勇者
蹂躙できると思っていた神が大半だろう。人と神の争いというものは基礎スペックの圧倒的な違いが大きすぎる。マンテセとオスカーという特異点とでもいうべき存在がなければ、そうなっていたであろうことは想像に難くない。だが、現実はこの通りだ。神と人は拮抗している。
「埒があかないわね。キタ、まっすぐに道を切り開いてちょうだい。」
「仕方ないな。もっと私を頼ってくれていいんだぞ。」
ようやく自分の権能が活かせるとあって、キタはやる気に満ち溢れている。北半球にいる時点で、神闘会のときの二倍の戦闘力が保証されているのだ。それはやる気が出る。ヤーンに乗せられていると言っても過言ではあるまい。一応、やる気を出させるのが上手と言い換えとこう。
キタはまっすぐに突っ込んだ。北極ならば最強の山という称号は伊達ではなくて、単純な突進なのに誰も止められない。一気に敵陣真っ只中まで切り込んだ。神の力も何もあったものじゃない、ただの体当たりには流石の指輪の力も働かないようで、何人もの兵士が吹っ飛ばされて行く。
「いまよ。キタに続きなさい。」
ヤーンの指揮によってその穴から神様たちが殺到して行く。ここに均衡は破られた。綺麗に作られたマンテセ軍の陣形は見る影もなくほころび、そこを突枯れて別の場所からも破れて行く。やはり神と人では自力の差があり、如何ともしがたい。
マンテセ軍に参加していた魔法使い、シノは涙目だった。トレードマークのつば広帽はへにゃりと曲がって彼女の心情を表しているかのよう。
ただ魔法の研究ができるとばかり思って所属していた魔法協会。そのトップに座ったマンテセに煽られて参加してみればこの世の地獄のような炎と氷と岩の乱舞が待っていた。多少魔法が使えるからといってここでは何にもならない。彼女はただ、恐怖に震えることしかできなかった。
羅刹のような形相をした相手の女の子が腕を一振りしただけで炎が吹き荒れる。魔法なのかなんなのか。私の修行して来たものをやすやすと越えられて悔しい。でも、それ以上に怖い。
でも、味方の方も同じように悪鬼の形相で相手の少女に襲いかかる。これが地獄なんだろうか。戦場の中で少女は一人、冷静で泣きたかった。
そして、彼女にさらなる不幸が訪れる。誰かの炎の直撃が、指輪を吹っ飛ばしたのだ。神様の攻撃を全て防いでくれるという指輪。それがあったからこそ、彼女は今まで立っていられた。それすらもなくなって、彼女はへなへなと地面にへたり込む。そこを慈悲無く、吹雪が襲った。もうダメだ。彼女は死を予感して目をつぶった。
いつまで立っても予想していた痛みはやってこなかった。不思議に思って顔をあげると、そこに、精悍な顔の男が背を向けて立っていた。
「俺がこの戦いを終わらせる。」
独り言とも取れる言葉を彼は言った。
「とりあえず無効化しまくりなさい。」
少女の偉そうな声が聞こえる。彼の肩あたりだ。シノはそちらを見て、驚いた。小さな少女が羽を生やして妖精のように彼の肩に止まっている。不思議な二人だった。見ているだけで、もう大丈夫だと思えてくる。そんな感覚は初めてで彼女は戸惑う。
彼が剣を振るうたびに、炎がかき消え、吹雪はおさまる。彼の剣が全てを無効化しているようだ。
「そんなに戦いたいのなら、まずは俺を倒していけ。」
堂々とその男は言い放った。それは勇者にふさわしい、いい啖呵だった。
右翼の戦いは終結へ向かう。神剣クリスタル。ヤヌスが勇者に与えた武器の力は、術の無効化。⋯⋯格好だけでは無く能力もまさしくエンド武器にふさわしい。剣との対決では剣が弱すぎて使うこともなく終わっていったが、この最終決戦に置いてそれはとんでもない力を発揮した。
勇者の肩にはヤヌスが乗る。自分が遠因となった戦争に責任を感じて彼女は今持つ能力を全開にして勇者を援護する。完全な心読の力を持って攻撃を予知し、その両目で見た情報を余すことなく勇者に伝え、勇者が無効化できない攻撃は双面の力を持って跳ね返す。ヤヌスは伊達にヤーンと主神の座を争った訳ではない。それ相応の力がある。それは妖精の姿でも変わらない。
二人で一人の素晴らしいコンビネーションだ。
彼らの働きで、シノのように呆然としていた人々が多く救われて行った。人も神も、その気迫に飲まれ戦闘をやめて行く。まさしく勇者にふさわしい、そんな働きだった。
もうこの人が主人公でいいんじゃないかな(白目




