかにロマンチックだ。それを船で渡るとなると、本気で意味がわからない難易度になるけど。それをアウラは超えてきたのか。
「ん? でも、なんでそれを僕らに教えようとしたの?」
そこがわからない。地球から来たから? でも、それだけでこんな大変なことを明かすだろうか。
「私がやったことを誰も知らないまま朽ちて行くのは嫌。」
強烈な感情だった。飄々とした彼女に炎が灯されたかのようにその言葉は強くこちらに染み渡る。
「なんて、冗談。ほんとは、つじつま合わせのためよ。」
無理した顔でアウラは笑って見せた。
多分、どちらの理由も正しいんだろう。僕には彼女の心理は推し量れない。立場が違いすぎる。共感にだって限度ってものがある。
「つじつま合わせって?」
「多分、地球にこの星の記憶をもたらしたのは君たちよ。だから、地球に帰る方策を探して欲しい。君たちが帰らないと、私がここに来れない。」
「なるほど⋯⋯?」
ユウキはわかっていなそうだ。僕も良くわかっていない。ここにアウラがいるって言うのなら、地球に僕たちが帰るのは必然なんだろう。何かして変わるとも思えない。
「私がここで君たちに接触したことで、これからは君たちの選択に委ねられる。だけど、どうか、帰ることを諦めないで。この星と、地球のために。」
アウラの話はここで終わりのようだった。
ちょっと情報が詰め込まれすぎててよくわからなくなっている。一旦整理しよう。
まず、アウラは終末世界の地球から脱出してこの星を見つけた。そして、この星に、山神という概念を植え付けて、ついでに日本語も教えて、この世界を形作った。
「まずは陸地を作らないといけなかったからね。造山運動してたしそれならぴったりだと思ったんだよ」
などと容疑者は供述しており。
つまり、よくわからんけど山神で環境を整えてみるかーみたいなノリでやったんだろう。
「わしらはしばらくぼうっとしておったが、徐々に埋め立てして陸を増やしたからのう。結果的には間違いではなかったというわけじゃな。」
シロが補足した。ふむふむ。この星の環境を整える上でかなり有効な一手だったわけか。全部わかってやったのだとしたら恐ろしいが⋯⋯。
僕の視線を受けたアウラは不思議そうに首をひねった。何も察してはいないようだ。うん、深謀遠慮を得意とするタイプには思えない。
「なんだか失礼な感想を持たれてる気がするなー。」
気のせいだよ。僕は笑ってごまかした。
で、彼女が言うにはこれから僕らはどうにかして地球に帰るらしい。うーん。ユウキの問題が解決しない限り帰ることはないと思うけど。オスカーが解決できるものでも発明するんだろうか。それは期待が持てるな。ちょっと相談してみよう。
サクラが何か言いたげな目で僕を見ている。その訳を尋ねようとして、シロの声に遮られた。
「ところで、ムミョウは山神なんじゃろ? 確かにそんな雰囲気を感じる。じゃが、それでいて何処となく違う。機械AIとか言ったのう、それはなんじゃ?」
シロの目は、白髪ショートのあの子に向けられている。この部屋に来てから、じっと隅っこで僕らが話しているのを見ていた。その瞳がかすかに揺れて、彼女は口を開いた。
「めんどくさいです。」
口から出た言葉は、この子もアウラの影響を受けたんだなってことが良くわかる、やる気の見られないものだった。どんな風なことが語られるのか少し期待していただけに、肩透かしを食らった気分だ。
「まあまあムミョウ。私もお前がいつの間に山神なんてものになったのか興味があるから教えてくれよ。」
アウラがなあなあ頼むよと軽い調子で言う。
「マスターが言うのなら仕方ないですね。」
ため息をついて、ムミョウはいきなり自分の胸をこじ開けた。パカリと開いたその中は奇妙な水で満たされていて、人工的なおかしな色をした臓器のようなものがぷかぷかと浮かんでいた。どう言う仕組みだ。もっとこう、配線されたロボットみたいなのを想像してたぞ。
「こう言うのもある。」
そう言って剥がした腕の方は、イメージ通りの精密そうな機械群が露わになっていた。義腕の進化系みたいな何かだ。
