富士山
ごうごうと強い風が絶えず吹いている。火口を背に、私は山の急斜面を眺めていた。荒涼とした砂と岩が雪に覆われて、ある種特別な世界を演出している。私はこの風景が嫌いで、そして好きだった。
単調な風景。代わり映えなく眼下で僅かに盛り上がって、この山の高さに届くことなく下界に埋没する山々。私に比肩しうるものはいない。寂しい。そうなのかもしれない。時々は無性に焔を吹き上げたくなり、次の瞬間には世界を極寒の冷気の中に閉じ込めたくなる。私はひどく不安定で、1番の山だと祭りあげられていても、それを実感として感じることはできなかった。
「つっ。」
何かが肌を擦った。くすぐったくて私は声を出しかけた。これは、多分、人間だ。誰か知らないけれど、山を登ろうとしている。こんな理不尽な大きさの山に登ろうとするなんて、どこの登山好きだろうか。大会の時に会った剣のことを想像した。あんなに純粋に山たちを好きと憧れ続ける心の持ち主をわたしは知らない。きっとそうだ。あの人なら、ちょっとやそっとの困難くらい簡単に乗り越えて、この頂上まで来てくれるかも知れない。そしたら、わたしも旅に出るんだ。わたしだって一緒に旅する権利はあるはず。サクラもイチフサもシロさんも、めっちゃくちゃ楽しそうだった。あれに加われたら、わたしだって、最高の日々が送れるに違いない。
だから、わたしは、待つことにした。この山の上で、このくすぐったい感触が移動してくるのを感じながら。早く登って来てくれないかなあ。傾斜が急なのはわかってるけど。
一日経った。ちょっと遅くないかな。広い火口の縁をくるくると歩いて行くのも飽きて来たよ。まだかな。まだかな。ちょっとテンションがおかしくなってる気がするよ。
二日経った。近づいてる。ようやくだ。なんて言おう。どうしよう。
もう見える。心が読める。
背筋がキュッとしまった。彼の心の寂しさと濃密な殺意が私を身構えさせた。これは剣じゃない。もっと別のおぞましい何かだ。すぐさま心の安全装置を外す。力が溜まるのはじれったいほどにゆっくりだ。大丈夫だ。避けて避けて避け尽くす。いつもと同じ行動さえすればいい。
それは二人組だった。紫髮と茶髪でとんでもなく息が合っている。身のこなしからかなりの手練れと見えた。
誰だ。そんなことに思考を飛ばすとすぐに何かが高速で私の隣を通過した。ギリギリ避けられたけど、あの速さは脅威だ。私でも躱すので精一杯。体勢を立て直す余裕もない。避けた先には別の男の方から放たれた弾が来ていた。身をひねってギリギリ躱す。殺す。炎になったら必ず殺す。
怒りのおかげか、すぐに私の髪は赤に染まっていった。これで燃やし尽くせる。
「大噴火っ!」
私の動きに合わせて火山弾が吹き出し、さらに火口が動き出す。人間にはこの温度は耐えきれない。そのはずなのに。
「なんで。なんで発動しないの!」
私の炎は出なかった。山の方も静かなままだ。
「残念だったな。俺の発明の一つだ。」
「大人しく捕まれ。」
網が私を捕まえてがらんじめにした。黒髪の時だったら難なく避けられたのに。赤に変身したのが、間違いだったの。嘘だ。この私は最強なんだ。
「とりあえず眠ってくれ。」
何かを口に流し込まれて、私は意識を失った。
ーーー
目を覚ました私が見たのは、暗く湿った部屋だった。窓がない。地下だろうか。誰もいない。ただ、ロウソクの火だけがじりじりと燃えて、ぼんやりと照らしている。体を動かそうとして、がしゃりと引き戻された。鎖で手足を繋がれているようだ。こんなもの、炎の私なら焼き尽くせる。そう考えようとして、この前の出来事が頭をよぎった。能力を封じられ、手も足も出なくなったあの記憶が。怖い。変わるのが怖い。あれも私ではあるけれど、でも、全く同じじゃない。またあんな思いはしたくない。第一どうせ、この鎖にも能力を打ち消す力が込めてあるに決まってる。やらないのが賢い選択だ。逃げているだけのような気もしたけれど、私は変身することができなかった。
意識を取り戻してからどれだけ時が経ったのかわからない。この部屋では太陽の運行を知ることもできない。ヤーンなら気づいてくれるはずと自分を勇気付けようとして気づいた。そうだ。今は休眠期間だ。気づいてもらえるわけがない。もしかしてずっとこのままなの。それはいやだ。絶対にいやだ。逃げたい動きたい。もうこんなところにいたくない。どれだけ願っても状況は何一つ好転しなかった。叫ぶ勇気もなくて、泣いて泣いて、涙も枯れた。私は一人だ。どうしようもなく一人だ。全ての望みを絶たれた状態。多分これが絶望だ。
アウラ「暗くなったね。」
石「多分ここが最も暗い場所だから大丈夫。」
アウラ「私の身の上も相当だと思うけど?」
石「まあ、大きな懸案が片付いてからになるし、君の口調も軽いから。」
アウラ「私の口調、もうどうでもいいと思ってるでしょ。」
石「いや、なんか口調のレパートリーが少ないなって思ってね。」
アウラ「語尾が特徴的な人物を作っても良かったのに。」
石「なんか嫌だった。」
アウラ「自分で自分の心理を説明できてないわね。」
石「もう丁寧、女らしい、気安いだけいればいいんじゃないかな。」
アウラ「書き分けができているのなら。」
石、目そらし
アウラ「出来てないわね。知ってたわ。」
石「い、嫌だ。語尾に頼るのだけは嫌なんだ!」
アウラ「選択肢の一つとして考えておくといいのだ。」
石「自分が人身御供になってる。」
アウラ「どうかね? 行けるかね?」
石「どう考えても頭がおかしくなってるよ。」
アウラ「私なら多少頭がおかしくても大丈夫。好きに変えちゃって構わないのだわ。」
石「それは絶対違う。」
アウラ「のだわ口調は他のキャラにもいるでしょうに。」




