市房11
滞在、五日目。
僕らはだいぶ長いこと暮らしたこの屋敷を出発することにした。こんなに一箇所にとどまっていたのはいつ以来だろうか。冒険に出て以来かもしれない。イチフサは僕たちと付かず離れず、ちょうどいい距離感でもてなしてくれた。
割と散乱してしまっている個人の持ち物を片付けて、立つ鳥跡を濁さぬというような心地で、イチフサの社を掃除した。初めは、恐縮していたイチフサも、僕らと同じように掃除を始める。まあ、家事は大事だからね。ほっとくとあっという間に汚くなるから。いつのまにか玉手箱の秘術を使われたのかと勘違いしてしまうレベルで埃が溜まってしまうから。
ようやく、満足のいくまで掃除し終わったのはちょうど太陽が中天を指す頃合い。午前を丸々掃除に投資してしまった。投資だから。捨てたわけじゃないから。聞こえようによってはギャンブルの言い訳のように思える魔法の呪文で自己を正当化して、僕は精神の均衡を保つ。
神二人は笑うべきか笑わざるべきか、迷うような表情を見せていた。仕方ないね。僕が変なことを考えているのは僕自身さえ知っている事実だから。むしろアイディアンティティとなっているまである。⋯⋯ 語り手が変なことを考えているお話か。地雷臭がプンプンするぜ。
「ついに何かをディスり始めましたよ。」
「無視するのが鉄版じゃ。反応が欲しくてやっているわけじゃないというのがなんとも⋯⋯ 。ここまでくるとさすが剣と言っておくべきなのかもしれんのう。」
「どういう意味だよ。」
「そのまんまの意味じゃ。」
「褒めてるの?」
「一応のう。」
「やったー! シロに褒められた!!」
「⋯⋯ やけに素直じゃのう。」
「そんな気分の時もあるんだよ。」
「まあ、そういうことにしておいてやるわい。」
「なんか、私と同じようでいて非な存在の記憶が見えるのですが。」
「気のせいじゃ。」
「そんなことはないよ。」
「⋯⋯ わかりましたよ! 触れませんから。」
僕らの感情の抜け落ちたような顔はイチフサにトラウマを与えたようだった。
彼女は離れて作業していたユウキの方へ行くと、あからさまに気を抜いてホッとした様子を見せていた。
「何かこう、落ち着きますね。」
ユウキの隣で弛緩するイチフサ。⋯⋯ 、仲がよろしくて結構だ。
「どうしたの。あの二人にいじめられたの? よしよし。」
ユウキは優しくイチフサの髪の毛を撫でる。イチフサは甘えるように身をくねらせて、そして気がついたように姿勢を正した。
「そうでした。このようなことは早めに伝えておいたほうがいいと思いして。⋯⋯ ユウキさん、私も一緒に旅をしてもいいでしょうか。」
襟を正すという言葉がぴったりするようなイチフサの真剣な表情。ユウキもそれに応えるように、背筋を伸ばして、イチフサを見つめた。
「⋯⋯ もしかして、私の影響だったりする?」
ユウキの言葉は直接的だった。まるで、その程度で生き方を変えるのを非難しているかのように思えた。⋯⋯ 僕にはね。
「はい!」
イチフサはそれに対して、むしろ誇らしげに返事をする。自分が変わったことが楽しくて、嬉しくて仕方がないかのように。
「まあ、私には、その是非を問う権利も、止める力もないよ。イチフサはなんて行っても神様だもんね。でもね、いったん決めたことならやり遂げること。それが火をつけてしまったものとしての私の願いかな。」
ユウキは、あくまで優しく、でもその中に、一抹の厳しさを内包して、そう言った。
「わかりました。」
イチフサもそれに応えるように笑い顔を見せた。
「えっ、え。今、リーダーのあずかり知らぬところで大事なことが決まってしまった気がするんだけど。」
僕の焦りは何の意味もなくて、なし崩しに僕らの旅に4人めの仲間が加わったのだった。
「あっ、でも、そういえば、ここを離れるに当たって、周りの方々へ挨拶をしておかなくては。心配かけてしまいますし。」
「そうじゃのう。そういうのは大事じゃ。」
「あれっ? シロがそういうのやってるとこ見たことがなかったけど⋯⋯ 。」
「余計なこと言うんじゃないわい。」
シロは慌てて僕の口を塞いだ。
結局、イチフサはしばらく身辺整理をして、片付いたら、合流するということになった。
「それではしばしのお別れですね。」
イチフサは、犬耳を立てて、ちょっと寂しそうにお別れをした。
この、健気で可愛い後輩と、僕らが再会するのは僕らの旅にもう一人の仲間が加わってからのことになる。