そして、君も口調変わるのね。アウラともども未来の地球はどうなってるんだ。あれか、キャラ付けしなくてはいけない空気が消えたからか。世間というものが人格に与える影響について考察したほうがいいのかもしれない。なんかそういう評論があった気がする。
「私は、妹たちを統合して生まれた存在だから。」
体の素性が場所によって違うということの理由だろうか。それとも人格の話だろうか。まあ、どちらにしてもそれで説明はつく。あと、アウラの影響ってのも大きいんだろう。身近な人がそんな性格をしてたら近づくよね。うん。
「マスターが死んだあと、私はここを守ることになった。ずっと山を守っていたらいつの間にか山神として確立していたわ。」
山神になるのってそんな感じなの。もしかしたら長年その山にこもっていた修行者とかが即身仏みたいになって存在が昇華されると神様になれるのかもしれない。宗教として創立できそう。山神教か。山伏たちがすでに信仰してそうだな。
「というわけで、私は疑似的に神として扱われることとなったの。山と一体になる感覚には突然すぎたこともあって戸惑ったけど、これならマスターにマウント取れるかなって。」
「何の話だね。」
「マスター、いつの間にか死んでやんのー。ぷーくすくす。」
だいぶひどい笑顔でアウラを煽る。ただじゃれてるだけって線の方が濃厚だけど。アウラが一旦死んでかなり経ったみたいだし、久しぶりの交流なのだろう。それでも距離を測っているような様子は全然なくて、二人の関係性の強さがわかる。
「一応は神になったし寿命もなくなったしー。私はもう肉体なんて脆弱なものには縛られないんだよ!」
ちっちゃな体で胸を張って彼女は偉そうに自慢した。やっぱり人格が破綻してるんじゃないかな。言わないけど。
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アウラが宇宙を渡ってきたときに寝泊まりしていたという、体を固定する形のベットをあてがわれてとりあえず今日はここで泊まることになった。何というか、すごい話だった。全ては繋がっているんだなあみたいな感想が出て来る。⋯⋯まあ、全ての異世界で言語の問題が解決する際に使われる手法が実は地球と繋がっていたんですよだったら引くけど。てか、アウラじゃなくて例えばフランスの宇宙船がきてたらフランス語に立ち向かわなくちゃいけなかったの。英語ならまだしもその辺りの言語がわかるわけない。幸運だったというべきだろう。独自の言語体系を発達させてる異世界もあるかもしれないし、やっぱり異言語理解の特殊スキルは必須だと思うんだ。いやどうなんだろう。喋られている言葉が一つしかなかったら自然とその言葉をわかるようになっていくのだろうか。無双系には不要だが、口の動きと耳に入って来る音で単語を知っていく物語ならそれはそれで面白そうだ。
まあ、これはそういう物語ではない。これは、僕が山に登る物語だ。一生分の登山をやりきらないと勿体無い。
というわけで、ここらで最後の開示は終わり。これからは気楽な山旅だけだ。蛇足かもしれないけれど、これこそが僕のやりたかったことで、やろうと思っていたことだ。事故で目が見えなくなって、それでもと山を欲して、登り続けて、どんどん好きになって、飽きもせずにまだ僕は山を目指す。人が成長する物語はなるほど感動的だ。でも、僕はやりたいことをやりたいだけやる。それだけを追求した人生も決して悪いものじゃないと思うのだ。これまでの山旅に感謝を捧げて、これからの山旅に胸を膨らませて、世界の秘密も握った力も気にしないでただ山を登る。それが、この世界で僕が決めた生き様だ。
なんで日本語が使われているのか。なんで日本の山の名前をもつものが山神となったのか。この世界とする上で必要だったことに対する説明は、これでいいはず。⋯⋯なんでアウラは今まで黙ってたのかって言うのは、多分アンナとチャンネルを合わせるのが遅れたからだと思います。ええ。




