市房9
滞在三日目。
この日はいつになくユウキがやる気を出していた。
「こほん。えーっと、ついに、食材が補充されましたー!」
パチパチパチ。ユウキに集められた他の三人の拍手がまばらに響く。
「驚いてるね、驚いてるねー。」
僕らを見渡して、ユウキは満足そうに言った。
「いや、確かに驚いたけど、えっ、ユウキ? どういうこと?」
僕は理解が追いつかずに質問した。
「もう逃げようったってそうはいかないよー。と、いうわけで、ここに第一回お料理教室の開講を宣言したいと思いまーす!」
「あっ、今日はそういう流れね。」
「⋯⋯ ワシの腕など、いまさらどうにかなるものでもない気がするんじゃが。」
「シロさんがやるなら。」
「物の見事に三者三様だね。」
ユウキは肩をすくめてやれやれポーズをした。なんだろう。ユウキが女の子だからか非常にあざといポーズに見える。おかしいぞ。あれは実際に見るとムカつくポーズナンバーワンだったはずだ。
「ほらほら、剣。変なことばっかり考えてないで。行くよ。」
一瞬で距離を詰められ、腕を握られて有無を言わさず連れて行かれた。⋯⋯ 身体的接触は非常に嬉しいんだけどねえ。
「なんですか、あれ?」
「わしらには一生縁のないものじゃ。」
おいっ、そこの師弟! ダンブルドアとハリーの真似してるんじゃないぞ!
「⋯⋯ さすがに元ネタがわからぬ。」
「まあ、いいですよね、シロさん! 新たな技能を身につけるのも神としては当然ですから。」
やる気溢れるイチフサ。
「そうじゃの。」
その純粋な瞳に当てられたらしいシロは、軽い気持ちで同意した。二人とも、特に気負う様子もなく、後ろについてくる。⋯⋯ お前らの実力なら、もっと身構えないとダメだよ。僕が言えることでもないけど。
「じゃあ、今日はケーキを作ります。甘いもの、食べたいでしょ?」
「食べたい!」
「うむ。」
「いいですね!」
僕らのいい返事を聞いてユウキは満足そうに腕を組んだ。⋯⋯ 胸が強調されないので目に優しい。
「じゃあ、私がお手本見せるね。」
そう言って、ユウキはまさに神速で実演をして見せた。⋯⋯ 正直言って何がどうなっているのか全くわからなかったです。録画している番組だったら二周目に行きたくなるよ。
「じゃあ、作ってみて。大丈夫。私が見回るから。」
と、いうわけで、僕らは三つのキッチンを使って三者三様にケーキをつくることになった。
当然、初心者でしかない僕たちにはケーキ作りは大変で。
「剣、そんなんじゃスポンジ泡立たないよ。もっとこう空気を入れるように。」
「シロ、凍らせても意味ないから。変質しちゃうから。」
「イチフサ、そんなベタな失敗しないでよ。お砂糖と塩を間違えるなんて。」
ユウキの八面六臂の活躍でなんとか形を整えていった。⋯⋯ ユウキごめん。そしてありがとう。君がいなかったら、ダークマターが出来上がっていたことは想像に難くないです。
八割がたユウキのおかげだが、僕らのケーキもちゃんと完成した。初めて自力で完成させたちゃんとした料理。それを机に並べて、僕らは感動で震える。
「なんとか形にはなったね。」
「ユウキのおかげです。」
僕の素直な言葉。
「助かったのじゃ。ありがとうのうユウキ。嬉しいわい。」
シロの照れ隠しのような言葉。
「私が、これを、作った。」
信じられないとでも言いたげな口ぶりで言うイチフサ。
その反応は三者三様で、でも、みんな一様に嬉しさを隠しきれていなかった。
結構不恰好だったけど、味は、ふんわりしたケーキそのもので、僕らはその美味しさを言葉で伝えるすべを持たなかった。自分で作った初めてのお菓子、苦労を思い出させるようなちょっと崩れた層に入っているクリーム。その全てが、貴重で愛おしくて、食べてはいけない神聖なものを口に入れてしまっているかのような罪悪感と幸福感をもたらした。
気がつけば、日は暮れてしまっていたけれど、僕らは誰一人、この一日の使い方を後悔してなどいなかった。
非常に素晴らしい、いい一日だった。




