ヤーンの出現条件
マンテセは泣き言を言わない。そんな感傷、最初に神に挑んだ時に捨て置いている。頼るのは自分一人。これまでも、これからも、究極的にはそうだ。
だが、その山道は、きつかった。黒い溶岩の張り出した硬い道は、足への負担が甚大だ。冥界に行った方がまだマシだったとまで思えるほどであった。
果てし無い登り路に彼の思考は彷徨い出す。大きく占めるのは、先ほど、怪物の動きを止めていた人間たちのことであった。この世界の冒険者のレベルを正直舐めていた。あんな凄まじい技量をもつものたちがいるのか。世界は、星は広い。
彼の感想は的外れなものではなかったけれど、剣たちの正体については大きく誤解していた。⋯⋯ 彼は唯一神の知ろしめす星から来たのだ。三人の神までなら何とかそういうこともあるのだろうと納得することもできたのだろうが、八百万の神々など、完全に彼の理解の範疇を超えていた。
そして、一日後、彼はドールと再び対峙する。厳しい山道に疲れを隠せない彼だが、その目の光は失われていなかった。意思を秘めた瞳をもって、ドールを射抜く。
ドールはすでに昼の形態。夜に向かってバランスをとるように体重を増やした姿。
異形の彼女に一旦はぎょっとしたマンテセだったが、すぐに自分を取り戻し、要件を告げる。さすがは異星の救世を成し遂げたものだ。
「この星の時間を遅らせているものについての話を聞きたい。」
「ヤーンのことかの。⋯⋯ ヤヌスのやつ、そのくらい自分で行えばよかろうに。面倒なことだと丸投げしおって。」
ドールは自分も面倒そうに嘆息した。
「とりあえず、わしはこの星の時間をヤーンが遅らせておるのかは知らぬ。そのくらいできる力はあるやつじゃということだけ言っておこう。やつは時間を司る神にしてこの星の主神じゃ。できぬわけはなかろう。」
「なら、そいつの居場所はどこなんだ。」
目的をはっきり持つものの性急さで持って、マンテセは話を急がせる。相手がどんな力を持っていようと、自分の神滅の力を超えることはないという自負があるのだろう。⋯⋯ せめてタテに防がれたのは覚えていてくれ。まあ、あれから色々なことがあったから、忘れていたとしても仕方ない部分はある。
「あやつは、ひところに止まってはおらぬ。この世界のどこかにいるのは確実なのじゃが、正確な位置を知るものは誰もおらぬじゃろう。⋯⋯ そうじゃな。もし、お主が本当にヤーンに会いたいというなら、世界の危機というやつを演出してみせるが良い。あやつはこの星に愛着を持つ。それを突くのが一番確実じゃろう。」
「いいのか。俺に、この星を終わらせるような真似をさせて。お前の星でもあるんだろう。」
「もちろん、わしの領分に手を出してくるのならば、わしじゃって手は出すわい。わしの参戦を回避したければ、命を奪う方向に向かわぬことじゃ。」
「なるほど。肝に銘じるよ。俺だって、お前とは戦いたくはない。」
「正直な男じゃの。悪くはないわい。」
ドールに気に入られた雰囲気が伝わって、マンテセは戸惑った。神は全て敵という意識は、母星の戦いで深く魂に刻まれたものであった。それを覆すことは、彼にもすでにできないことだ。だが、その信念に少しだけ、ひびが入ったのは確かであった。
館を辞して下っていくマンテセを見ながら、ドールは後の展開に想いを馳せる。
「あやつがヤーンの元にたどり着くかどうかはわからぬ。じゃが、これから面白くなるのは確実じゃろうな。」
長く生きる神の共通項とでも言おうか。彼女たちは楽しめそうなことには妥協しないのである。
「しかし、星の危機か。」
マンテセは山を下る帰り道、一人で唸っていた。正直に言ってどうすればいいのかわからない。例えば、この星を破壊するような兵器を作るとかだろうか。だが、星船がない現状、そんなことをすれば帰還する手段はなくなる。重ね重ね、オスカーと逸れているのが大きいと実感する。あいつがいれば、もっといろいろなことができただろうにと思うとじれったい。
「まあ、なんとかするさ。」
彼は呟いた。逆境には慣れている。この世界に一人で降り立った時から目指すものは一つでそれ以上でもそれ以下でもない。ただそれだけを追いかけて一人で世界を生き抜いた。己の才覚のみで、あと一歩まで迫った。なら、もういけないわけはない。詰めまで一気に終わらせる。
そう。ここから、マンテセの暗躍は始まる。
まずは、彼との再会⋯⋯の前に、本拠地の崩壊の話からしようか。
そろそろ辛くなってきたので更新は多分不定期になると思います。




